2013.10.23(水)雨
古代の卜占の方法は骨卜(こつぼく)と言って獣の骨や亀の甲(亀卜)等を焼いてその裂け目で占っていたとされている。もちろん様々な方法があったのだろうが、これらの方法で将来のことを正確に判断することは不可能である。当の支配者にとって、占いの結果によっては地位を失うばかりか命まで狙われるとなると、あらゆる方法を使って当たる占いを出そうとするのではないだろうか。
例えば先に紹介した茗荷神事や同じように行われる筍神事など、冬期の地下茎の生育状態などからその年の作物の豊凶を占う方法などは、科学的な根拠があるのではないかと思っている。
一般大衆に対してもっとも重要な作物の豊凶についての占いは、できうる限りの情報を集め、正解に近い占いを行うべく努力したのではないだろうか。自分の地位や命がかかっているとすれば、当てにならない骨の焼き痕になど頼るはずがないというのがわたしの考えである。
農事、特に播種の時期に関する占い、つまり「何時蒔けば豊作間違いなし」というお告げを出すためにもっとも重要視した情報こそが太陽観測だったのだろう。
暦も節季の概念も無い時代でも、太陽観測によって冬至や春分の日はわかるわけで、その日から何日目かの日に種を蒔けば良いというお告げは可能となる。
何日目かという情報は農民の持っているいわゆる自然暦から逆算すればいいわけで、農民は自らの持つ情報によって作成されたお告げにすっかり仰天することとなる。その占いで、その年の干魃や災害などまでは予測できないが、大きな障害が無い年であれば、言われるままに播種をしていればそれなりの収穫が得られることとなる。
太陽の観測は日の出日の入りを同じ場所で観測することに始まるのだろう。これは我が家で決めているポイントだが、時刻も位置も随分変わってきている。(9.30)
それではなぜ月の観測でなくて、太陽観測であったのかということだが、6世紀には中国の暦が入ってきて、それは月の満ち欠けで一月をはかる太陰太陽暦であり、改暦はあれども明治の世まで続いているのである。月の満ち欠けは毎日変わり、29.53日でひとまわりする。新月→上弦→満月→下弦→新月と繰り返され、一日、一月をはかるには最も簡単な方法だが、季節をはかることはできない。太陽観測は何年も観測しなければならないが、その位置によって季節を知ることができる。農事のためには太陽観測でなければいけないわけだ。つづく
【作業日誌 10/23】
薪割り
あとこんだけ、つかれるぜ。
【今日のじょん】
朝4時頃急な吠えに飛び起きる。階下に降りてみるとベランダのセンサライトが点いて、逃げていく動物のおしりがちらっと見える。夜な夜なこの法面に獣が来ているのはわかっているが、目撃したことは無かったのだ。朝現場にゆくと、ツタの葉っぱが半分くらいやられている。その他の植物は大丈夫そうだが、一面足跡があり、鹿のようだ。夕方、入口側の青木がやられているのを発見、どうしたものだろう。