いかなることがあっても、「死ね」という言葉を使うべきではない。「日本死ね」を褒めちぎった朝日新聞がネットから総攻撃に遭っている。自業自得といわれても仕方がない。「日本死ね」がよくて、足立康史がネットに書き込んだ「朝日新聞死ね」が悪いわけはないからだ▼そんなことが話題になるほどに、日本のマスコミは劣化しているのである。リベラルの旗を掲げるのであれば、朝日新聞は「日本死ね」をたしなめるべきであった。それをせずに煽った責任は万死に値する。自ら墓穴を掘ったのだから、弁解は単なる言い訳でしかない▼朝日新聞は自分たちのプライドを傷つけられたのが許せないのだろう。エリートであり、優等生であった彼らは、絶対に間違いを認めたくないようだ。「慰安婦」をめぐって日本軍の関与があったと主張したフェイクニュースを流した責任は、朝日新聞が廃刊するまでついて回る。それに便乗したNHKなどの地上波のテレビ局も問題である▼一度失墜した権威を回復することは不可能である。いくら悪足掻きをしても無駄である。かつての民主党が民進党に党名を変更し、それが今では立憲民主党と希望の党に分かれた。同じく新聞の名前を変えて出直すしかないだろう。元朝日新聞といわれ続けても、必死に耐えるしかない。リベラルであれば、リベラルとしての対応があったはずだ。安倍憎しだけで記事にしたからであり、もはや朝日新聞は廃刊するしかないのである。
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