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(11日の選挙)小鹿野町長選/小鹿野町議選 町長選、福島氏が初当選 /埼玉

2009-10-18 09:07:18 | Weblog
小鹿野町長選/小鹿野町議選 町長選、福島氏が初当選 /埼玉 200910月12日 毎日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091012-00000097-mailo-l11
◇「町立病院再生」に支持
 任期満了に伴う小鹿野町長選は11日投開票され、町立病院の再生を前面に戦った旧小鹿野町長の福島弘文氏(67)=無所属=が、現職で再選を目指した関口和夫氏(74)=同=を破り初当選した。当日有権者数は1万1481人。投票率は81・33%(前回86・25%)。
 福島氏は夢を語り町を元気にしようと、「救急医療体制の確立、児童福祉、学校教育の充実、長尾根トンネルの実現」などを訴えて支持を広げた。関口氏は実績を強調しつつ、「改革から創造へ」と訴えたが及ばなかった。

埼玉県 小鹿野町 町長選挙結果
当 4903 福島弘文 67 男 無新 農林業、旧小鹿野町長
  4325 関口和夫 74 男 無現


 埼玉県小鹿野町は、県の西部、秩父地方にある2005年に旧小鹿野町と両神村が合併してできた人口1.3万人程の町で、町長選は、4年前の前回町長選でわずか5票差の大接戦の末、合併前の旧町長だった福島弘文氏を破った関口和夫氏に、福島弘文氏が再度挑戦する前回と同じ顔ぶれの選挙となったのですが、
 今回は町立病院の再生と「町政一新」を掲げた福島弘文氏が4903票を獲得し、行財政改革などの実績を強調すると共に子育て支援や産業振興を訴え4325票を獲得した関口和夫氏を破り再び町長に復帰しました。
 う~ん。今回も中々の接戦でしたが、町民は再び元町長にバトンタッチすることを選択。福島氏の町制運営に注目が集まりそうです。

(11日の選挙)鳴門市長に泉氏 組織力生かし初当選、投票率55・07%

2009-10-18 09:05:31 | Weblog
(11日の選挙)鳴門市長に泉氏 組織力生かし初当選、投票率55・07% 2009年10月12日 徳島
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2009/10/2009_125531161483.html
 吉田忠志市長の死去に伴う鳴門市長選が11日投開票され、無所属新人で前鳴門市議の泉理彦(みちひこ)氏(47)=鳴門町土佐泊浦、牛乳販売業、民主党県連推薦=が1万3607票を獲得し、初当選した。逼迫(ひっぱく)する市財政の健全化や公共下水道事業の是非などをめぐり争われたが、吉田市政の継承を掲げた泉氏に支持が集まった。任期は11日から4年間。投票率は55・07%で、過去最低だった前回の54・57%を0・5ポイント上回ったものの過去2番目に低い数字だった。
 選挙には無所属新人3人が立候補。元鳴門市収入役の潮崎焜及(てるちか)氏(62)=瀬戸町堂浦、無職=が1334票差で次点となり、元市長の長男の山本善幸氏(38)=東京都文京区大塚、会社役員=は2367票で最下位だった。
 泉氏は市職員、市議を通じて約20年間、市政に携わった実績と若さをアピール。「子どもたちの未来のために」などをスローガンに、公共下水道事業の推進や毎年の市債発行額を20億円に抑制することなどを訴えた。
 民主党県連、連合徳島の推薦を取り付けたほか県議2人、市議9人、吉田前市長の後援会の支持を得るなど組織的にほかの2人を圧倒し、全市的に支持を広げた。
 潮崎氏は市職員としての38年の行政手腕をPR。公共下水道事業の一時凍結などによる市財政の健全化を訴えたが、前回に引き続き及ばなかった。
 山本氏は公共下水道の撤廃も含めた住民投票の実施などを訴えたが、支持は広がらなかった。
 泉氏は、美波町の影治信良町長の53歳を6歳下回り、県内市町村長で最年少となる。
 民主党県連によると、同県連単独推薦候補の首長当選は1997年の民主党徳島(県連の前身)発足以来初めて。

徳島県鳴門市 市長選挙結果
当 13607 泉理彦 47 男 無新 牛乳販売業、元市議
  12273 潮崎焜及 62 男 無新 無職、元市収入役
  2367 山本善幸 38 男 無新 有限会社コスモス取締役



 徳島県鳴門市は、四国の東端に位置する人口6.1万人程の市ですが、2年前の4月の選挙で市長に就任した吉田忠志氏が8月に死去したため、市長選は前回も出馬した元市収入役の潮崎焜及氏、有限会社コスモス取締役でまだ38歳と若い山本善幸氏、元市議の泉理彦氏の3新人による争いとなったのですが、
 市民との対話姿勢を引き継ぐ一方で、独自の改革プランによる財政健全化を主張して、公共下水道事業については個人負担軽減を図った上で推進すると訴えた民主推薦の泉理彦氏が13607票を獲得し、
 「明るく豊かで、夢と希望のある町をつくりたい。公共下水道工事を凍結し、浮いた金を財源に、福祉や環境、教育、子育て支援などに力を入れる。市の惨たんたる状況を市民の皆さんと立て直したい」と訴え12273票を獲得した潮崎焜及氏を接戦の末退けて初当選を決めました。
 若さとしがらみのなさを強調し、人口増加策による市の活力回復を訴え、公共下水道事業については住民投票で反対が多ければ廃止と主張していた山本善幸氏は2367票と振るいませんでした。

(11日の選挙)安曇野市長に宮沢氏初当選 新人3人の争い制す

2009-10-18 09:00:11 | Weblog
(11日の選挙)安曇野市長に宮沢氏初当選 新人3人の争い制す 2009年10月12日 信濃毎日
http://www.shinmai.co.jp/news/20091012/KT091010ATI090008000022.htm
 任期満了に伴う安曇野市長選は11日投開票し、無所属新人で前県議の宮沢宗弘氏(69)=豊科高家=が2万6千票余を獲得、いずれも無所属新人で前高校副校長の古幡開太郎氏(58)=穂高牧、前市議の藤森康友氏(48)=豊科=の2人に1万2千票以上の差を付けて初当選した。任期は23日から4年。
 宮沢氏は7月下旬、5町村合併後の新市の初代市長、平林伊三郎氏(72)の引退表明を受けて、いち早く立候補を表明した。旧豊科町議、県議の経験を生かし、県と連携しながら市政課題の早期解決に当たると強調。現市政が進めてきた新本庁舎建設計画の見直しを訴えた。
 平林氏が「若い世代に託したい」として藤森氏を事実上後継指名したことに警戒感を強め、県議時代の後援会の再構築を進めたほか、民主党からの推薦も得て、序盤から優位に戦いを進めた。
 古幡氏は出身の穂高地域で厚い支持を得たほか、新本庁舎建設計画の凍結を明確にするなどし、草の根の運動で現市政に批判的な層からも支持を集めたが、豊科など他地域への浸透を欠いた。
 藤森氏は現市政の継承を訴え、「市政の世代交代」を主張したが、地元豊科地域の票を宮沢氏に奪われ、伸び悩んだ。
 投票率は69・29%で、2005年10月の新市発足後初めて行われた前回選の74・84%を5・55ポイント下回った。

長野県安曇野市 市長選挙結果
当 26318 宮沢宗弘 69 男 無新 会社役員 [元]長野県議
  14264 古幡開太郎 58 男 無新 農業 [元]私立高副校長
  13201 藤森康友 48 男 無新 会社役員 [元]安曇野市議



 長野県安曇野市は、2005年10月に豊科町・穂高町・三郷村・堀金村・明科町が合併して誕生した人口9.6万人強の松本市に隣接する市で、市長選は4年前の初代市長選挙で、穂高町長を3期務めて初代市長も務めた平林伊三郎氏が「若い世代に託したい」と出馬を見送ったため、私立高副校長の古幡開太郎氏、元安曇野市議の藤森康友氏、元長野県議で民主が推す宮沢宗弘氏の3新人による争いとなりましたが、
 「田園産業都市」構想を打ち出し、農工業、観光など業種間の連携による活性化を掲げると共に、穂高温泉を生かした「滞在型観光と健康医療産業を組み合わせて新たな魅力を創出したい」と訴えた民主推薦の宮沢宗弘が26318票を獲得し、
 「最初に描いた安曇野市になっていない。こんなはずじゃなかったと思う市民もいる」と訴え、新庁舎建設を凍結して市民生活に目を向ける政策を打ち出すと共に、「山岳観光のハブ都市」を創出し、山の写真や情報を集めて観光客500万人を目指すと訴え14264票を獲得した古幡開太郎氏、
 「経営者は孤独で、最後は自分で決断する。市政も経営だ」と民間経営の感覚を強調し、「お出かけ市長室」を創設して多くの市民との対話を大切にすると共に、子育ての充実も掲げ、子育て・教育などを包括的に担当する「子ども部」を市に新設することも掲げ、今季引退する平林伊三郎市長も支持に回って13201票を獲得した藤森康友氏
 を破り初当選しました。

 う~ん。民主が応援に回ったとはいえ、予想以上の大差がつきましたし、現職市長が推す候補がこれだけの大差をつけて敗れたのにも吃驚。
 新市長となる宮沢氏の手腕に注目が集まりそうですが、宮沢氏はどのような市制運営を行ってくれるのでしょうか…。

(11日の選挙)桜川市長に中田氏 2新人破り再選 333票差

2009-10-18 08:57:22 | Weblog
(11日の選挙)桜川市長に中田氏 2新人破り再選 333票差 2009年10月12日 茨城
http://www.ibaraki-np.co.jp/main/topnews.htm
 任期満了に伴う桜川市長選は11日、市内40カ所で投票が行われ、即日開票の結果、現職の中田裕氏(60)=無所属=が元市議の勝田道雄氏(50)、元市民団体代表の中島市郎氏(49)の無所属新人2人を破り、再選を果たした。当日有権者は3万9006人、投票率は77・20%(前回79・74%)だった。
 同市は2005年の10月に旧岩瀬、真壁町、大和村の3町村が合併して誕生。今回の市長選は、新市となって4年間の合併の成果を問う選挙でもあり、再選を目指す中田氏に、市政刷新を訴えて挑んだ勝田氏が、市を二分する事実上の一騎打ちを演じ、中田氏が333票の小差で競り勝った。
 中田氏は市内約250の団体推薦を受け、4年間の実績を訴えた。県西総合病院は全国的に医師不足の中、脳外科医など4人の医師を招くのに成功。いち早くパブリックコメントを導入し、大和中の校舎を合併特例債事業として完成させた。景観都市や、県内初となる真壁地区の重要伝統的建造物群保存地区選定に向けた取り組みなども評価された。
 勝田氏は、地盤の真壁、大和地区で支持を広げたが、現職の厚い布陣に敗れた。中島氏は身の丈に合った財政を訴え独自の選挙戦を展開した。
 午後10時20分ごろ、同市鍬田の選挙事務所に当選の一報が届くと、支援者が集まり当選を喜んだ。中田氏は支持者に祝福され、「皆さんのおかげ。暮らしてよかったという地域づくりに全力を尽くしたい」と喜びを語った。

茨城県桜川市 市長選挙結果
当 14327 中田裕 60 男 無現 市長
  13994 勝田道雄 50 男 無新 会社役員、元市議
  1479 中島市郎 49 男 無新 石材業、元市民団体代表



 茨城県桜川市は、茨城県西部に位置する2005年10月に岩瀬町・真壁町・大和村が合併してできた人口4.6万人程の市ですが、市長選は、4年前の市長選で、岩瀬町長出身で新人3人の争いを制した自民推薦の現職の中田裕氏に対して、元市議の勝田道雄氏と元市民団体代表の中島市郎氏の2新人が挑んだのですが、
 「医師不足が叫ばれる中、県西総合病院に4人の常勤医師を確保できた」と実績をアピールすると共に、企業誘致による雇用拡大を図り、若者が定住できるまちづくりを目指す考えを示した現職の中田裕氏が14327票を獲得し、
 合併特例債事業に盛り込まれている市庁舎建設の凍結を公約に掲げ、「箱物よりも人づくりを優先し、子育てしやすい環境をつくる」と強調すると共に、中学生までの医療費無料化など福祉政策の拡充を訴え13994票を獲得した勝田道雄候補をかろうじて振り切り再選を決めました。
 「300億円にのぼる市の借金の解消に努める」と力説し「子どもにツケを回さないために合併特例債事業をすべて凍結したい」と訴えた元市民団体代表の中島市郎氏は1479票と振るいませんでした。

 ちなみに、桜川市は4年前の合併後も一定期間議員資格を失わない在任特例を活用し、人口4.6万人の市としては異例の定数47名を維持しようとしたため、人口規模に見合っていないとして住民から議会解散のリコール運動を起こされ、06年8月20日に行われた住民投票では賛成票が圧倒的多数を占め市議会は解散し、新定数26で出直し選挙が9月に実施。
 今回の選挙戦は中田氏に対する信任投票的意味合いもあったのではないかと思いますが、再選を決めた中田氏は次の4年間でどのような市制運営を行ってくれるのでしょうか。
 中島氏の票も合わせると中田氏は勝利したとはえ、過半数を押さえておらず、それだけに次の4年間で残す実績が強く求められることになりそうです。

(11日の選挙)榎本氏が初当選 鶴岡市長選、投票率73.85%

2009-10-18 08:38:21 | Weblog
(11日の選挙)榎本氏が初当選 鶴岡市長選、投票率73.85% 2009年10月12日 山形
http://www.yamagata-np.jp/news/200910/12/kj_2009101200213.php
 任期満了に伴う鶴岡市長選は11日、投票が行われ、即日開票の結果、元市議で新人の榎本政規氏(60)=少連寺=が、いずれも元市議の草島進一氏(44)=道田町、芳賀誠氏(67)=宝田2丁目=の2新人を下し、初当選を果たした。市長選としては市町村合併後初の選挙戦で、投票率は73.85%。
 榎本氏は加藤紘一衆院議員と富塚陽一市長、市選出の4県議、市議会最大会派の新政クラブが一致して支援。民主、自民、公明の推薦を受ける分厚い布陣で臨んだ。上滑りが懸念されたが、市議選候補者と連動した決起集会、個人演説会で旧町村にも浸透した。5つの都市像を掲げた鶴岡ルネサンス宣言、鶴岡財政諮問会議の創設を提唱。副会長を務める鶴岡野球連盟など各種団体の後押しも受け、他候補を引き離した。
 草島氏は推薦を受けた新党日本の田中康夫代表をはじめ、ダム問題や震災ボランティア活動で親交のある国会議員らの応援を受けた。現市政を批判し「市民百人委員会」の設置、日本一の環境自治体づくりを提唱。「後継」「相乗り」への批判票も取り込み、市街地の一部では榎本氏と互角に近い攻防を展開したが、出遅れ感は否めず、旧市郊外や旧町村で風を起こすことができなかった。
 芳賀氏は「チェンジ、フレッシュ」を合言葉に、革新票も見据えて政党に支援を求めない徹底した草の根戦術をとったが、支援の輪が広がらなかった。
 当選を決めた榎本氏は11日夜、馬場町の事務所で「14万市民のリーダーとしての責任を痛感している。市民の力、地域の力、行政の力を主力エンジンに新しい鶴岡をつくりたい」と抱負を語った。

鶴岡新市議決まる
 市長選と同じ日程で行われた市議選は、12日未明、34人の当選者が決まった。
 4年前の前回は、市町村合併に伴い旧市町村単位で行われたが、今回は初めて全市1選挙区で実施された。定数が4減り、34議席に対し現職33、新人7の計40人が立候補。大票田の市街地に、旧市郊外や旧町村からも多くの候補者が入り込み、激しい選挙戦を繰り広げた。投票率は73.85%。

山形県鶴岡市 市長選挙結果
当 41515 榎本政規 60 男 無新 林業、元市議
  26828 草島進一 44 男 無新 無職、元市議
  13710 芳賀誠 67 男 無新 無職、元市議



 山形県鶴岡市は、山形県の日本海側にある、2005年10月1日に旧鶴岡市と藤島町・羽黒町・櫛引町・朝日村・温海町が合併してできた人口13.7万人程の市ですが、
 市長選は、合併前の旧鶴岡市時代から市長を務めていた富塚陽一氏が出馬しなかったため、 元市議の芳賀誠氏、元市議の榎本政規氏、元市議で新党日本が推薦する44歳と若手の草島進一氏による3新人の争いとなったのですが、
 農林水産業の6次産業化や商店街活性化、市民参加による行財政改革など「五つのまちづくり戦略」を掲げ「夢を形にする姿を見せることが市長の責任」と訴え、富塚陽一市長や地元選出3県議、民主党の和嶋未希衆院議員、新田嘉一東北公益文科大理事長が応援に回り、与野党が相乗りで推薦に回った榎本政規氏が41515票を獲得し、
 「合併して4年。水が変わり、無償提供だったランドセル事業が変わり、保育料や公民館無料制度も変わった。何か市政をあきらめていないか」と呼び掛けると共に、オール与党体制や慶応大先端生命研への3億円の提供など説明責任を果たしていない市政を批判し、「私たちは微力だが無力じゃない。力を結集して古い体質の市政を変えよう。動けば変わる」と訴え26828票を獲得した草島進一氏、
 「トップダウンではないボトムアップの市政を実現したい」と旧鶴岡市から18年間続いた富塚陽一市長の市政運営からの脱却を宣言すると共に、雇用問題など経済対策や行財政改革などについて訴え13710票を獲得した芳賀誠氏
 を破り初当選しました。
 若い草島氏がどれだけ食い込めるかが焦点だったのですが、市民は現職市長や与野党が相乗りで推す榎本氏を選択。新市長はどのような市制運営を行ってくれるのでしょうか…。

北陸の百貨店「大和」、来春に4店舗閉鎖 業績回復せず

2009-10-18 08:02:39 | Weblog
北陸の百貨店「大和」、来春に4店舗閉鎖 業績回復せず 2009年10月15日 朝日夕刊
http://www.asahi.com/business/update/1015/OSK200910150104.html
 石川、富山、新潟の3県に店舗をもつ百貨店「大和(だいわ)」(金沢市、東証・大証2部)は15日、収益改善のために新潟県内の全3店舗と石川県小松市の1店舗を来年6月までに閉鎖すると発表した。いずれの店舗も売り上げ減と赤字が経営を圧迫しており、今後も回復は見込めないと判断した。同社の店舗は現在、7店で、その半分以上を閉めることになる。
 閉鎖するのは小松店と新潟店(新潟市)、上越店(新潟県上越市)、長岡店(同県長岡市)。あわせて470人規模の希望退職を募る。
 退職金や建物の減損処理などのため、54億円の特別損失を10年2月期決算に計上する。同期の連結決算は、売上高が前期比10.9%減の691億円、営業損益は9億円の赤字、純損益は85億円の赤字で、4期連続の赤字となる見通し。
 閉鎖後の同社の店舗は、旗艦店の香林坊店(金沢市)、富山店(富山市)、高岡店(富山県高岡市)の3カ所だけとなる。

大和が県内撤退を正式表明 2009年10月16日 新潟日報
http://www.niigata-nippo.co.jp/news/pref/5321.html
 百貨店の大和(金沢市)は15日、同市と新潟市で記者会見を開き、新潟、長岡、上越の県内3店舗を閉鎖し、本県から撤退することを正式に表明した。3店計約340人の従業員をはじめ全社で470人の希望退職者を募る。自社物件の新潟、長岡の両店舗は売却する方針。新潟市中央区の地下商店街「西堀ローサ」を運営する第三セクター・新潟地下開発への出資も、将来的に引き上げる方向で検討する考えを明らかにした。
 閉鎖時期は、新潟店は一部で2010年9月がめどともみられていたが、それより早く6月末と発表。長岡、上越両店は同年4月末の予定。閉鎖はこの日発表した構造改革の一環で、小松店(石川県小松市)も同年6月末に閉鎖し、香林坊店(金沢市)など3店舗に経営資源を集中する。

「富山を主力店舗に」 大和が構造改革発表、全店で470人削減 2009年10月16日 北日本
http://www.kitanippon.co.jp/contents/knpnews/20091016/26779.html
 大和(金沢市)は15日、来年6月までに新潟県の新潟、長岡、上越の3店と石川県の小松店の計4店を閉鎖することを柱とした構造改革を発表した。閉店に合わせ、全従業員の35%に当たる約470人の希望退職者を募集する。今後は香林坊、富山、高岡の3店体制とし、凍結していた設備投資も再開。金沢市の中小企業会館で会見した宮二朗社長は「香林坊、富山店を主力店舗とし、23年2月期の営業損益黒字化を目指したい」と述べた。
 大和は21年2月期単体決算で創業以来初の営業赤字を計上し、22年2月期も赤字を予想する。宮社長は「会社存続のため、4店の閉鎖という苦渋の決断をした」と説明。特に閉鎖する4店の合計売上高はピークから半減し、各店とも営業赤字。ビルの老朽化も問題となっており「顧客に満足してもらえる環境整備、商品提供ができなかった。断腸の思いだ」と厳しい表情を見せた。長岡、上越は来年4月末、新潟、小松は6月末の閉店を予定する。店舗閉鎖による収益改善効果は約10億円を見込んでいる。
 一方、香林坊、富山、高岡は21年2月期決算で、それぞれ営業黒字を確保。さらに各店が入居するビルの設立が、香林坊が昭和61年、高岡が平成6年、富山が同19年と新しく「耐震性も含めハード面の投資が比較的少なくすむことが、存続を決めた理由の一つ」とした。
 今回のリストラで存続する3店舗のうち2店舗が富山県内に立地することになり、大和にとって「富山」の位置づけは大きくなる。富山店について宮社長は「移転オープンから1年たった21年下期も、予想以上の数字を残した」と期待感を示し、高岡店については「小ぶりだが、しっかり利益を出せる店にしたい」と話した。
 希望退職者は、全7店の従業員1320人(10月1日現在)を対象に12月上旬から1月下旬まで、470人をめどに募集し、退職日は来年2月以降複数回に分ける。このほか売り場の再編成、コスト構造の改革、組織改革などの基本方針を示した。具体策は未定としたが、富山と高岡両店の営業部門の統合を検討しているとした。
■高岡店の閉鎖、考えていない
 大和富山店長の久郷隆行常務は15日、富山商工会議所ビルで会見を開き、存続する富山、高岡の2店について「3店舗体制になれば果たすべき役割は極めて大きくなる。これまで以上に期待に応えられる百貨店として生まれ変わる機会としたい」と話した。
 富山店は移転オープンから3年目を迎え、新店効果は減退している。今後の運営について「課題を精査した上で、マーケットの状況と富山の地域特性を見据えながら戦略を立てたい」とし、値ごろ感のあるオリジナルブランドの投入幅を拡大するなど価格戦略を重要視していく考えを示した。高岡店に関しては「厳しいことに変わりないが、閉鎖は全く考えていない。他の2店とのすみ分けが生き残りの鍵になる」とした。
 魚津、黒部、上市、氷見、砺波にある県内のギフト・サテライトショップ5店はすべて、富山、高岡店を補てんする役割があるとして維持する方針を示した。

小松店は来年6月末閉鎖 大和が再生計画発表 希望退職470人募る 2009年10月16日 北國
http://www.hokkoku.co.jp/subpage/K20091016301.htm
 大和(金沢市)は15日、百貨店4店の閉鎖を柱とする経営再生計画を発表し、小松店を来年6月末をめどに閉鎖する方針を示した。新潟店も来年6月末、長岡、上越両店は来年4月末に閉鎖する。これに伴い、全従業員約1320人を対象に470人の希望退職を募る。一連のリストラで来期の営業黒字化を目指す。
 宮二朗社長が金沢市内で会見した。
 大和によると、閉鎖4店はいずれも存続店より建物が古く、4店とも赤字だった。赤字額は合計10億円弱で、4店閉鎖で最低でも10億円の収益改善効果が見込めるという。
 閉鎖後の店舗の活用策や売却先については今後、地元と協議する。存続する香林坊、富山、高岡の3店に経営資源を集中し、旗艦店の香林坊店では来期にも食品フロア、レストラン街を改装して集客力を高める。
 希望退職は今年12月上旬から来年1月下旬にかけて募集し、退職金に一定の割増額を加算して支給する。閉鎖4店の従業員は合計約400人で、残り70人は本社、存続店から募ることになる。
 店舗閉鎖に関する費用は約45億円で、特別退職金の手当て約9億円とともに今期の特別損失として計上する。
 宮社長は「希望退職を募るのは創業以来初めてで、苦渋の決断だった。何とか自力で頑張り、一日でも早く利益を出せるようにしたい」と語った。子会社の再構築については「改善はするが、まだ詰め切れていない」と述べ、今後の課題とした。

店舗跡地活用へ検討会 小松市、大和閉鎖後で 「空きビル回避を」 2009年10月17日 北國
http://www.hokkoku.co.jp/subpage/K20091017302.htm
 小松市は近く、大和小松店閉鎖後の跡地活用策やJR小松駅周辺のにぎわい創出策を協議する検討会を発足させる。16日、同市議会駅周辺活性化対策特別委員会の山本光栄委員長、高野哲郎副委員長と意見交換した和田慎司市長が明らかにした。
 検討会は、小松商工会議所や中心商店街、まちづくり会社(TMO)の「こまつ賑(にぎ)わいセンター」などの関係者で構成する方針。和田市長は「閉鎖までまだ8カ月あると前向きにとらえ、建物を含めた駅周辺の活性化の方向性を打ち出したい」と述べた。
 小松中心商店街振興組合連合会長でもある高野氏は、閉鎖後の建物について「空きビルにしてはならない」と空洞化対策の必要性を強調。和田市長は大和側とも協議を重ねる意向を示した。

来店増も2けた減収 北陸の百貨店3~8月期 安値戦術で客単価落ち 2009年10月17日 北國
http://www.hokkoku.co.jp/subpage/K20091017301.htm
 北陸の百貨店の今年3~8月期は、6店すべての売上高が前年同期を下回り、このうち4店は減収幅が10%以上となった。節約志向に対応し、バーゲンなど低価格企画を連発した結果、来店客数は伸びたが、客単価が大きく落ちた。9月以降も消費回復の兆しは見えず、大和(金沢市)が石川、富山の存続3店を増収路線に戻すのは並大抵ではなさそうだ。
 北陸の6店のうち、今年3~8月期に2けたの減収となったのは、大和の香林坊店(金沢市)、高岡店(高岡市)、小松店(小松市)と、福井西武(福井市)。
 北陸1番店の大和香林坊店の売上高は121億4300万円で、前年同期比11・8%減。大和高岡店は12・5%減の33億3700万円で、減収幅が最も大きかった。福井西武は68億8600万円、大和小松店は15億8700万円で、ともに10・0%減だった。
 大和富山店(富山市)は9・9%減の90億7千万円。めいてつ・エムザ(金沢市)は「まだ数字は固まっていないが、2けた減にはならない」(幹部)としている。
 減収に苦しむ百貨店だが、来店客数はむしろ増えている。
 大和によると、レジの回数でみる来店客数は全店ベースで前年同期比2・2%増となった。販売点数も2・0%増えたが、客単価は11・8%減った。エムザも来店者は2けた近く増え、客単価が落ちたという。
 各店とも「ワケありバーゲン」など安売り企画を次々と打ったことで集客力は高まったが、薄利多売に陥り、増収につながらなかった。
 商品別で落ち込みが大きかったのは衣料品と雑貨。大和の全店ベースでみると、雑貨はブランドショップを中心に高額品が低迷し、前年同期比17・0%減。衣料品は13・4%減となった。
 一方、食料品は逆風下でも健闘している。大和の全店ベースでは5・5%減と、商品別で最も落ち込みが小さい。売上高も約90億円と、食料品に比べ売り場面積が格段に大きい衣料品の約124億円に近づいてきた。
 減収率が1けたに収まった富山店は、食料品が1・6%減と堅調だった。エムザが小幅減収にとどまったのも、近江町市場と連携した食品フロアが好調だったためという。
 一方、2けた減収だった香林坊店は食料品が8・7%減と全店平均の減少率より大きく、食料品の売り上げ動向が店舗の明暗を分けた格好だ。
 食料品は、衣料品に比べると利幅は薄いが、集客力の高さから、百貨店の中で急速に存在感を増している。
 大和の宮二朗社長は15日、4店閉鎖の発表の中で、存続する香林坊店について、懸案だった地下の食品フロア、レストラン街の改装に来期中に着手したい考えを示した。
 北陸1番店の「デパ地下」の改装は、大和の浮沈を左右するとともに、同じ商圏で「食」を目玉に集客するエムザに大きな影響を与えそうだ。


(参考記事)大和、きょう再生計画発表 閉鎖4店の地元に動揺 2009年10月15日 北國
http://www.hokkoku.co.jp/subpage/K20091015301.htm
 地元百貨店の出直しは、くしくも創業記念日と重なった。大和(金沢市)は15日、新潟3店と小松店の閉鎖などを盛り込んだ経営再生計画を発表する。14日、閉鎖対象店の地元では動揺が広がり、存続店の地元からは中心街の核店舗の再生に期待する声が上がった。大和では15日に予定されていた創業記念行事が急きょ中止となるなど、「決意の日」に向けた対応に追われた。

■記念行事を中止(本社)
 経営再生計画は小松、新潟、長岡、上越の4店閉鎖に加え、子会社の整理などにより、黒字転換を図る内容となる。15日午前の取締役会で正式決定し、午後から宮二朗社長が金沢市で、斉藤尚善専務が新潟市で、久郷隆行常務が富山市でそれぞれ会見する。
 14日、大和各店は通常通り営業し、金沢市の大和本社には報道陣から問い合わせが相次いだ。東証2部に上場する大和の株価は終値が、前日終値より5円安い92円となった。
 創業記念行事は各店ごとに永年勤続者などが表彰される社内イベントで、例年なら10月15日に行われる。しかし、14日午前に今年は中止するとの連絡が各店にあった。

■空洞化が加速(小松)
 小松店閉鎖の方針は、小松市に強い衝撃を与えた。JR小松駅周辺で来年3月のコマツ小松工場に続いて百貨店が姿を消すことになり、関係者から「空洞化が加速する」と懸念する声が上がっている。
 和田慎司市長は14日午前、北信越市長会総会出席のため予定していた新潟出張を急きょ取りやめ、金沢市の大和本社に斉藤尚善専務らを訪ねた。和田市長によると、大和側から「閉店時期やその後の取り扱いは地元としっかり協議していきたい」との話があったという。
 小松市中心部は歩行者数が激減し、商店街では閉店する店舗が後を絶たない。市は今年3月、内閣府に中心市街地活性化基本計画案を提出したが、コマツ小松工場、大和小松店の閉鎖の方針により、同案の全面見直しは必至。高野哲郎小松中心商店街振興組合連合会長は「大和はにぎわい創出の核施設。閉鎖はつらいと言うしかない」と声を振り絞った。
 小松市は14日、小松店閉鎖で予測される影響調査を始めた。和田市長は「まちの活力を取り戻すよう努めたい」と話した。

■うわさがあったが(新潟・長岡・上越)
 「寝耳に水」「便利な立地だったので困る」。新潟、長岡、上越3店の閉鎖方針が明らかになった新潟県内では、従業員や客らから驚きと困惑の声が漏れ、周辺の商店街関係者は中心市街地の衰退を懸念した。
 新潟市中央区古町通の新潟店では午前8時ごろから従業員が普段通りに出社。男性社員は「(閉店方針は)本当ですか。分からないです」と足早に社員通用口へ。同店で働く女性は「聞いていない」と困惑。店舗から出てきた納入業者からは「閉店についての説明はなく、普段通りの様子だった。一番の納入先なので影響が大きい」「話は聞いてないが、デパートはどこでも厳しいので」などの言葉が漏れた。
 同店の建物の一部を所有する堀川事業の堀川雅弘社長(46)は「(大和から)直接、話は聞いていない。見守るしかない。事実だとすると、新潟にとって取り返せないほどのダメージになる」と戸惑った。柾谷小路商店街振興組合の本間彊副理事長は「影響は大きい。大和は古町、中心市街地の核。街の様相が変わっていく」と懸念した。
 長岡市で唯一のデパート、同市大手通の長岡店では、歳暮の品ぞろえを見に来た同市の主婦(62)が「(閉店の)うわさは前からあったが、本当なら困る。中年層がゆっくりと買い物できる貴重な店なのに」とショックを隠せない様子だ。
 上越市本町の上越店では、買い物客の同市の無職女性(70)が「前々からうわさはあったが、なくなるのは本当に困る。郊外のスーパーだと、遠出しなくてはならない。贈り物には、大和の包装紙があるとやっぱり違う」と話した。

■活性化に期待(金沢・富山・高岡)
 存続となった香林坊、富山、高岡の3店がある地元商業者からは大和再生に向けてエールが送られた。
 金沢中心商店街まちづくり協議会(5タウンズ)の平井大承会長は「大和が旗艦店の香林坊に力を入れるということは、地元からお願いしたいぐらいのことだ」とした上で、「やっぱり中心街のシンボルは百貨店。活性化に向けてわれわれも一緒になって頑張りたい」と強調した。富山市の総曲輪通り商盛会の金谷明男理事長も「百貨店の存在は大きい。富山の店舗が強化されるのは商店街にとって良いことだ」と話し、高岡市御旅屋通り商店街振興組合の河合晋組合長は「元気を出してもらわないと困る。積極的な改装などで、まちなかの回遊性を高めてほしい」と期待を込めた。







 う~ん…(滝汗 百貨店が厳しいとは聞いていましたが、大和(だいわ)百貨店も、まさか全店舗の半分以上の閉鎖を打ち出してくるとは思いもしませんでしたし、リストラそのものは避けられないとは思っていましたが、予想を超える大幅縮小には驚くのを通りこして言葉が出ません。
 結局は、主力店舗の金沢と富山及び比較的店舗の新しい高岡を残し、店舗が古い他の4店舗を閉鎖することにしたようですが、長岡と上越は現在の売上高や将来性、小松も西武百貨店が撤退した後に入居したといった事情を抱えていたことから、この3店については撤退も無理はないのかな…とも思えるのですが、新潟店は売り場面積一つとっても2万㎡を超える大型店で、信濃川をはさんで北の中心街に三越と並んでまさにビジネス街の中心地に立地するだけに、跡地問題一つとっても地元は困惑の極みかと思います。
 まあ、新潟の3店舗については以前から撤退の噂もありましたし、新潟店も伊勢丹や三越とは横綱と十両との戦いと揶揄される中、上越と長岡を閉鎖すれば、売上高の問題だけではなく物流網も非効率になるといった事情も新潟店撤退に傾いたのかな…とは思いますが、正直ここまで百貨店業界が追い込まれるなど数年前までは想像すらできませんでしたし、長岡市や上越(高田地区)では非正規労働者を中心に大量の失業者が発生し、雇用情勢も悪化しそう…。
 百貨店も生き残りのためには致し方ない一面もあるとはいえ、地元は頭を抱えることになりそうです。

*大和は470名の希望退職を募集し、店舗損失に伴い45億円の特別損失+特別退職金に伴い9億円の特別損失が発生する予定。年間6円配当も無配に転落するそうです。