三無主義

 ~ディスパレートな日々~   耶馬英彦

映画「エイブのキッチンストーリー」

2020年11月26日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「エイブのキッチンストーリー」を観た。
 予告編を観て、料理の才能のある天才少年が活躍するほのぼのとした映画だろうと思っていただけに、十二歳の主人公エイブの家族たちのいかれた精神性に驚いた。ドナルド・トランプに投票するのはこういう人たちなんだろうなと思った。英語で言えば、The Stupid in America だ。
 祖父母は揃って不寛容なナショナリストで、母親は息子に信仰を強制する狂信者、父親は息子に無宗教を強制する独善主義、そして全員が無教養な愚か者ときては、主人公エイブに救われる道はない。
 アメリカの馬鹿な人々を笑い飛ばすブラックコメディなのかと思って観ていたが、最後は集まって笑うという整合性のなさと、恥知らずなご都合主義に思わず仰け反ってしまった。リアリティの欠片もない。
 これほど破綻していて不愉快な映画も珍しい。役者陣がそれぞれに愚かな人間を上手に演じていただけに、折角できたお膳立てをひっくり返すことなく、そのまま不幸でどうしようもない結末にしてほしかった。本作品では製作者も登場人物の家族たち並みに愚かであることを公に晒しているようなものである。音楽もひどかった。
 エイブ役の少年がなまじ好演していただけに、実に残念である。こういう作品を作ろうという世界観が、ドナルド・トランプに投票した人たちの精神性に直結している気がした。

映画「家なき子 希望の歌声」

2020年11月26日 | 映画・舞台・コンサート
 映画「家なき子 希望の歌声」を観た。
 日本人は三なんとかが好きだ。三名園、三急流、三大祭、三名瀑など、数え上げればきりがない。世界にも広げて三大テノールなどというときもある。かくいう当方も三なんとかが嫌いではない。肯定的な意味合いなら何を挙げてもいいと思っている。
 三大ヴァイオリン協奏曲を挙げるとすれば、いの一番にメンデルスゾーンのホ短調が挙がるはずだ。とても有名で印象的な曲だからメロディを聞けば誰もがすぐにこの曲かとピンとくる。本作品で独奏される場面は、短いけれども圧巻である。
 レミを演じたマロム・パキンという子役はとても上手で、無邪気に歌うあどけない少年が急に起きた状況の変化に戸惑い、泣き叫ぶが、やがて状況を受け入れて強く生きるようになる成長の過程を見事に演じている。
 しかしなんといっても本作品を成立させているのはヴィタリス親方の寛容で優しい人柄である。明日をもしれぬ旅芸人でありながら、なけなしのお金を使ってレミを窮地から救い出す。ヴィタリスにとって贖罪の旅であったことは後に知れるが、レミはこの親方から人の優しさを学び、貧しい人間が陥りがちな憎悪と不寛容の地獄に落ちないで済む。
 緻密にできたストーリーで、老人の思い出話という構成は作品に安定感をもたらして、子どもたちがそれを聞いているという映画独自の設定もいい。マロム少年の美しい歌声も聞けるし、親方の楽しい動物芸も見られる。この世界もそんなに悪くないと思わせてくれる傑作だった。