中三が民事再生手続き申請 老舗百貨店、震災が影響 2011年3月30日 朝日夕刊
http://www.asahi.com/national/update/0330/TKY201103300253.html
青森市や盛岡市など北東北に3店舗を持つ老舗百貨店の「中三(なかさん)」(本社・青森市、向中野光秀社長)が30日、民事再生手続きの開始を青森地裁に申請した。消費の低迷で売上高の減少が続いていたが、11日の東日本大震災で、さらに売り上げが落ち込んだことが影響したという。
中三は1896年創業で、従業員数は約210人。1997年に秋田店を開店するなど、一時は北東北で5店舗を展開した。しかし、帝国データバンクなどによると、消費の低迷やデフレが続き、08年には秋田店を閉店。2010年8月期の売上高は185億5400万円と5年前の約6割に落ち込んでいた。
中三が30日、従業員向けに出した資料によると、経費の節減などで今期に入って利益の改善が見られたものの、11日の大震災以降、売り上げが急激に減少。さらに、死者1人を出した14日の盛岡店の爆発事故で、同店の閉店が続いていることが経営を大きく悪化させたという。
同社は、顧客が加入する「中三友の会」についても破産法に基づく破産を申請。同会の「お買い物券」などが使えなくなるとしており、今後は混乱も予想される。
う~ん。元々経営不振で苦しんでいたとはいえ、とうとう東日本巨大地震が追い打ちをかける形での大型倒産が発生してしまいました…(滝汗
中三と言えば、1896年6月創業と115年の歴史のある老舗百貨店で、創業地は五所川原で、62年に弘前、74年に青森(81年本店を五所川原から青森に変更)、81年に二戸(83年閉店)と盛岡に進出、94年にはイオンとの共同出店となる秋田に進出するなど拡大路線を進めていたものの、06年頃から消費低迷による売り上げ減少に悩まされはじめ、06年1月に五所川原、08年10月に秋田を閉鎖(イオンとの資本関係解消は09年2月)し、必死にリストラを進めていたものの、11日に発生した東日本巨大地震の3日後の14日に盛岡店の地下1階の食料品売場で爆発事故が発生してしまい12人が負傷しうち1人は死亡するという大惨事が発生(この事故が原因で盛岡は営業を停止)。
営業を続けていた青森・弘前の2店舗も、一部商品の供給遅れによる混乱が続いたことや、地元の消費自粛ムードによる売り上げ不振もあり、とうとう民事再生法の申請に追い込まれてしまいました。
青森県には同じく青森市に本店があり、弘前・八戸と岩手県の北上市に店舗をもつさくら野百貨店もありますが、はたして中三にスポンサーは現れるのでしょうか…。
仮に青森・弘前の2店舗に経営資源を集中するとしても、岩手県盛岡市に本店のある川徳が盛岡城をはさんで反対側にある中三盛岡店を買い取るか? と言われれば正直首を傾げざるを得ませんし、青森市のさくら野と中三は立地的にはほぼ互角、弘前は中三が中心市街地の中にある一方で、さくら野はやや郊外に大きな店舗を所有していますが、今は大手百貨店グループでさえも地方から相次いで撤退している時代。百貨店は地域の顔だけに、店舗がなくなると街の人の流れさえ変わってしまいかねないだけに、なるべく現状を維持する形で残ることが望ましいことは言うまでもありませんが、東北全体が窮地に陥っているだけに、他社に関わっている余裕のある企業は少なく、平時よりもより厳しく高いハードルをつきつけられる形での再建を目指すことを余儀なくされそうです。
参考までに、福島県には中合(なかごう)という同じく東北地方と函館に拠点を持ち(福島市・山形県酒田市と山形市・青森県八戸市・北海道函館市に拠点があります)創業も1874年11月と似たような名前の老舗な百貨店も実はあって他の地域の人にとっては結構紛らわしかったり…(汗
サービス業にとって風評被害程怖いものはありませんし、どうか東北地方以外の方は、この両社を混同しないようにくれぐれもお願いします。
http://www.asahi.com/national/update/0330/TKY201103300253.html
青森市や盛岡市など北東北に3店舗を持つ老舗百貨店の「中三(なかさん)」(本社・青森市、向中野光秀社長)が30日、民事再生手続きの開始を青森地裁に申請した。消費の低迷で売上高の減少が続いていたが、11日の東日本大震災で、さらに売り上げが落ち込んだことが影響したという。
中三は1896年創業で、従業員数は約210人。1997年に秋田店を開店するなど、一時は北東北で5店舗を展開した。しかし、帝国データバンクなどによると、消費の低迷やデフレが続き、08年には秋田店を閉店。2010年8月期の売上高は185億5400万円と5年前の約6割に落ち込んでいた。
中三が30日、従業員向けに出した資料によると、経費の節減などで今期に入って利益の改善が見られたものの、11日の大震災以降、売り上げが急激に減少。さらに、死者1人を出した14日の盛岡店の爆発事故で、同店の閉店が続いていることが経営を大きく悪化させたという。
同社は、顧客が加入する「中三友の会」についても破産法に基づく破産を申請。同会の「お買い物券」などが使えなくなるとしており、今後は混乱も予想される。
う~ん。元々経営不振で苦しんでいたとはいえ、とうとう東日本巨大地震が追い打ちをかける形での大型倒産が発生してしまいました…(滝汗
中三と言えば、1896年6月創業と115年の歴史のある老舗百貨店で、創業地は五所川原で、62年に弘前、74年に青森(81年本店を五所川原から青森に変更)、81年に二戸(83年閉店)と盛岡に進出、94年にはイオンとの共同出店となる秋田に進出するなど拡大路線を進めていたものの、06年頃から消費低迷による売り上げ減少に悩まされはじめ、06年1月に五所川原、08年10月に秋田を閉鎖(イオンとの資本関係解消は09年2月)し、必死にリストラを進めていたものの、11日に発生した東日本巨大地震の3日後の14日に盛岡店の地下1階の食料品売場で爆発事故が発生してしまい12人が負傷しうち1人は死亡するという大惨事が発生(この事故が原因で盛岡は営業を停止)。
営業を続けていた青森・弘前の2店舗も、一部商品の供給遅れによる混乱が続いたことや、地元の消費自粛ムードによる売り上げ不振もあり、とうとう民事再生法の申請に追い込まれてしまいました。
青森県には同じく青森市に本店があり、弘前・八戸と岩手県の北上市に店舗をもつさくら野百貨店もありますが、はたして中三にスポンサーは現れるのでしょうか…。
仮に青森・弘前の2店舗に経営資源を集中するとしても、岩手県盛岡市に本店のある川徳が盛岡城をはさんで反対側にある中三盛岡店を買い取るか? と言われれば正直首を傾げざるを得ませんし、青森市のさくら野と中三は立地的にはほぼ互角、弘前は中三が中心市街地の中にある一方で、さくら野はやや郊外に大きな店舗を所有していますが、今は大手百貨店グループでさえも地方から相次いで撤退している時代。百貨店は地域の顔だけに、店舗がなくなると街の人の流れさえ変わってしまいかねないだけに、なるべく現状を維持する形で残ることが望ましいことは言うまでもありませんが、東北全体が窮地に陥っているだけに、他社に関わっている余裕のある企業は少なく、平時よりもより厳しく高いハードルをつきつけられる形での再建を目指すことを余儀なくされそうです。
参考までに、福島県には中合(なかごう)という同じく東北地方と函館に拠点を持ち(福島市・山形県酒田市と山形市・青森県八戸市・北海道函館市に拠点があります)創業も1874年11月と似たような名前の老舗な百貨店も実はあって他の地域の人にとっては結構紛らわしかったり…(汗
サービス業にとって風評被害程怖いものはありませんし、どうか東北地方以外の方は、この両社を混同しないようにくれぐれもお願いします。