介護状態となった父親が過去のことはしっかりと記憶しているのに、最近のことは記憶していない・・・
先日、父親が話していたのですが、私の人生に大きく関わっていたことを話してくれました。
前回の東京オリンピックの頃だから、たぶん昭和の40年前後の事だと思います。
父親の勤めていた会社も高度経済成長の波に乗り、長野県の松本に営業所を新設することになり、その代表として松本に赴任することになりました。
しかしながら、父親は三十代半ばの年齢でしたが、それを断って今の地に住み続けました。
理由の一つに、息子の私が病弱だった為もありました・・・
父親が決断していれば、今頃は松本近辺で還暦を迎えていた事を考えました・・・
実のところ、私も息子も松本にある大学を受けて振られたことがあります。
ある友人が、男は振られる度に成長すると話していましたが、失恋よりも痛かった・・・
私が40年も前に受験したのと同じ学部を息子が受けると話した時に、やはりどこかで親子なのかなと思いました。
息子は高校生の時のラグビーの夏合宿で毎年菅平にいたので、信州の空気が吸いたかったのかも知れません。
人生の岐路はあちこちにありますが、その時の選択肢をどのように選ぶか否かで、現在の自分や家族が有ります。
春になってリタイアしたら、信濃路を歩いてみたいとしきりに思います。