ハラル対応のセミナーに出席しました。セミナーの情報が必ずしも正確かどうかは不明ですが、聞き取った内容を以下にまとめてみます。
イスラム教徒のことをモスリムと呼びます。正しい発音は不明でムスリムだったりモスレムだったりします。マホメットも、モハメッドだったりムハンマドだったりします。キリストがイエスだったりジーザスだったりヤソだったりするのと同じで、いろんな言語で呼び方は変わります。日本人にはできないような難しい発音の場合もあります。ここでは、私が昔教わった、モスリムとマホメットという言い方をします。
モスリムの要諦は、六信五行だそうです。
そして六信とは、次の六つを信じることです。
- アラー
- 天使
- 啓典
- 預言者
- 来世
- 天命
アラーや天使が存在するかどうか、経典が正しいのかどうか、マホメットが本当に存在したのか、マホメットは本当は何を言ったのか、それを言ったのは本当にマホメットなのか、来世があるのか、天命とされるものは正しいのか、そういったことに関する根拠は何もありません。信仰なので、ひたすら信じるだけなのです。モスリムでない私たちが言えることは、イスラム教を信仰する人は確かに存在するということです。そしてモスリムの数は世界的に増加傾向にあるようで、もうすぐ20億人を超すそうです。世界は必ずしもいい方向に向かっているとは言えず、そんな中でモスリムが増えていくということは何を意味するのでしょうか。世界観や価値観は常に変遷し、俗な言い方をすれば人類は右往左往しながら生きてきました。モスリムが増えているのもあるいは一過性の現象かもしれません。人類の諸問題は究極の解決に至ることは決してなく、マルクスの説いた過渡期は永遠に過渡期のままであるような気がします。
話が横道にそれてしまいました。六信五行の五行は、次の行動のことです。
- カリマ(信仰)
- サラート(礼拝)
- ザカート(喜捨)
- サウム(断食)
- ハッジ(巡礼)
このうち、1.カリマはシャハーダ(信仰の告白)と言われる場合もあるそうです。ハラル(HALAL)とは、神から許されたという意味合いだそうで、許されていないことはハラム(HALAM)と呼ぶそうです。イスラムでは、必ずしなければならないことから、したほうがいいこと、してもいいこと、しないほうがいいこと、絶対にしてはいけないことに分かれているとのことでした。その中で、ハラムというのは絶対にしてはいけないことで、それ以外をハラルと呼んで差し支えないようです。ハラル対応で最も重要なのが食物に関することで、ハラル対応の実に90%は食物の対応なのです。食物に関する対応以外では、毎日5回のお祈りのための場所を確保する、お祈りのために手や足を洗う場所を設けることなどがあります。
食物のハラムは以下の通りです。
- 豚と豚由来のもの
- 犬と犬由来のもの
- アルコール
上記以外のものはハラルですが、厳密に言えば、牛、山羊、鶏はの方法に以下の規定があります。
イスラム教徒がをすること。特別な祈りの言葉を述べること。鋭利な刃物で動脈を切って死ぬまで血を抜くこと。血を抜ききる前に死んだ場合はすなわち死肉となり、ハラムとなります。した動物はイスラム教徒の検査員による検査を受ける必要があります。
基本的に一次産業の産物(穀物、野菜、果物、水産物、卵)はハラルとされています。ハラムである「豚由来のもの」には、ショートニング、ゼラチン、コラーゲン、インシュリン、レンネット、豚の腸や血液を使ったソーセージ、豚毛のブラシや歯ブラシなどがあります。
イスラム教は、絶対にしてはいけないことと、絶対にしなければならないこと以外は、モスリムそれぞれの考え方に任せる部分があります。ハラル対応を行なう側にも、段階的な対応が可能ということです。
具体的なハラル対応を考える前に、ハラル市場がどれくらいの規模かを知っておく必要があります。ごく小さな市場であればハラル対応の費用対効果は乏しいと判断されます。
日本に在住しているモスリムは2013年度で約18万5千人と言われています。来日する外国人観光客の総数は年間で2,000万人で、現在はそのうちの200万人が中国韓国からの観光客で、モスリムは40万人程度です。しかし2020年にはモスリムだけで200万人になるのではないかという予想(希望的観測?)があります。
世界のハラル市場は年間310兆円程度。そのうちの食マーケットは60兆円程度です。
インドネシアは人口2億5千万人の90%がモスリムです。富裕層は人口の1%強の約253万人です。日本に観光に来ることができるのはこの1%強の富裕層と考えられます。
延べ200万人のモスリム観光客が来日中に外食でひとり5万円を使うとしたら、1,000億円の市場となります。外食産業全体の市場規模は、20世紀末に30兆円にあと少しまで迫ったものの、現在は23兆円程度に落ち着いています。給食関係も入った数字なので、外食としての飲食店の市場は約12兆円程度です。1,000億円は飲食店の市場規模からすると120分の1です。
店舗数300店舗、年間の客数1,500万人のチェーン店だとモスリム観光客は年間で12万5千人となり、客単価2,000円とすると2億5千万円の売上となります。材料費と人件費を合わせたプライムコストを60%としたら、年間の売上総利益は2億5千万円×40%で約1億円となります。1億円の粗利しかないとなると、チェーンストアとしては手が出しがたいかもしれません。
ハラル対策がもっとも進んでいるのはマレーシアです。マレーシア政府ハラル認証機関(JAKIM)があります。JAKIMは宗教色の強い組織で、現在ではハラル認証関係は民間会社のハラル産業開発公社(HDC=Halal Industry Development Corporation)に移行しています。
日本ではハラル認証機関を名乗る団体が15団体程度確認されていますが、届出制も許可制もなく、組織形態の規定もありません。日本の法律に基づく根拠がないので、権威や信用、保証もありません。モスリム対応をするのに、認証は必要ではないのです。しかし団体の中にはモスリムが所属している団体もあり、日本のハラル認証機関が認証したという表示をすることは、モスリムに訴求する面では有効に働く場合があります。
食物のハラムは豚、犬、アルコールの他にグロテスクなものやゲテモノも含まれています。日本では高級食材のスッポンもモスリムは食べられません。また牛や鳥、山羊も、どんな餌を与えていたのか、飼育環境はどうだったのかといった畜産に関する全般や、後の倉庫の状態、運搬する車両、運転手などについてもハラルでなければなりません。厳格なモスリムの中には、日本では何も食べないという人もいます。
日本の公的機関がハラル認証について届出や許可の制度を作ろうとしないのは、ハラルの基準が非常に厳しく、認証した店舗なり企業なりを厳格に取り締まることが非常に困難であるという理由によります。認証した店舗がハラルに違反してしまうと、認証した期間は権威も信用も失ってしまいます。公的機関がそうなるのは許容しがたいので、日本の公的機関ははハラルに関して腰の引けた対応となっています。他国の宗教上の戒律を観光客受け入れの制度として確立するのは困難です。
以下の条件を考えると、完全なハラル対応は日本国内では非常に困難であると言えます。
- アルコール非提供。
- 食材は生産から保管、物流、調理までハラル対応のもののみを使用する。
- 食材以外にも調味料、調理器具、厨房、調理人まで、ハラル対応でなければならない。
- 全体をイスラム教徒が管理する。
以上の4点を想定しただけでも、国内での厳格なハラル対応は不可能と断定できるでしょう。そこで厳格でないハラル対応がいくつか考えられています。
- ノンポーク(豚肉の取り扱いなし)
- ハラルの肉だけを使用する。
- ハラルの食材だけを使用する。
- お酒はモスリム以外だけに販売する。
- ローカルハラル(ハラルとノンハラルを分別、お酒は販売)
これらの対応は、モスリムによっては不快感を抱く人もあるようで、最初からハラル対応はできませんとしたほうが、あらぬ苦情を生まないで済むかもしれません。レトルトパウチの食材を湯せんで温めて皿に盛りつけて、ハラル対応の商品ですと提供するような商売は、モスリムに対して誠実な対応をしているとは言い難い気がします。
ホテルのように宿泊費で稼げる業態はハラル対応の費用対効果が認められますが、飲食店は費用対効果がほぼ認められないと考えていいでしょう。ハラル対応の飲食代金が通常よりも5倍から10倍も請求できるのであれば費用対効果が認められるでしょうが、モスリムが納得して支払うとはとても思えません。