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バチカンに10年目の恋
愛媛の盆栽五葉松
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先日、ローマへの出発を目前にして、徳島に向かった。
10年前の2004年にバチカン庭園に桜の苗木を植えた人たちが、しばらくぶりに集まるということだった。
会の名前は晴れがましくも「谷口神父を囲む会」
今の東かがわ市(当時は大内町と言った)にカトリックの国際神学院ができた(1990年)のを記念して-それが過疎の地元の国際交流と町おこしに大いに貢献するだろうと期待して-、誘致に熱心だった町会議長さんらの旗振りで、神学院の設立と、3町合併による「東かがわ市」誕生を記念して、バチカンとの親善交流のために、日本の花ソメイヨシノの苗木を当時の教皇ヨハネパウロ2世に献上しようという計画が浮上した。
バチカン庭園には、世界各国から寄贈された樹木が多数植えられているが、日本からはこれが初めてのことで、実に画期的な試みだった。
10年目には立派に花開くようになったソメイヨシノの花
このプロジェクトは1998年ごろにスタートして、2004年に、実に6年にわたる粘り強い努力が実を結んで実現したものだった。しかも、最終段階で徳島の文化人グループが合流して、徳島藩士原田家の庭に伝わる「蜂須賀桜」も一緒に植えようということになった。
その後10年、徳島からは「ローマに桜の花見に行こう!」という話が何度か持ち上がり、その都度実現を見ているが、上の会合では、次は2015年2月に満開の蜂須賀桜を見て、ついでにヴェニスのカーニバルでパッとやろうという話が具体化した。徳島の阿波踊りの乗りの良さというべきか。
しかし、それだけではない。
実は、すでに10年前、愛媛の盆栽農園から徳島の桜と一緒に日本の伝統的な五葉松の盆栽を、今や聖人に列せられた当時の教皇ヨハネ・パウロ2世に献上しようという話が持ち上がっていた。
一口に盆栽といっても並のものではない。高さ1メートル強。樹齢300年前後の五葉松の盆栽、当時の時価2000万円はくだらない稀少で超高価な盆栽を、ぽんと無償でローマ法王に献上しようという豪快な話しだった。
来年こそはと、熱く夢を語る愛媛の盆栽農園の社長さん
それが、日本の地中菌を移転させないために、土を完全に滅菌しなければヨーロッパに輸入できないという厄介な代物で、技術的に極めてハードルの高い計画だった。
6年がかりで実現した桜の植樹の場合でさえも、農園で苗木を選んで吟味すると、一本、一本根を洗って土を完全に落とし、滅菌した水ごけで巻いて段ボールの箱に梱包したのだが、真冬の根が眠っている間なら、航空貨物で運んでも死なないでローマに植樹ができたのだった。私はその全過程で現場に立ち会った。
ところが、松は桜の苗のように冬眠していないから、300年からの老木の盆栽、それも鉢にしっかり根が馴染んだものは、土を洗い落として乱暴に根を裸になどしようものなら、たちまち弱って移動中に枯死を免れないという、実にデリケートな生き物なのだ。
それで、2004年の桜の植樹の時は、「技術的困難を克服した暁には必ず献上いたしますから」という約束付きで、立派な写真入りの目録書だけを贈呈するにとどまった。
その後のバチカンへの観桜ツアーの折にも、重ねて同様の目録の献上があったのだが、この熱い思いと技術的困難との板挟みの不完全燃焼から生まれた「目録贈呈」は、バチカン側にしてみれば、何が何だか訳のわからない謎のように思えたに違いない。(これは内輪話だが、「あの日本人たちは大風呂敷を広げた空約束ばかりで、一向に本物を持ってこないではないか」と、バチカンの実務レベルでは、半ばオオカミ少年的に思われていたとしても致し方なかった。)
しかし、如何せん、鉢の中の土が完全に無菌状態であることが実証された盆栽を実現するには、どうしても最短1年以上の準備期間が必要なのだった。それがここへ来て、中国やヨーロッパでの盆栽ブームにつれて、土の滅菌期間が技術的に半年ほどに短縮できるようになったのだそうだ。だから、もしかしたら、来年の春には10年の片思いの恋が成就することになるかもしれないのだ。
この10年の間に、ローマ教皇は3代入れ替わっていた。教皇ヨハネ・パウロ2世は没後異例の速さで聖人の位に列せられた。そのあとを襲ったベネディクト16世も異例の生前退位を決断された。今や、世界の10億のカトリック信者を牧するのは、清貧の教皇フランシスコだが、かれはヴィンテージものの稀少高価な日本の盆栽にどう反応するかが見ものだ。
盆栽の栽培のもっとも盛んな香川県の鬼無地方の農園では、200年、300年ものの盆栽がすでに枯渇し始めている。今回、愛媛の農園がバチカンへの献上を考えているのは、高さ1メートル余り、樹齢約150年、時価800万円ほどの伝統的な5葉松の盆栽だ。今度こそ、カタログではなく本物を届けたいものだ。それにしても、日本の職人気質の園芸職人の熱い思い、「10年目の恋」には心を打たれるではないか。
そもそも、香川県の東かがわ市に、カトリックの国際宣教神学院が開設されたことがすべての始まりだった。
カトリックといえば歴史的にも世界の業界ナンバーワンの大宗教。その進出は地元の活性化と国際交流に多大な波及効果をもたらすに違いないと、地元の人々は大きな夢と希望を託して、純粋に、熱烈に、神学院を歓迎し、その思いは遠くバチカンにまで及んだのは自然の成り行きだった。
その人々は、一時的にローマに移された神学院だが、いつか必ず地元に戻って来てくれることを、今も真剣に願っておられるのだ。それを思うと、有難くて心が熱くなる。はたして神様のみ旨はどこにあるのだろうか。
「神様、この心優しい人々の思いを、どうか無駄にしないでください!」と、日々祈らずにはいられない。