草莽隊日記

混濁の世を憂いて一言

国を憂うる政治家は足立康史と共に決起すべきだ!

2017年11月26日 | 政局

自民党よりも日本維新の会の方がしっかりしている。日本のために頑張っている。サンフランシスコ市との姉妹都市解消を表明した吉村市長は立派である。韓国や中共が一緒になって、が日本への嫌がらせとして慰安婦像を建てたのである。それを容認するようであれば、反日国家の言い分を認めたことになる▼大阪の自民党はいくじなしである。日本が国家として貶められているのであって、断固吉村市長を支持すべきなのである。共産党と一緒になって反対するようでは、呆れて言葉も出ない。自民党の大部分の政治家は危機意識が乏しい。希望の党や立憲民主党のお花畑を、嗤ってはいられない。朝鮮半島情勢についてもそうである。選挙区で戦争の危機が迫っていることを、どれだけ訴えているかはなはだ疑問である。朝日新聞の捏造でしかない「モリカケ」の弁明に終始しているときではないのだ▼今の自民党は解体されなくてはならない。そして新たな保守政党が登場しなければならない。安倍政治を受継ぐのは、そうした政治勢力なのである。日本維新の会の政策にも問題はある。グローバリズムに屈することなく、日本が日本であり続けることにこだわるべきだろう。足立康史はドン・キホーテのように見えるが、あの姿がまともなのである。自民党の政治家も次々とその戦列に加わるべきだ。国会議員になりたいだけの政治家は、もう必要ないのである。


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「無名の大衆」が中心のネット言論を侮るなかれ!

2017年11月26日 | 思想家

吉本隆明は60年安保騒動を総括するにあたって、あえて「擬制の終焉」という言葉を使い、その題名の文章も書いた。あのとき吉本が問題にしたのは、指導者面をした者たちが、逆に足を引っ張ったことへの苛立ちであった。一定の方向性を持たなくても、危機感を抱いて立ち上がった者たちに、吉本は共鳴したのである▼「なんべんも強調しなければならないが、いかなる前期段階でも、一定の政治理論と行動指針を大衆のなかに与える指導者よりも、ひとつの肉体としてたたかう無名の大衆のほうが重要なのであり、また重たいのである」▼その頃はまだ、前衛を名乗る政党や自称インテリへの不信感であった。しかし今は違う。「無名の大衆」はネットという武器を手にして、それらを一挙に打倒しようとしているのだ。若者の保守化という括りで説明するのは間違っている。見せかけだけの民主主義であることに気づき、新たな展望を拓こうとしているのだ▼まやかしの憲法を持ち出して、それを政争の道具に使うのは左翼ではなくパヨクである。現状を絶えず変革しなければならない左翼が、その体たらくなのである。憲法制定権力としての立場を放棄したパヨクに、もはや「無名の大衆」は魅力を感じなくなったのだ。地下にたまったマグマは爆発する寸前である。「無名の大衆」を侮ってはならないのである。


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