LKR日記

日常の身辺に起きる四方山な出来事を書き連ねたブログを始めました。
興味のある方は、お立ち読みください。

今年のしめくくりにあたって・・・

2017年12月31日 13時31分26秒 | 雑談・その他
 
今年の締めくくりにあたって・・・

 今年は年が明けてからなんとなくザワザワとして慌ただしく過ぎてしまいました・・・

 息子たちの東北への転居と大学院への進学、我が家の老犬たちの介護と葬送が続き、私自身の懸案事項であった心臓手術・・・

 余生を念願のアウトドア生活と思い・・・
車庫の20年物のキャンプ用トレーラーとカヌー3艇はとうとう今年は出番が無くて埃を被ったままでした。
 年頭の特売で自分自身へのお年玉に購入したスウェーデンのハスクバーナ製のエンジンチェーンソーも箱がまだ未開封・・・
まあ、木を殺生しなくてよかったのか・・・

 来年3月には永かった宮仕えも無事終了します。
4月からは昭和の時代に免許は取得したけれども、現役中には持っていることも忘れていた資格を生かして再出発しようと考えています。
錆びついた記憶を再び呼び覚まして生かすには、ここしばらくは再学習しなくてはなりません・・・

とりあえず、なんとか元気で幸せに過ごせた一年でした。

来年も爺の戯言にお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
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法務局に通う・・・

2017年12月30日 11時50分30秒 | 雑談・その他
 
今年もあと残すところ僅かとなりました。

来年3月には永かった宮仕えも、ようやく無事卒業します。
4月から始めようと考えている事業について、いろいろな免許とか許可の申請書類の関係で今年は法務局に何回も通いました。

普通の生活をしている限りにおいては法務局だとか出入国管理局なんていうのはまず一生関係の無い国の行政機関なのですが・・・
 私の場合はこの世に生まれた時点でアメリカ合衆国移民の日系二世でした。
ですから、母親に抱かれていた頃から霊南坂のアメリカ大使館や出入国管理事務所、法務省に通っていたようです。

 日本にアメリカ合衆国から帰化後六十年余りの時間が経過して、還暦過ぎのこの歳までしばらくの間、法務省や出先の地方法務局は関係無く過ごしていましたが、これから始めようと考えている事業での免許や許可の必要が出てきたため法務局にしばしば通いました。

 でも、インターネットのこの時代すべてが便利になりました。
法務局に提出する申請書類も事前にホームページにアクセスすれば、PDFになっている書類をプリントアウトしてキーボードから入力して押印して収入印紙を貼付すればいいのですから・・・

 時代の恩恵を受けるとともに、だんだんと便利過ぎてヒューマンコミュニュケーションが必要無くなってしまうのも寂しい限りです。
 
 
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QSTが小さくなった・・・

2017年12月29日 18時20分31秒 | アマチュア無線

 年の瀬も迫りQSTの新年1月号がようやく極東の我が家にもようやく届きました。
表紙は木の板(たぶん松材)に6V6のGT管とRCAの真空管の2本が載っています。
このブログは本来はアマチュア無線の事を趣旨としているのですが、ここのところ入院手術の話にオフセットしてしまいましたので、少し話題を本筋に戻して・・・

 手に取ってざっと斜め読みしましたが・・・でも、何だか変?
「あれれ・・・」と思い、12月号と見比べてみると、用紙のサイズが微妙に違います。
測ってみると、天地で9mm,左右で5mmも2018年の1月号からコンパクトになっています。
人間の感覚は還暦を過ぎた爺の私でもすごいな~と今回は思いました。

日本のJIS規格とも違うし、リーガルサイズの便箋とも異なるし。
QSTの目次をざっと読んでも特に書いてはいないし・・・

 いよいよQSTも紙面の節約なのかディジタル版の普及促進なのか・・・
それとも、今回だけ用紙の裁断を誤ったのか・・・
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アルコール依存症・・・

2017年12月28日 17時40分43秒 | 日本酒

師走も残すところあと4日余りとなりました。
今回の入院で獲得できたのは、読書量の増加とアルコール摂取の抑制でした。

多分ここ四半世紀でひと月あまり(正確には28日間・・・)もの期間アルコールを摂取しなかったのは今回が初めてでした・・・
γ―GPTの値が人間ドックや仕事場の健康診断で気にはなっていましたが、今回のように長期間のアルコール摂取の抑制は可能なのですね・・・

 正直書きますと、物置の冷蔵庫には退院祝いに飲もうと考えていた、各地の純米酒一升瓶が確か5,6本冷えて保存されています。
確か、あらばしりと称するいわゆるしぼりたての火入れをしていない純米酒も何本かあったはず。
だけれども、帰宅してから飲もうという気がしません。

 原因は仕事のストレスなのかなと思います。
私自身は三十路までアルコールは殆ど飲みませんでした。
しかしながら、あることがきっかけでかなりの飲酒になりました。
やはり、何かのトラウマがあると飲酒が過度に進みます・・・

でも何よりも、アルコールを飲まなくなったのは、勉強をする時間が欲しくてもったいなくなり飲まなくなったのだと思います。
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寝たきり老人化・・・

2017年12月27日 19時54分00秒 | 雑談・その他

 年末も押し詰まってきて、今日を含めて残すところあと5日になりました。
 もうそろそろ、カウントダウンが始まります・・・

 病院を退院してからというもの、家の中に蟄居しているためか筋力がだんだんと落ちてくるのが判ります。
 ほとんど「寝たきり老人化」してきています。

 入院していた時に、その昔々キャリアウーマンだったというお婆さんが「三日間動かないと体が固まる・・・」と話していましたが、確かにその通りです。
 病院の指針で早期自宅復帰はいいのですが、私でさえこのような状態なので同室でしたご同輩の皆さんはどうなのでしょうか・・・

 日本の住宅事情を考慮すると、「退院即寝たきり老人化」はやむを得ない住環境なのだと思います。
 かといって、近所にリハビリ施設やトレーニングジムがあるわけでなし、なんとも心もとない状況です。

 我が家のラブラドル犬2頭も、飼い主が散歩も連れていけない状況なので一日23時間近く寝ている状況です・・・
 とりあえずは年始からノルディック・ウォーキングから始めてみようかと思います。
 5,6年前にクロスカントリースキーをまた始めようと思い、トレーニング用に購入したシュトックが二組物置から出てきました。

 まだ寝たきり老人の年齢には早すぎますからね・・・
 
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鉄亜鈴と中華鍋・・・

2017年12月26日 11時10分41秒 | 料理道具

 心臓手術で肋骨と大胸筋を切ったためか右腕が痛くてしょうがありません。

 肝心の心臓は手術前よりも負荷が無くなり歩行や階段の昇降も大変楽になりました。
 しかしながら、心臓手術で外側の肋骨と大胸筋を切ったためか呼吸するのも痛いし右腕が不自由な状態です。
 ようやくなんとか縦振電鍵も使えるようになったのですが・・・

 新年からの仕事もそれなりにあるし、何よりも家事の中心である食事作りがうまくいきません。
 ワーファリンをしばらくの間飲み続ける様なので、出血を考慮するとあまり刃物は使用できないため、ほとんど料理はヘンケルの料理バサミでの切る・刻むになります。
 何よりも、鉄製の中華鍋が思い切り振るえないのです。

 もう、30年近くも前に浅草の合羽橋で確か1,000円で購入したものです。
 でも、この中華鍋とイギリス製のフライパンで、燻製も沢山作ったし4人家族のお腹を一杯にしてきました。
 流行のフッ素加工のフライパンでは何とも頼りがいがありません・・・

 リハビリにと、息子が残していった錆びた鉄亜鈴も出してみたのですが今の私には重すぎて使えません。
 やはり、毎日の生活の中でリハビリをした方が賢明なようです。

 無理をしないで、少しずつ中華鍋でリハビリをしていきましょうか・・・
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臨死体験・・・

2017年12月25日 20時37分08秒 | ラブラドル犬

 クリスマスの日に臨死体験なんてと思う人がいるかもしれませんが・・・


 今回の心臓手術では人口心肺装置を使用して4時間ほど心臓を止めての手術でした。
 全身麻酔で気が付くと、朝9時から夕方5時までの8時間もの長い時間眠っていました。

 麻酔から覚醒した後に記憶していたのは昨年亡くなった母親と今年の9月に亡くなったラブラドル犬のアトムに会えたことでした。
 花畑のような景色で母親は老人ではなくて30歳くらいでした、あれほど犬を好きでなかった母親がアトムと川の土手を散歩していました。
 アトムは私に向かって吠えていました。

 母親はなんだか声にならない声で、こっちには来るなと言っていたような気がしました・・・
 そして、花畑の様な景色の中にアトムと消えて行きました。

 全身麻酔から覚めて考えてみたのですが、たぶん臨死体験だったのかな・・・

 あの川はよく言われる三途の川だったのかな。

 とりあえず、生きて生還しました。

 

 
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石田ゆり子さんのポスター・・・

2017年12月24日 10時55分51秒 | 雑談・その他

 今日はクリスマスイヴ・・・

 何とか、クリスマスイヴまでに退院したいと考えていましたが、神様が願いを叶えてくれました。
今まで硬い話ばかりなのに、いきなり「石田ゆり子さん」なのかというと・・・

 手術後は心臓負荷を考慮して水分は一日1,000mlと上限値が決められていました。
集中治療室から一般病棟に移った後は同じ病棟内の平行移動のみが担当ドクターから許可されていました。

そのような状況で毎日、午前・午後に自動販売機のVolvicを購入するのが私の日課となっていました。
Volvicはヨーロッパ産の飲料水の中では珍しく硬度が60程度の軟水なので、私のように硬水を飲むとお腹をこわすタイプうにはうってつけでした。

 その自動販売機の上に貼ってある等身大の石田ゆり子さんのポスターが気になるのです・・・
還暦過ぎの爺さんには、観ているだけでなんとも「癒し・・・」になるのです。

 たぶん、飲料水メーカーの販促用のポスターなのでしょう。
私と同じような癒されている入院中の爺さんたちは数多くいたのでではないでしょうか。
たぶん、缶コーヒーの販促ポスターなのでしょうか。

でも、私の様な500mlの水のペットボトルを購入するために一日二回もポスターだけで癒される爺さんもいました・・・
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「オムツをする」ということ・・・

2017年12月23日 19時11分32秒 | 介護
 「オムツをする」なんてというと、乳児期にしていたことを記憶している方はほとんどいないと思います。

 今回入院して驚いたのは、手術前には手術着の下は「オムツ」なのです。
でも、手術後を考慮すると当然のことなのかもしれません・・・

 手術前後の処置を含めて8時間余りの手術の後、集中治療室に3日間在室していましたが、その後も1週間ほどはオムツをしていました。
すごく履き心地がよろしいのです・・・

 でも、結局オムツの中には排尿・排泄はできませんでした。
60年も前にしていたことを還暦過ぎて同じ行為をすることは難しいのです・・・

 たぶん看護専門の勉強をしたと思うので、看護師さん何人かに聞いてみました。
医療用の使用周波数を聞いたり、オムツの使用感を聞く変な爺さんと思いましたが、さすが看護師さん真摯に答えてくれました。

 やはり想像していた通りでした。
看護実習の中でオムツをして、排尿・排泄をする体験授業があるそうです。
しかしながら、同級生の中でできたのは一人だけ、しかも洋式便器に座って出来たとのことでした・・・

やはり、「オムツをする」というのは、何だか人間の尊厳にかかわるとまでは言及しませんが、そのあたりまで考えないと難しいのかもしれません。

 父親と母親が介護を受けていて、オムツをするのを非常に嫌がっていたことを思い出しました。
拙宅で飼養していて9月に亡くなったラブラドル犬のアトムも犬用のオムツを大変嫌がっていました。

「食事」と「排泄」は密接な関係で、我々人間も含めた動物の尊厳まで改めて考えさせられた入院生活でした。
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イザベラ・バードの研究・・・

2017年12月22日 20時40分59秒 | 歴史探訪
 
今回の入院は長期間の入院ということで入院当初書籍をかなり持参しました。
航空機持ち込み可のキャリーバック一杯の書籍とノートそれに辞書・・・

 長時間の心臓手術のため集中治療室にどのくらい入るのか、一般病棟に戻れる予定はいつになるのか不明とのことで、持参した書籍等はほとんど自宅に配偶者と息子たちの手を煩わせてUターンしました。

 今まで大した仕事ではありませんが、一介の勤め人としてそれなりに仕事中心の生活でした。
帰宅すると家族の夕食の用意や翌日のお弁当を作りながらのキッチンドリンカー状態でした。
専門の勉強や読書をするのは、早暁の1時間と仕事場に早く出勤した一時間の合わせた2時間程度の時間しか取れませんでした。
今回の入院は、どこぞかの神様が、「お前に少しの時間を与えるから勉強しろよ!」と与えてくれたと勝手に自分なりに解釈しました。

結局は半月余りの入院でページ数にして2,500ページほどの文献や書籍を読めただけでした。
それでも、近年にないくらいの勉強時間でした。

 今回の殆どを費やしたのは、「イザベラ・バード」関係の書籍でした。
イザベラ・バードについては、文献はあまりなく、邦訳を読んでいても訳者の知見が伝わってこなくて残念なところです。
やはり、原著作に行きつかないと・・・
明治初期の日本の状況が、一英国人女性の視点から俯瞰していた事実を知ることができて、今回の入院は貴重な時間でした。

 もう少し時間を作ってイザベラ・バードの研究を掘り下げてみたくなりました。

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