映画「Une intime conviction」(邦題「私は確信する」)を観た。
パリは哲学と芸術、自由と人権、美食と恋愛の街というイメージである。しかし人間のどす黒い側面が存在するのは、パリも例外ではない。
どうして行方不明が殺人事件として扱われるのか。日本では行方不明は失踪事件として殺人事件とは区別されるが、フランスではそうではないらしい。映画では最後までその理由がわからなかった。サヴィ警視を筆頭の警察が成績を上げたかったのかもしれない。日本の警察も似たようなところがある。しかし本当の理由は不明だ。
物語はヴィギエ事件と呼ばれる失踪事件が起きてから10年後の裁判の様子を中心に描かれる。3人の子どもを残して失踪した女性の夫を殺人事件の被告としてまず地元で裁判が開かれ、一審で無罪となったが検察が控訴、本作品は第二審をめぐっての話である。
主人公ノラは被告の娘が家庭教師を務める子供の母親である。それだけの関係なのにどうして仕事も子供のことも疎かにして、ヴィギエ事件に没頭するのか、映画を観ているだけでは理由がよくわからないが、どうやらノラはランボー監督がモデルらしい。ランボー監督はノラと同じように事件にのめり込んだようだ。ノラが事件の記録をまとめて、当時無罪請負人として有名なエリック・デュポンモレッティ弁護士に依頼するが、これもランボー監督が実際にしたことらしい。それで少し納得した。ランボー監督自身にも、何故行方不明が殺人事件として裁判で争われるのかについて疑念を持っていたのだ。
ノラの資料と熱意に押されて弁護を引き受けるデュポンモレッティ弁護士だが、いささか強引過ぎるノラの態度と、暴走気味の正義感に辟易しつつも、これまでの経験と知識を生かして裁判に臨む。そこではノラに託した250時間分の通話記録の分析が役に立つ。証人たちは通話記録との矛盾を突かれて証言は二転三転し、ヴィギエ被告は有罪になりそうになったり無罪になりそうになったりする。
ラストのデュポンモレッティ弁護士による最終弁論は、推定無罪という刑事裁判の原則に立ち返った、見事な演説であった。名優オリヴィエ・グルメの面目躍如である。とはいってもフランスもアメリカ等と同じ陪審員制度だ。科学的な見地で判断する人もいれば、直感や印象で判断する陪審員もいる。ヴィギエ被告に対する最終論告に、ノラは固唾を呑む。
デュポンモレッティ弁護士は、その後マクロン大統領の任命でフランスの法務大臣となった。ちなみにフランスの閣僚は男女同数が原則である。