outdoor life by mizota

ヨットでのクルージング日本の名山に登るキャンピングカー旅ダイビング野鳥撮影ジギング等溝田正行がした事する事を報告します

準備運動

2010年03月14日 20時17分12秒 | 退職生活
今年の計画は今月28日に徳島を出て29日に六甲山に登り、31日に丸沼高原スキー場に到着

四月一日から五月の連休までスキーをして、5月は近畿の山に登り、6月から8月末まで主に「日本の屋根」と言われる中部山岳帯の山に登り9月に徳島へ戻ってくる事にしています

美由紀の母親の体調次第で変更もありますが

今一番の心配は・・六甲山に登る体力、脚力です。

六甲山には麓に住んでいる高橋夫妻(300名山のうち270山以上に登っている。今まで偶然に4回山で会っている)と一緒に登る事になっています。

これが・・スキーの後なら自信があるんですが・・・この所・・あまり山に行ってないので・・・

準備運動と春のキノコ狩りを兼ねて「後世山」へ海老川登山口から登ってきました

片道一時間20分のコースですから・・これ位は楽々登れなければ六甲山には行けません。

ところが・・・運動不足が続いていたので・・・途中休憩を二度もとって・・・やっと頂上に着けました。

杖は使いませんでしたが・・・

暖かい日差しの中・・・目の神様「後世神社」前で、赤飯の握り飯とカップヌードル、あん餅を食べたのは・・・大変美味しかったです

でも・・体力の不安は一段と高まり・・出発までに数回山に行く必要がありそうです

後世山から目の前に明神山が見えたので・・今日、明神山へ登ると言っていた森本氏に電話すると・・丁度頂上で弁当を食べていました

狙いの春のシイタケは大きくてきれいな物が5個でしたが収穫できました

家に戻って・・・先日「南紀クルージング」の時に買ってきたウコンの種を植え終わった時に美香ちゃんが寄ってくれました

美香ちゃんは先週の日曜日にハーフマラソンを完走していて・・その時の写真を見せてくれました。新聞にも本人が写っている写真が載っていたそうです。

その時に穿いていた「タイツ」をインターネットで買ったと言うので・・・それを探して貰って僕の分と美由紀の分を注文

カタオクレだけど安く買えました

タイツは膝や筋肉を締めて・・・山登りにも効果があるそうでなので・・期待しています。

今日収穫したシイタケを入れた鍋や昨日作った鹿肉の煮付けを一緒に食べて・・いろいろな話を先ほどまでしていました

明日は・・・天気次第ですが・・近藤、森田、芹田の三氏と共にホロホロをケンチョピアに回航します

その後・・ホロホロの艇内で宴会予定です

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定年退職後の生き方と心構え

2010年03月13日 19時12分02秒 | 釣り ヨット ダイビング 山登り
昨日の続きです

政治の世界でも、経済界でも、スポーツ界でもですが・・・「席を譲れない老人達」が沢山居て、その人達が自分の都合ばかりを考える結果、どんどんと破滅の道を進んでいます

僕が一番心配していることは、今増えている「食べられない人達」が凶悪犯罪に走り、安心して日常生活が出来なくなることです。

実際に世界中に格差からそのようになった国は沢山在ります

今日は定年退職者が特に「戸惑いの時期」一番心配する「考え方」と「お金」について主に書いてみます。

人間は・・余程気をつけて努力しないかぎり、歳とともに「守銭奴」になるそうです

僕が21歳の頃にそう教えてくれた坊さんも「歳で?」守銭奴でしたが

確かに・・歳をとり体力が衰えてくると「お金に頼りたくなる」気持ちも解ります。

そして無ければ・・・食料も買えませんから本当に困ります。

しかし・・・「必要以上には要らない」し多少の辛抱をしてでも「次の世代」を育てる役目があると思います

子育てを終えた60歳以上の人は、遊ぶ事で年金や預貯金を使って「社会奉仕」をしなければならないと考えます。

自分だけの事を考えている時代ではありません。

「計画的にお金を使って遊ぶ事」こそが最も神聖で社会の安定と世界平和に貢献できる行為です

殆どの経済活動は食べる為に仕方が無い行為ですが、色々な意味で「悪」です。

だから・・・僅かでもお金になるような行為はしないほうが良いと思います。

例えば・・・年金で食べていける人が・・・野菜を作っても・・・売るほど作り、それを売ると「それで食べなければならない人」は価格が下がって迷惑します。

その人は深く考えずただ「小遣い」欲しさでしょうが・・本職はそれしか食べる道が無いんですから・・・社会の邪魔になります。

年金で生活できる退職者がやっても次世代の人達が迷惑しないお金を稼ぐ?方法は「ギャンブル」か「投資」と思います

これは・・殆どの人達が損をして・・・お金を社会に回すから大いに結構なのです

以上のような事で、社会に迷惑を掛けず、社会に役立つ退職後の生き方と言うのは・・・制約の中にあります。

世界中で「売春」や「買春」は悪いことの様に言われていますが・・・それが存在しない国はありません

多くの日本人を含む世界中の経済が豊かと言われている国の男達(最近女も多い)は発展途上国に行ったり、来ている人達、また同じ国の女性又は男性を対象に「行為」は続いています。

一部には暴力団が関わって「無理やり」と言うのもあるようですが・・・そうでなければ「何が悪いんじゃ!」と僕は思っています

これは異民族を理解出来るし、お金を払うことで生活が助かるなら「世界平和」にも繋がる事なのではないでしょうか??

話しが・・・そっちへ行ってしまいましたが

少々乱暴だったかも知れませんが・・僕が言いたいのは、年金生活者に法律を離れて「善と悪」をきちんとわきまえて欲しいと思ったからです。

いずれにしても人は生きている限り「環境破壊」をしてしまいます。

動物も植物も殺して食べなければなりません。

しかし現状の日本では、多くの人が言っている事ですが「若肉老食」の世界です。

若い人達の夢も希望もお金をも・・・老人達が食い荒らしています

それを防ぐ唯一の方法は僕がしているように「計画的にお金を使って遊ぶこと」だと思うんです。

僕の事を「お金を使わないで遊ぶ」と思ってくれている人が大勢居るようですが・・一円もお金を使わずに一日が過ぎただけで「社会に役立たなかった」と慌てるほど、少ないけれど毎日お金は使っています。

僕がお金を使わなかったら・・社会の仕組みを考えると・・・体の中の細い一本の血管の血が止まってしまったと同じだと思うからです

だからお金が使えると嬉しくなります。

この20年間、毎年、毎年確実に預貯金が減っていく事で社会に役立っていると思え愉しくなります

昨日書いた「使いきり」作戦・・・どんな気分で過ごしても減るお金に大差はありませんので、兎に角一度年間予算を組んできっちり使い切って見て下さい。

本当に気分が良くて、心が広くなって、何でも出来る様に思えて愉しいんですから(実際に年間300万円あればなんでも出来る)

昨日書いてなかったんですが・・・僕らの場合一年間300万円で過ごしていますが、これを10月1日に美由紀と150万円づつ分けて別々に持っています

食料品など生活費は両方が同じように出し合いますが(生活費入れの箱があってお金が無くなったら数万円づつ出す)自分のお金は自分で自由に使えなければ愉しくありません。

退職者の中には奥さんに任せきりで、必要な時に貰うと言う人も、逆の人も見かけますが・・・これは片方が早くボケますし、使う計画を立てられないから愉しくないと思います

管理してない人の方は・・・だんだん「小さな人間」になっているように感じます。

我が家の場合、僕は残金を見ながら、どんどん欲しい物を買いますが・・・美由紀は女には珍しくケチでそれ程使っているように見えません。

ところが・・・一年が終ってみると・・・同じように無くなっています。

ケチケチ払っても、喜んで払っても・・・元々少ない予算だから変わらないんですね

まあ後半ナンダカンダと・・・社会の為に払ってもらう事も多いんですが

最後に・・お金を残すのは馬鹿でも出来ます。馬鹿だから出来るのかも知れません。

しかし年毎にきっちり使い切り、愉しく過ごすのは社会の事が考えられ、将来を設計できる人にしか出来ません。

まあ一度、一年だけでも試して見てください。絶対に全てが変わりますから・・・

何か疑問点がありましたら・・・HPの掲示板に書き込みくだされば、僕の考えですがお答えいたします


今日の僕は・・・昨日貰った鹿の前脚二本を・・外置き流し調理台で裁きました

アウトドアの遊びが好きな僕ですが・・・今まで一度もこんな大きなケモノから肉をとった事がありませんでした

さすがに・・・鹿の脚・・・筋肉が何本もに分かれていて・・・スジを除けて身をとるのが難しい

それでも・・・二本を昼過ぎまで掛かって・・・裁き終わりました

最後の方は・・面倒になって「適当」にしてしまいましたが

そして「スジ」の多い部分(これが半分あった)を鍋に入れて・・・醤油、みりん、酒、砂糖で・・・二時間半煮付けました(その間にこのブログも書いた)

出来上がった「鹿煮込み」は柔らくて・・・美味しい

美由紀も僕も、今まで食べた鹿肉料理で最高の味

早速これを肴に・・・畑からとってきたサニーレタスと共に・・・ビールを呑みました

美由紀は相変わらず毎日プールに通っています

そして夜はカラオケで・・12時過ぎまで・・・最近は交互に歌わせてくれています
















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定年退職者へのメッセージ

2010年03月12日 20時01分11秒 | 釣り ヨット ダイビング 山登り

僕はまだ61歳ですが、41歳で退職しているので「退職歴20年」を過ぎました

普通の人で考えると・・・80歳と言えなくもないです

そしてそんな関係で80歳前後の人達と多く付き合いをさせてもらっています

以前にもこのブログに書いたことですが・・・(色んな事を長きに渡って退職者向きに書いているので探すのが大変と思う)

目出度く、健康なままで定年退職を迎えられた方で、予想死亡年齢の90歳までの30年間、退職金、預貯金、年金など夫婦分を合わせて30で割り、一年間に300万円の予算がある方は「心の持ち方」でブログに日々書いているように僕と同じく非常に愉しく、社会に役立ちつつ遊んで暮らすことが出来ます。(但し持ち家があるか、持ち家の管理費相当の家賃のところに住んでいる事も条件)

例えば夫婦併せて25万円の年金がある人は、預貯金ゼロでも大丈夫と思います

15万円しか無い場合だと・・・毎月10万円不足なので年間120万円不足で、30年だと3600万円不足になりますから・・・預貯金など総資産が4000万円は必要となります

ただ・・・15万円でも本間氏のように工夫して活動的に愉しく過ごしている人も居ますし・・・発展途上国で一年の半分ほどを過ごせば随分変わってもきます。

発展途上国で夫婦で家を借り一ヶ月10万円で愉しく過ごしている人は大勢居ます。(独身の人で現地の若い女性と暮らしている人が多いですが・・・)

しかしその国の労働者の所得が一万円であっても、外国人の我々はとても一万円で暮らすことは不可能で二人で10万円位見ておくべきと思います。

さて・・前置きが長くなりましたが・・・

「退職したら遊ぶぞ!」と決めて働いて来た「真面目で堅実な人」の殆どが「30年間の計画」を持っていません。

僕が退職前の人達の多くに聞いた「計画」は一年ほどで終ってしまう極めて短期なもので・・・人に寄っては二ヶ月ほどで終ってしまう計画でした

そして「その後何をするの?」と聞くと・・・それが終ったら死ぬとでも思っているかのように「何もありません」

まあ現実には、それが終ったら何か別のことを考えるんでしょうが・・・それでは手遅れの感があります。

何故かと言えば・・・計画を持っていない殆どの人は・・・最初の一年間は「ただ嬉しだけで遊べます」

ところが・・・長期の計画を持っていないから・・・一年が終った頃から・・・思いのほか出費が多いのに驚きます

そして・・・このままでは「お金が足りなくなる」と思い始めるんです

その結果・・・半数の人達が・・・社会の邪魔をして・・・年金を受け取りながら「労働力」として参入し、次の世代の若者達の仕事を奪い自分達の将来をも危うくします

世代交代が出来ない国は滅びます。年金を受け取りながら労働力として参入されると・・・年金を払いながら、子供を育てなければならない人達は困ってしまいます。

年金受領者が遊んでそのお金を使って初めて社会が成り立ちます

だから「社会の為、世界平和の為に遊んでいる」ので常に誇りを持ってください。

さて・・・「長期の計画を持つこと」以外に大変大事な事があります。

それは「年間予算を決めて使い切る」事です

基本的に今まで働いていた間は月々少しづつでも預貯金が「増えてきた」と思いますが・・・退職すると「減っていきます」

今まで登ってきた山から降りるときですから・・・当然と言えば当然なんですが・・・きちんと年間予算を決めていないと・・慌てるものです。

特にプラス生活を続けてきた人にとってマイナス生活は初めのうちストレスとなります

その年間予算を僕らは「300万円」としているんですが・・・

「要るだけは要る」と言う考え方で生きていると・・・だんだん気が小さくなくって「しみったれて来ます」

これは・・・予算が組めてないから、不安になって・・・出費を抑えようとして「ケチ」になるんです。

そんな人は・・数年すると・・・お金が常に心の中を制御する結果「したいことが何も無い」などと言う様になります

僕らも退職後しばらくは不安な生活でした。

たまたま・・世界一周で海外に居たので・・・欧米人が愉しく伸び伸びと遊んで世界を回っているのを見て・・・聞きました

殆どの人達は(ヨットで世界を回っている9割の人は夫婦かカップル)月に1500ドルほどの予算でした。

当時僕らはもっと多くの予算で生活していたんですが・・・常に不安がありました。

そして・・・知ったのが・・・「組んだ予算を使い切る」事だったんです

それ以後・・・現在も僕らは「使いきり作戦」で生活しています

そうすると・・・常に余裕があって・・・「お金が余っている」と思うことが多く、「一生懸命使わなければ・・・」と思えるようになりました

もともと一ヶ月にすれば25万円しかない予算ですから・・・贅沢は出来ません。

しかしケチケチ生活ではありません。 ケチと言うのは・・すれば出来るのにしない人で、年間予算が決まっていたら、出来る事、出来ないことは即座に解るのでサッパリしたものです。

僕らの一年の始まりは10月なんですが・・・八月9月になると・・・余りのお金がはっきりしてくるので・・・使うために一生懸命になる場合が多いです。

そして9月末日の夜には・・・数百円しか残らないように無駄なものを買ったりしてでも使い切っています

時に足りなくなる事もありますが・・その時は「前借り」して、翌年その金額分は少なく一年を始めています。

健全な生活を定年まで送ってきた人にとって、少なく暮らす事は極めて簡単です

日本の医療制度は夫婦で一ヶ月10万円以上掛かった場合払い戻してくれます。

大病をした多くの先輩は「病気をしたらお金が余る」と口を揃えていいます

病院に入院してしまうとお金を使いに出れないからです。

残して欲しいと思っている子供は余程出来が悪い子供で、そんな子供にお金を残すと将来辛い目に合わすだけです。

殆どの正常な子供は親が愉しく遊んで過ごしている事を喜びます

お金の使い方を知らず、余ってしまうのが確実になった人達が高い入居料を払う施設に入ってますが・・・殆どの人はそんな必要はないと思います。

今僕達は二人共、健康診断で何処にも異常がありませんが、そんな僕らでさえ・・80歳を過ぎたら・・・体力的にお金が使えなくなると思って心配し、ボランティアで消費するを考えているほどです

計画は体力順に軸足を変えて、常に新鮮さや興味が持ち続けられるように幾つも持つ。

僕の場合は41歳から90歳までの50年間遊ぶ計画なので・・・7年を基準に軸足を変えるつもりでやっていますが・・・最近、取り混ぜる事で三つの計画があれば40年ほど愉しく過ごせるのでは??と思ったりしています

最後に・・社会の為にお金が減ることを愉しく感じれるようになると・・・幸せな老後と言えると思います。

仕事をしていた時は・・経営者でさえ殆どが受身で頭は殆ど使わなくて済みますが・・・遊ぶのは頭をフルに使わなければ出来ません。

でも・・・二年半が過ぎた頃から・・社会の為に後輩に席を譲り、自由が一杯ある退職生活が愉しくて愉しくて・・・辞めて良かったと心から思えるようになります

退職後一年が過ぎてから・・二年半が過ぎるまでの間を「戸惑いの時」と僕は名付けています。

その「戸惑いの時」(平均的に一年半ほどの間)が来ることをしっかり頭に残して置いてください。

それを乗り越えたら極楽がありますので

今日の僕は・・昼前から近所に住む67歳の退職者「S氏」が寄ってくれて・・・日本経済(特に株)の話を二時ごろまでしてました

S氏は父親が早く亡くなり「母一人子一人」で育ったので・・・特別に母親に対する気持ちがあります。

毎日必ず施設に居る体はいたって元気だけれど・・・痴呆になっている88歳の母親を見に行くのが日課で・・・何処にも出かけません

僕が同じ立場であれば・・・やはり同じようにするのかも知れませんが・・・母親が亡くなる頃には・・・自分自身にも介護が必要になってしまう事を考えると・・・

果たして・・正常であったら・・・母親がそれを望むかは・・はなはだ疑問です

僕なら・・・子供に「気にせず自由に遊べ」と言うでしょうから・・・

夕方薫ちゃんから電話があって・・・鹿が獲れたので・・「前足二本上げる」と・・・

それを貰いに行って・・・

戻ってイッパイ呑んで・・・ブログを書いています

今日は随分多く書いたんですが・・・もう少し伝えたいことがあるので・・・続きを明日書きます。







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永六輔

2010年03月11日 19時49分01秒 | 退職生活
客観的に自分を見ることは難しい事だと僕自身も思っています

だからこそ・・・周りの人(特に身内)が言って上げなければいけないと思うんですが・・・

今日の僕は・・・・朝早く芳川氏が「ヨットに行くんだろう?」と訪ねてきて来てくれました

昨日、一緒に呑んでいた時に「友達が見たい」と言っていたんです。

一般の人達にとって「ヨット」は余り縁がない「乗り物」で、特に14年間も世界の海を航海したヨットを「ちょっと見てみたい」と思うのは自然のことです

そう思っているから・・・いつでも、誰でも、見たいと言う人が居たら・・・出来る限り時間を作って案内し、お茶くらいの接待はしています

それで・・・二人の老人と一人の幼女(その人の孫4歳)の三人をホロホロに案内して・・・お茶を飲みながら一時間余りお喋り

岸に送って・・・清水ポンプの修理した所に塗ったエポキシボンドが乾いていることを確認して・・・ホースにシリコンボンドを塗って接続完了

エンジンルームに溜まっていたオイルなどを掃除

絨毯の上にゴミが目立ったので・・・船内全部に掃除機を掛けました。

12ボルトの掃除機なんですが・・・世界一周中どこで買ったか忘れましたが・・多分日本製(中国製?)だと思うんですが「優れもの」です。

航海中に買ったもので「一番活躍した」と言っても過言で無いほど役に立ちます

ヨットを持っている方は是非買ってください。

「車用」なんですが・・・結構強力で・・・箒ではなかなか綺麗にならない隅々までのホコリや小さなゴミがとれますよ

そんな事を・・・しながら・・・ラジオを聴いていたんですが・・・

永六輔の番組が始まりました

ずっと昔から続いている番組なので・・・「まだやっているのか・・・」と思いながら聞き始めたんですが・・・

何を言っているのか全く解りません

老化著しく・・・口が開いていないのか・・・舌が動かなくなっているのか・・・

最後まで「一言も解りませんでした」

永六輔はおそらく・・自分の事だから・・自分で解らないと思うんですが・・・

家族は・・・公共の電波で・・誰も理解できない言葉にしかならないならない永六輔を止めさせない心が理解出来ません

ディレクターも「社会の迷惑」を感じない事が不思議です

まだ正常な頃には「立派なこと」も言っていましたが・・・後輩に席も譲れず、いつまでもあれを続けると言うのは・・人として値打ちがないと思います。

人間にとって一番大事で難しいのは「引き際」だと思うんですがどうでしょうか??

「生きがい」かも知れませんが・・・人や社会に迷惑を掛けてはいけません

永六輔と家族の方々、どうか一日も早く止めさせてください

周波数を変えるのが面倒で・・そのままかけていましたが・・・

はっきり言って迷惑です

まあ今のラジオはその程度なのかも知れませんが・・・・
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ヨットと鯉と飲み屋さん

2010年03月10日 21時55分07秒 | 退職生活
まるで・・・恋人に会いに行くように・・・ワクワクしながら今日もヨットに行きました

橘港の午前中は「春」の様に陽射しが暖かく穏やかでした

しかし・・・午後は雪雲が広がり、強い冬の冷たい風になって

三時過ぎにヨットを離れました。

今日は朝一番に先日気付いた清水ポンプのパイプ修理

アルミパイプを差し込んで穴を埋め、パテの様なエポキシ系ボンドで仕上げ

ボンドが乾くのに六時間掛かるから・・・水を入れたり、燃料を入れたり、アンカー用のウインチを整備したり、掃除機を掛けたり

最後にドジャー(キャビンへの入り口周辺を覆っているテントで前面が透明になっている。雨や波飛沫が入らないようにつけている)を外して・・・

テント屋さんへ全面の透明ビニール(車のフロントガラスの感じ)とドジャーを起こす為のベルトの交換をしてもらうのに運びました

着替えゴミなども運んだので・・・軽トラが活躍。

家に戻ってきたら・・・朝早く「八の字結びを教えて」と来ていた芳川氏が・・・

「鯉を貰いに来た」と友達と二人で来ました。

前の川に放して・・見物しようと思って飼い育てていた錦鯉なんですが・・・放しても放しても・・・住み着いている「鵜」に食べられてしまいます

今までに・・・随分放したんですが・・・生き残りはゼロ

随分餌もやって・・・大きくなってきたんですが・・放しても鵜の餌にしかならないし・・・もうすぐ山旅に出かけるから「上げる」と言ってあったんです。

まだ20匹ほど残りましたが・・・

そして夕暮れ時・・・芳川氏と倉庫ハウス前の川向こうに出来た「飲み屋」に行って・・・生ビール二杯と焼酎の湯割り二杯

肴はイカとワケギの酢味噌和えと生レバーで・・・ほろ酔い加減で戻ってきました。

この倉庫ハウスは阿南市街の外れにあるのに・・・去年の暮れに・・川向こう(デッキから見える)に並んで二軒「飲み屋」が出来たんです

余り・・お客さんは無い様ですが・・・不思議です。

ヨットを置いている前は「焼き鳥屋」さんだし・・・僕は・・・どっちに行っても「お酒」が欲しくなります

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真冬に逆戻り

2010年03月09日 20時04分00秒 | 退職生活
雪になっても少しも不思議でないような・・・冷たい雨が終日降り続いた阿南市です

余りの寒さに・・・奇跡的に温暖な日々が続いた「南紀クルージング」に感謝

今日はホロホロの清水ポンプの補強修理をする予定だったんですが・・・この冷たい雨に負けてとても出かける勇気が出ませんでした

間もなく前川氏が寄ってくれて・・・二時間ほど喋り、その後銀行へ野暮用に出かけ、戻って昼食。

インターネットを繋いで株価の動向を見たり、中古ヨットを探してみたり

まもなくテク近藤氏が寄ってくれて・・・夕方までクルージングの話

入れ替わりに柳田夫妻が久しぶりに寄ってくれて一緒に夕食今まで色々話をしてました。

暖房が効いた部屋でお話しばかりの一日だったんですが・・・

倉庫ハウスのデッキの上ではホロホロのスポンジマットが塩出し出来ています

ヨットで海外をクルージングをしている時の雨は「水がとれる」から嬉しい事でした

日本近海を短い期間クルージングしている時に降られる雨は余り歓迎しませんが・・クルージングが終って、ホームポートに繋ぎ終えると「雨を待ちます」

何故かと言えば・・・殆どの場合、波飛沫などでデッキやリグ(色々な部品)などに塩が付着しているんです

係船している場所に水道等があるマリーナなどの場合だと、すぐに真水で塩を流すことが可能なんですが・・・ホロホロのように何の設備も無い「不法繋留」では・・雨に流して貰うしかありません。

今回のクルージングの場合、紀伊水道横断で全体が「塩だらけ」で戻ってきたんですが・・・翌日から雨で・・今日は本格的雨

これですっかり塩が抜けたと思います

特に今回の様に多量に塩を浴びた状態で、数日雨が降らなかったら・・ステンの部品も錆びるし、ブロック(滑車)やウインチが回らなくなったりと・・トラブルの原因になるんです

そんな事で・・今回のクルージングは終了してからも天気に恵まれています

話しが変わりますが・・・

どんなに元気な人でも、60歳を過ぎると確実に歳を感じ、体力も気力も弱ってきます

僕にはまだ「未経験分野」ですが・・・

70歳になるとそれが益々顕著になるそうで・・・80歳では・・・もっともっと顕著になるんだそうです。

そして・・・「お金で買えないもの」が「過ぎ去った時間」と「体力、気力」だと気付くそうです

「しまった!」と思っても・・・何も出来ないそうです

そんなことにならないよう・・・今の体力で出来る一番したい事を・・・思い切ってしましょう

今より体力、気力がある日は来ません。残された生涯で今日より若い日はありません

そう思うと・・・一日が過ぎていくのが・・・「勿体無い」



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南紀クルージング会計報告

2010年03月08日 20時07分26秒 | 退職生活
今回の「南紀温泉巡りクルージング」は参加者全員がヨットオーナー経験者で「平等なリスク」を「公平に負担」する事を前提に行いました

そんな事で各自がそれなりに係船時のホロホロの事も気遣ってくれ、オーナーとしては嬉しいことでした。

これは見識の相違と言うか・・・日本人は基本的に「ヨットを知らない人種」ですから仕方が無い事ですが・・長くヨットで暮らした僕や、欧米のヨッティ達がヨットに対して接する「心構え」の相違を感じた事も事実であり、それも伝える義務があると思うので・・・書きます

「船(舟)」は男が乗ることが多いからか「オンナ」に例えられたりしますが・・・

何より大事にしなければならない事は「思いやり」です

確かに最近のオンナは強くなりましたが・・舟は変わらず弱いままです。

自分の勝手より、命を預けている舟を先に考え共存しなければ「ヨッティ」にはなれません。

文句の一言も言いませんが・・・「察して」上げなければ・・・長く一緒に愉しい生活を送ることはできません

社会生活と全く同じで・・・簡単なことなんです。

そう言う僕も・・・以前は・・・無知だったから・・・数ヶ月もヨットに行かない日々もあったんですが・・・

クルージングに出れなくても・・・一緒に寝ることや・・アチコチ触って構ってあげて欲しいと思います。

さて・・・本題ですが・・・今回は2週間の予定のクルージングでした

しかし「冬」だったので・・・「温泉」が主題のクルージングで・・・僕のクルージングの基本姿勢の「移動は半日」で過ごしました

基本的に・・・移動する日は朝食をゆっくり食べて、昼食は着いた所でこれもゆっくり多量に摂りました

午後は運動を兼ねて買い物や散策、温泉にゆっくり浸かって・・軽く宴会をして晩飯もしっかり食べる

移動しない日は・・・午前中各自がそれぞれに過ごし(今回の僕は週刊誌を隅から隅まで読んでいた)・・午後は同じように出歩き宴会、早寝

今航海中の殆どは九時までに寝ていました

料理を僕がしていたので・・・食料の買い物も僕が選ぶ事が多かったんですが・・・最後には「多すぎる」と言われる程・・常に食卓は賑やかでした。

食べることも愉しみの一つなんですが・・・確かに多すぎたかも

さて三人併せた経費の報告です

実質は2月21日日曜日午前集合から3月7日日曜日午前解散の二週間でした。


食料品(お酒を含む)・・・・53893円

温泉・・・・・・・・・・・・11700円

コインランドリー・・・・・・・3100円

コップ他雑費・・・・・・・・・・630円

セール修理・・・・・・・・・・2000円

燃料代・・・・・・・・・・・15300円

以上の合計88705円で・・・一人当たり29550円でした。

少し説明を加えると・・・お酒に関しては持ち込み、差し入れがあり、実際に消費したより少ない金額になっています。

セールの修理は「テント屋」さんでしました。

コインランドリーは最後に海水を被った毛布その他があった為、衣料品の洗濯より多く要っています。

燃料代は・・ホロホロはエンジンが大きいのと・・発電も含めエンジンを多用したので多くなっています。これが小さなエンジンだったら半分以下だったと思います。

そんな事で・・消費金額で余り社会に貢献できませんでしたが・・・経済活動は誰もしませんでしたから邪魔はしていません

今日の僕は・・・「前後の確認」でエンジンを見ていたら・・・一箇所に「水漏れ跡」を発見。

清水ポンプとゴムホースの接続部ですが・・・ホースを外して・・・擦って掃除をしてみると・・・電蝕でパイプに穴が開いていました

そのパイプが・・・清水ポンプと一体なので・・・全て交換すると・・・5万円ほど掛かるから

丁寧に掃除しながら・・・考えたのが・・・その内側にパイプを挿入して・・外から水中ボンドで埋める方法です

ホームセンターへ行って・・・外径が22ミリのパイプを探したけど・・・無くて・・25ミリを買ってきました。

それを・・・倉庫ハウスの工作場で切って・・・径を22ミリに加工

うまく行けば明日完了です

海水を浴びたマットレス5枚も持ち帰り・・・デッキ上で水洗いして・・干しているんですが・・・明日は雨のようで・・・水洗いの仕上げが出来そうです
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余韻の中

2010年03月07日 22時11分16秒 | 退職生活
僕は少し変わった人かも知れないけど・・・

今朝早くから野暮用で名古屋に行って・・・夜の8時ごろ・・ヨットに戻ってきました

ヨットの中には・・・僕が生きている上で最も大事にしている「自由と夢」があります

ただ居るだけでも・・・嬉しくなります

寝床に入るたびに・・・嬉しさが込み上げてきます

世界中の全ての乗り物の中で「一番自由な乗り物」

世界の中で・・・・日本だけには天下り機関が自分達の欲の為だけに定めた「船舶検査」があって「航海区域」の制限がありますが・・

一歩日本を出れば・・世界のどこに行ってもヨットは歓迎されるし・・・「全ての船」の中で一番優先されもします

ヨットだけは「完全に遊びの船」だから・・・人の利益を害することも無く、少ないながら・・お金を落として「世界平和に貢献します」

こんな素晴らしい乗り物は他に絶対ありません。

北西の風が強くなって・・気温もクルージング中とは全く違っていますが・・・・

一人で静かに南紀のクルージングを振り返りたいと思います。

先ず・・今回のクルージングを一緒にしてくれて・・・愉しさを分かち合った竹内氏と本間氏、途中遠路お訪ね下さった松本氏に感謝いたします

まだまだ書きたいんですが・・・名古屋の往復に少々疲れています

今航海で艇長兼会計主任をしてくれた本間氏の会計報告もあり、皆さんに仔細報告したいんですが・・・明日にさせていただきます。

一人静かに・・・風の音、さざ波がハルを打つ音を・・・今日は愉しませてください

おやすみなさい



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夢の後片付け

2010年03月06日 21時45分44秒 | 退職生活
昨日は・・・少々落ち込んでいました

でも今は元気イッパイ

朝から3人で海水が侵入した3部屋のものを全て運び出して・・・僕と本間氏は掃除の基本通り・・高いところから・・・天井、壁、棚、床、床下と丁寧に濡れ雑巾を何度もすすぎながら拭き掃除

竹内氏は濡れたスペアパーツや工具などを清水で洗った後油をして乾いた布で拭いて箱に戻して行きます

僕らも部屋の掃除を終えてから・・・沢山ある釣り道具を真水で洗って一つ一つ丁寧に拭きました

どれほど掛かるのか・・・と心配していたんですが・・・昼過ぎに終了

それから・・・マットレスの中身は次回家で濯いでゆっくり乾かす事にして・・・

濡れた毛布や布団、マットレスのカバー、シーツなどを袋に詰めて・・・コインランドリーへ

最近のコインランドリーには乾燥まで「全自動」の洗濯機があるんですね

僕らは山旅に出るからコインランドリーを良く使うんですが・・・初めてでした。

70分掛かりますが・・・

二つの大型洗濯機を使って・・・完成

倉庫ハウスに少し寄って・・コーヒーを飲んで・・・久しぶりに美由紀と顔を会わすと・・・

「もう帰って来たン?」と言われました

僕も「まだまだヨットで泊るよ」

と言って・・・スーパーで刺身などを買ってヨットに戻り・・・今まで本間氏と飲んでいました

竹内氏は・・・もうすぐ78歳なのに・・・いつもの様に・・・いそいそと家に帰って・・今夜はいません。

明日、残りの片付けや整備をすれば一応完了なんですが・・・早朝から野暮用で名古屋へ行くことになりました(日帰り)

そんなことで・・・今晩で・・・今回の「南紀温泉巡りクルージング」は終了になります

短いクルージングではありましたが・・・愉しい日々でした

二月から3月の極寒期なのに・・毎日春か初夏の気温だったし・・・最後の・・紀伊半島から徳島までの航海は少々厳しかったけど・・・他は全て順風でした

しかし何と言っても・・水温が低い時期だったので・・トローリングの獲物も無く、潜る時間も無く、温泉三昧をするしかありませんでした。

それはそれで良かったんですが・・・

今度は・・・もう少しゆっくりと自然の入り江にアンカーして潜ったり釣りをしたりと・・・長いクルージングをしたいなな~・・・と話しています





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突然ですが阿南市橘港です

2010年03月05日 19時36分47秒 | 退職生活
この季節に紀伊半島から徳島に戻るのは・・・なかなか難しいんです

基本的に北西の風が吹き、徳島は北西の方向にあります

5時に起きたら・・・弱い北の風だったので・・出港を決めました

港を出たら昨夜の低気圧通過のウネリがかなり残っていて・・・メインセールだけ揚げて進路を「伊島」に向けました。

時々舳先から波を被る「ノボリ」と呼ぶ厳しい航海です。

やがて・・デッキに縛ってあった燃料のポリ缶が波で全て倒れ・・・それを縛りなおして走り始めたんですが・・

僕は持病の「憩室炎」の調子が悪くなり・・・キャビンへ転げ込み横になりました

全員がヨット経験者だから・・安心して横になっていたんですが・・・

バタンバタンとヨットの船底が波を叩く音が聞こえてはいたんですが・・・

起き出す元気も無く・・横になったまま・・・

暫らくして・・・起き上がってパソコンで艇速を見ると・・8ノット

コースもノボリを維持

これは舳先が波に突っ込みながら走っているに違いないと・・・起き出すと・・・前の三部屋は水浸し

アンカーチェーンやウインドラス(アンカーウインチ)の収まっているウェルを見ると・・海水が満タン

以前に同じような事があってウインドラスを交換する羽目になったので

心配

ふと見ると・・・メインセールがマストの中へ全部収まってしまって・・・ジブで走っていた

聞くと・・・メインセールのクルー?(フットとラフの端)を止めていた3本のバントの縫い糸が全部切れてしまったとの事。

波に突っ込んだ時にマストに異常な力が加わったのか?

いずれにしても・・ホロホロの全てを解っている僕が体調不良を起こしたのが原因だけど・・・レースと違う今回のようなクルージングで最も基本となる「速さよりヨットを労わる気持ち」を忘れていたいた事でしょう。

とりあえず艇速を落として進路を変更し、波に頭を突っ込まないように由岐に向って走り、
蒲生田岬の風裏に入ってから向きを変え、橋杭を抜け、舞子島の南から野の島の南を通って無事?橘港の繋留場所まで戻ってきました

係船して・・修理に出す為にメインセールを下ろし、ウインドラスの確認

先日交換したばかりのスイッチを振ると・・チャポチャポと海水の音

開けて水洗いして・・・テストをするととりあえずは回ったけれど・・・前の時もそうだったから・・・数ヶ月しないと結果は解りません

そして前の部屋を確認。

スペアパーツや修理道具、特殊工具を入れてあった箱に10リットル以上の水が溜まっています

釣り道具を入れてあった箱も・・・ルアーを入れてあった箱も水が溜まっています。

それらをとりあえず洗ったけれど・・・

それらの箱を置いてあった棚も水浸しで

その下に置いてあった何枚もの毛布も布団も

一番前の部屋も毛布もマットレスも・・・

洗濯しなければ・・・塩水は乾いてもすぐ湿気を呼ぶので・・・大仕事になってしまいました

ほんの少しの注意で防げることです。

急ぐ旅でもないから・・・ゆっくりヨットを気遣いながら走るほうが何倍も速く快適にクルージングが出来ます。

どんな大きな迎い波でも速度を落とせば波に突っ込むことはありません

実際ホロホロは14年間世界を回って・・ハワイに向かう時に一度大きく波に突っ込み、大被害を受けてからタダの一度も波に突っ込む事はありませんでした。

それとクルージングではエンジンを普通に使うので・・・どんなに速度が遅くても直線で最短距離を行くのが一番早いです

皆さんも・・・スプレーは幾ら浴びても平気ですが・・・波に突っ込んだり、度々船底が波を叩くのは避けましょう

後始末が大変ですし・・どんなに掃除しても・・・絶対に元に戻りませんからね。

そんなことで・・・最後に大変なことになってしまいました

明日は全員で拭き掃除、洗濯、片付けなどをします

これも良い勉強です






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死後の世界

2010年03月04日 19時14分31秒 | 退職生活
「死後の世界」について・・・多くの人は天国だの極楽だの地獄だのと信じてはいないけど・・・話します

僕が考える「死後の世界」は生きた人が住み暮らす現世にあると考えています

そんな事を書くと・・・また「溝田教」などと言われそうですが・・・

こんな事を言う人の前例は多分無いと思うけれど・・・皆さんも考えて見てください

貴方の親や祖先、親族の中で・・・貴方が誰にでも自慢して話せる人が居ますか?

多分殆どの人は居ると思うんですが・・・その人は話す人の心の中で生き続け、貴方に勇気や頑張りを与えている人です

死後の世界で幸せな人、極楽に行った人とも言えると思います。

さて・・・貴方が・・誰にでも自慢して話せる人は・・・絶対に家族の為にとウジウジ小金を残したり蛭の様につまらない天下りをして社会の邪魔をした人でなく、社会の為に豪快に遊び続けた豪傑だと思います

人の心の中には・・どんな悪人にも良い心があって、自分が気付かない潜在意識の中で遊んで過ごした豪傑を「英雄」と見ていて、人に自慢して話をします。

そうでありませんか?

しかしながら・・・現代の日本に「豪傑」は少なくなって・・・特に男に「ダンゴムシ人間」ばかりが増えたように思えてなりません

僕は「男は豪傑でなければならない」と思っています

豪傑で在り続けることが真の男だと思っています

オンナを語れば・・どうした訳か・・・かなりが豪傑で確実に男より多いです

男がキンタマを失い、オンナのマメが大きくなったのか

ダンゴムシはゴミを漁り、すぐに体を丸めて身を守ろうとします。

社会のことも世界のことも考えず・・・自分の事しか考えませんから・・死後の世界で子や孫に語られることはありません

地獄に堕ちた状態と言えます。

社会に対して・・・恥ずかしくて言えないのです

豪傑は弱いものを労われますが、ダンゴムシはただ餌(お金)を求めて彷徨い続け最後に地獄に堕ちます

これからの厳しい世界に少しばかりのお金は何の役にも立ちません。

大事なのは、同じ血が自分の中を流れていると思える「心の支えであり誇り」です。

そして血が流れていない一般の人達にも希望や勇気を与えることが出来、世界平和へと繋がっていきます

特に60歳になった人達全員に・・・ダンゴムシにならず豪快に遊び豪傑であって子孫に語られるような死後の世界を迎えて欲しいと心より願っています

ただし・・・豪快すぎて迷惑を掛けないよう・・・とりあえず・・何度も言っている年毎に「使いきる」生活で「今の体力で出来る一番激しいもの」から初めてくださいね

田舎暮らしもいいけれど・・・自分が食べる以上に作るのは社会の邪魔ですから・・・

それから・・・いつまでも新鮮で愉しい生活は同じ事を続けてはありませんよ

退職して20年、予算の範囲でなんにでも挑戦し、なんにでも首を突っ込み、残る人生を豪快に生き、豪傑だったと語られるような、社会に役立つ幸せな一生を送りたいと思って日々一生懸命僕は遊んでいます

しかし・・今日は強風波浪注意報が出るほどの風と雨です

ヨットの中でインターネットを繋いで・・本間氏と今後の遊びの作戦に必要なモノを探して殆どの時間を過ごし、3時半から3人で国民宿舎へ行き、温泉が始まるまで新聞を見て・・温泉から出て・・ホロホロに戻り・・・またまた今夜も宴会

今日は少し呑みすぎてしまった3人です
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潮岬越えと竹内長三郎氏の事

2010年03月03日 19時12分36秒 | 退職生活
紀伊半島の先端「潮岬」は西から来て西に戻る僕らには「行きは良い良い帰りは怖い」と言う言葉がピッタリです

今日串本港から周参見港にホロホロは移動したんですが

潮岬先端部は黒潮が西から東へとかなり強く流れています

普通の場所なら7ノットで走る所までエンジンの回転数を上げても・・・3~4ノットがやっと

その後も・・・周参見まで

黒潮は時に沖を通過する事もありますが・・・室戸岬沖を通って紀伊半島の周参見港周辺に突き当たります。

周参見に突き当たった潮の流れは・・半分が潮岬方向へ

残り半分は白浜から・・日の岬まで上がって・・・潮の干満に左右されながら・・・徳島県の伊島のほうへ回ったり、紀伊水道をもっと奥まで進んだりします。

そんな事で今日の行程は全行程が「向かい潮」で速度が上がらず、行きは4時間で楽々セーリングでしたが・・・帰りはエンジン全開で七時間掛かり、到着は二時でした

国民宿舎前に係船をして昼食

歩いて30分ほどと・・・遠い「オオクワ」へ買出しに行って・・・国民宿舎の温泉へ(四百円)

ゆっくり寛いで・・・今日もまた軽く宴会が始まりました

今回のクルージングでは、毎回全て僕が調理しています

僕はハワイで「コック」で通用したほどの「偽物」ですから・・・色々な料理を毎回お膳イッパイに並べています

まあ・・誰が見ても・・・「プロの技」とは思わないでしょうが・・・結構豪華で美味なんですよ

今日は・・今回のクルージング参加者三名のうち最年長の「竹内長三郎」氏の事を紹介します。

竹内氏は77歳で間もなく78歳になりますが・・・極めて元気(下半身も)極めて温泉好きです

徳島の人には有名な古くからのヨットオーナーで新艇ばかり5隻のヨットに乗り継いでいます

35歳の時にオセアン25、次にインペンサブル30、トレッカー36、トレッカー41、61歳で再度トレッカー41

ヨットの名前は「バロネス」

そして72歳で・・・ヨットを手放して漁船「竹長丸」に現在も乗っています

僕との航海は二度目で、昨日紹介した本間氏と共に韓国へ20日間ほど最後のバロネスで行き、今回で二度目です。

竹内氏も世界一周が若いときからの夢でした

それで・・次々と気に入るようにヨットをオーダーして造ったんですが・・・

氏の仕事は建設関係で・・30過ぎの時、清水建設と張り合って徳島貯金局の仕事を請け負い、総責任者で数億円(45年前だから凄い金額)の工事を成し遂げた実績に始まり、ヨット乗りにも関わる、あのロケット型の足摺岬灯台の建設所長でもありました

早くから建設会社の専務となったんですが・・55歳で退職したいと言っても引きとめられ、60歳でも引きとめられ、やっと63歳で無理やり退職

その後、バロネスで日本一周や沖縄、台湾航海、韓国航海。

他にクルーとしてアメリカ、ハワイ、グァム他アチコチでのクルージングをした徳島では数少ない長距離クルージング経験者です

しかし・・一番の夢だった「世界一周」は果たせないまま・・・ヨットを手放しています

今回、ホロホロで一緒にクルージングして「やっぱりヨットは良い」と言っていますが・・

77歳は「もう歳」だから・・・

そう言う僕も・・・そこまで16年しかありません

「後16年」と思ってみると・・・体力に応じた計画の大切さを実感します

体力のある間にしか出来ない事を順番にして行く事です。

体力を逆戻しすることは誰にも出来ません

本間氏も竹内氏も日本では少なくなった「豪傑」です

残り少ない人生、最後まで「豪傑」で在り続けて欲しいと願っています

この「豪傑」については・・・僕には「思い込み」がありますので・・・次回に書くことにします

今日も暖かく全くの春の南紀周参見からでした
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ヨッティの言う事と本間正信氏の事

2010年03月02日 18時01分13秒 | 退職生活
海外をクルージングしているヨット乗りの事を「ヨッティ」と普通に呼んでいます

日本の場合「ヨットマン」などと昔は言ってましたが・・・今はどう呼んでいるのか??僕は知りません。

「ヨッティ」の話に戻りますが・・・ヨッティとの「約束」やヨッティの「予定」は「あって無いような」ものです

これは、ヨッティが「いい加減な性格」なのでは無く、天候を見ながら動いているからです

14年間ヨッティをしてきた僕は純粋のヨッティで「ヨットマン」ではありませんから・・・

何より「天候重視」で動きます

そして・・・昨日の夜は・・後二日は那智勝浦にいて、温泉を制覇するとブログに書いていましたが・・・

今朝になって・・横抱きさせて貰っていた船が出港すると言うのと・・・天気が二日続いて良さそうなので・・ホロホロも出港して・・・現在串本です

温泉買い物に近い、スーパー「オオクワ」前の小さな港に入って・・温泉(サンゴの湯)に行き、買い物を済ませて・・・本港に入って・・早い時間から・・カツオのタタキやトロ刺身で宴会でした

突然の予定変更でしょこれがヨッティです

今日はホロホロ今航海「南紀温泉めぐりクルージング」で同乗者の一人「本間正信」氏の紹介をします

本間正信氏は僕も尊敬する「遊び人」です

歳は僕より3ヶ月下で学年でも一つ下の60歳なんですが・・・

「自由に遊びたい」と言う理由で35歳で会社員を辞めています

そして・・その後は「専門職のフリーター」

ただし・・実力あるフリーターなのでフリーターと言っても一般サラリーマン以上の充分な稼ぎをしていました。

そして・・初めて買ったヨットは共同で21フィートの新艇

これで岸近くをウロウロしてたんですが・・・ある日「舵」誌にレース艇の回航クルー募集を発見

そして・・ハワイからグアム経由で日本まで・・・外洋を経験しました

次に一人でクラシック船型の木造艇を購入でも・・・それに飽き足らず・・・

47歳の時、二度目の歳が25歳離れた彼女(今も一緒に住んでいる)とニュージーランドへ行って・・「ヘレショフ28」を購入

二人で・・フィジーからバヌアツ、サンタクルーズからソロモン、ポナペ、グアム、喜界島から九州、日本海と一年半のクルージングをしています

ところが・・・天下り機関が作った日本だけにしかない「小型船舶免許」を持って無いからと保安庁に捕まって・・・裁判までして無罪お咎めなしになったおまけ付き

その後も・・・機会があれば・・日本一周のヨットに乗ったり、僕らと一緒に韓国へ行ったり、台湾に行ったりフリーターを利用して遊んできました

60歳になったのを境に、世界平和の為に仕事を辞めて・・・寝泊りできるキャラバンを購入

現在持っている小型漁船はデッキに箱型居住スペースがあり、船舶検査は沿岸5マイル

日本一周もしようと思えば出来る仕様です。(自分で改造)

年金他収入は一ヶ月15万円。

これで・・先月もボルネオ島へ旅行していたし・・月に一度位は海外旅行も出来るそうです。

今回のクルージングで南紀の温泉巡りが気に入ったので・・彼女と車で来ようか、船で来ようかと考えたりしています

僕は丸沼高原スキー場にも誘っているんですが・・・・

こんないい加減な生活をしている?ようですが数年前に裁判所の競売で100坪の土地を姫路で買い、自作で家を建て現在はそこに住んでいます

いずれにしても凄いでしょ





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南紀名湯巡りクルージング

2010年03月01日 19時41分56秒 | 退職生活
クルージングヨットが20万や50万で買える時代に・・・なんで定年退職者がこれをしないのかが不思議に思います。

徳島を出て・・今日で8日が過ぎました。

今回は竹内氏が8日には帰らなければならないので、僕の考えからすれば急いだ旅になっていますが・・・それでもそれなりに寛いでいます

今日も那智勝浦港停泊中のホロホロ乗組員3名は・・・

「温泉の日」と決めました

朝8時半のボートに乗って「ホテル浦島」へ

ここは「忘帰洞」と呼ばれる海に面した洞穴の温泉が有名で・・・初めて那智勝浦の温泉に来た殆どの人が行くところです。

その忘帰洞でゆっくり二時間ほど過ごし・・・ロビーで新聞などを見て休憩

ヨットに戻って・・・「手羽先ニンニク炒め」で・・・特別日昼からビール

昼食の後・・二時間ほど昼寝

そして・・スーパーへ食料の買出し

それを冷蔵庫に入れて・・・

次は「中の湯」行きのボートに乗って・・・「紀州潮間の湯」へ

この海に面した露天風呂は・・・静かで・・・硫黄がきいて・・・良い温泉です

やはり一部洞窟なんですが・・・二段になっていて・・・開放感とゆったり感があります

今回那智勝浦に来て、観光案内所で「入浴手形」(1300円)を買ったので・・

勝浦御苑の「滝見の湯」ホテル浦島の「忘帰洞」中の島ホテルの「潮間の湯」と・・・普通に入れば一つが一回千円の温泉ばかり三つに行ったんですが・・・

「潮間の湯」が一位で二位が「滝身の湯」三位が「忘帰洞」でした。

一般に一番有名な「ホテル浦島」なんですが・・・他に行けば違いが解ります。

全然違いますから・・・

でもまあ・・・三つとも充分愉しみました

そして・・中ノ島から戻って・・・イカ、地元サンマ、カツオの刺身三昧で宴会

今日も愉しく一日が終ろうとしています。

ここも気に入ったので・・・残りの温泉も制覇しようと・・・明日又「入浴手形」を購入予定です(入浴手形は半年有効だけど3箇所しか入れない)

南紀温泉めぐりクルージングの適正日数は二ヶ月位のように思います

ぜひ皆さんもヨットでゆっくり来て下さいね
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