正直に言います。わたし、東京に住んでいたころだって明治神宮に一度も行ったことはないです。大学野球を応援に行く習慣もなく、原宿を徘徊したのは夜だった。初詣も人混みが嫌いだから行かないし、だいたい正月は田舎に帰っていた。
その名から、明治神宮がさほど古い存在ではないとちょっと考えればわかりそうなものだけれど、そんなことをまったく意識することもなかった。原宿には壮大な社が昔からあって、なんの不思議もないとしか。まさかその建立にこれほどのドラマがあったとは思いもしなかった。
主人公は三流新聞の記者。恐喝まがいのことも平気で行う男だが、彼は明治天皇という存在について腑に落ちないでいる。西洋合理主義をきわめたかに思えた夏目漱石が、亡くなった天皇への哀惜を隠せずにいるのはなぜだ、明治天皇とは何なのだ、と。
明治神宮はそんな明治天皇と昭憲皇太后を祭ったもの。陵墓が京都にありながら、東京市民の熱意によって造営された。
その過程で、全国から十数万本の献木が寄せられ、この物語は別の様相を見せ始める。若き植物学者が登場し、実は植物にとって過酷な土地である関東平野(針葉樹がなかなか育たないという)に、150年をかけて広大な自然林を構築しようとするのだ。これはびっくり。植林が始まったのが大正の初めだから、まだ百年たっていない。明治神宮の森はまだ形成途上だということだ。
それなのに、いまの政治家たちは新国立競技場などでひたすらこの森を壊すために動いているように見える。
壮大なお話。それを朝井はむしろ淡々と描いてすばらしい。やっぱり、一度は明治神宮に行ってみよう。サヨクが行くと罰が当たるかしら。でもわたし、靖国神社には何度も行ってるのでだいじょうぶでしょう(笑)