:〔続〕ウサギの日記

:以前「ウサギの日記」と言うブログを書いていました。事情あって閉鎖しましたが、強い要望に押されて再開します。よろしく。

★ 桜前線=いまバチカン通過中 -付録に秘話あり-

2012-03-28 19:18:33 | ★ バチカンの桜



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桜前線=いまバチカン通過中

-付録に秘話あり-

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バチカンの庭園には世界各国から寄贈された様々な樹木が植えられている

日本からは2004年に香川県の東かがわ市からソメイヨシノと徳島産の蜂須賀桜が寄贈された

私の知る限り日本からはこれが最初で唯一のはずだ

日本初のカトリック教区立神学校が同市に出来たこと、同市がそれを誘致したことを記念して

当時の教皇ヨハネパウロ2世に寄贈されたものだ

苗木は植えられた時は私の親指ほどの太さだった

それがどうだ、8年で二の腕ほどの太さになった

実は去年はもっと咲いた、今年は上の写真のようにこじんまりと咲いた

枝はあと2メートル以上は長かったはずなのに、なぜか?

バチカンの庭師がこともあろうに枝先を容赦なく剪定してしまったのだ 無知は恐ろしい

日本には

「サクラ切る馬鹿、ウメ切らぬ馬鹿」

と言う言葉がある 切り口から黴菌が入って枝が腐らなければいいのだが・・・

切らなければ今年はそろそろ桜の枝が交錯してトンネル状になるはずだったのに・・・

ここは、昼下がりに教皇様が護衛もつけず自由に散歩されるバチカンの奥の奥の庭なのだ


始めは、一般の巡礼に開かれたサン・ピエトロ広場から見上げられるジャニコロの丘に植えられる計画だった

ところが、ジャニコロの丘はバチカンとイタリア政府の両方の権限が交錯する複雑な土地柄で

バチカンの意向だけでは自由に処分できないという事情が浮上した

それでこんな奥まったところになった

しかし、サン・ピエトロ寺院の丸天井のドームのてっぺんまで上った人たちは、上からこの花盛りを眺めることができるのだ


サクラ並木の側にはライオンの噴水がある


その側で、今年の桜の花見パーティーの参加者は月桂冠の日本酒で乾杯!

(メンバーの紹介は省略する)


今年のお弁当はざっとこんなもの、これで3人前

この日、庭園の主人、ベネディクト16世教皇はキューバに外遊中

猫の居ぬ間にネズミは踊る、のことわざよろしく、日本酒と日本料理で宴は盛り上がり

上野公園ほどではないが、サクラ、サクラの合唱まで飛び出した

サンピエトロのクーポラの上から丸見えであることも忘れて・・・

パパラッチに望遠レンズで撮られてイタリアの週刊誌にでも売られたらオオゴトだった!


最初の予定では4日前の土曜のはずだったが、福島の被災地の支援の催しでこの顔ぶれが全部そろわないことになった

今日はもう花の盛りをすぎようとしていた、そよ風にハラハラと花びらが舞い始めて・・・


セルフタイマーでハイ、パチリ!


私のしわだらけの指がなければもっとよかったのだが・・・

(なお、1年前の花見は花見でいっぱい -バチカンの桜- をご覧ください。)


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さて、ここからはサクラ植樹の裏に秘められた苦労話です

話は1997年春かその少し前に遡る。高松の神学校の建物の定礎式にわざわざローマから祝いに駆けつけた当時の福音宣教省長官のトムコ枢機卿を、地元の町会議長さんや商工会の代表がジャニコロの丘の上の枢機卿私邸に表敬訪問した時のこと。町会議長の長町さんが庭からサンピエトロ広場を見下ろしながらふとつぶやいた。「この丘に日本の国花の桜を植えたら、向こうのバチカン宮殿の窓から教皇さんが毎年花見をすることになる。そして、広場に集まる日に何万人もの巡礼も日本の花を見ることができる」と。

さあ、それから5年越しの粘り強い交渉が始まった。

キリスト降誕2000年を祝う「聖年」のお祭りの混雑に備え、ジャニコロの丘の地下に大駐車場の建設が始まった。そのあおりで桜植樹の話は棚上げにされた。2000年を越えて、福音宣教省の長官はセペ枢機卿に替わり、交渉は振り出しに戻った。そして、場所も今のバチカン庭園に変更になった。植樹事業が正式に決定したのを受けて、私は徳島の植木農場に苗木を見に行った。予備も含めて30本余りを選んで根の土を洗い、消毒し、ミズ苔で捲いて神戸税関の香川の出張所に輸出申請を出した。そしたら、「許可できませんね。」 「どうして?」 「EC加盟国は日本の桜の木の輸入を禁止していますから」とピシャリとやられて、万事休す。青くなってバチカンにその旨を伝えた。5年越しの交渉をして、やっとバチカンの同意を取り付けたのに、お願いした我々が、実は出来ない話を持ちかけていた、とあっては面目丸つぶれではないか。

バチカン側も、勿体付けて許諾したのに、話が空中分解では絵にならないと言うものだ。案の定、バチカンからはすぐに返事が返ってきた。いわく、「バチカンは独立主権国家である。バチカンはECには加盟していない。したがって、日本の検疫当局は許可を出すべきものと考える」とあった。

「ばんざーい!やったー!どんなもんだい」、と得意になって出張所に係官にその話を伝えた。そしたらどうだ、「いいえ、やっぱり許可できません!」ときた。喧嘩っ早い私は頭にきた。「相手がいいって言うんだから、文句はないだろう!」すると、あくまでも冷静な構えで、「ではお聞きしますが、バチカンには国際空港があるのですか?」いや、これには参った、というか、呆気にとられましたね、さすがの私も。広さ0.44平方キロ、人口458人、ビリから2番目のツバル(人口9,929人)の20分の1にも満たない、押しも押されもしないどん尻の195位につける世界最小国の話だ(Wikipedia)。1.32Kmのウイングを持つ関西空港のターミナルビルが収まりかねるゴミみたいに小さな独立国にどうやってジェット機の降りられる滑走路を造れというのだ。ご無体な!(しかし、バチカンには鉄道の駅だって、飛行場―ただし教皇緊急脱出用のヘリが飛びたてるヘリポートにすぎないが・・・-も、ガソリンスタンドだって、スーパーマーケットだってなんだってあるのだが・・・)曰く、「ローマ空港に着いたらイタリア国内を通ってバチカンに運ぶのでしょう?イタリアはECに加盟していませんか?」なるほど、理屈は通っている。

しかし、ここで引っ込んでは男が廃るというか、面子が立たない。ここまで言われては、バチカンだって後に引けまい。そこで、鳩首相談と相成った。そして、「これでどうだ!」という決め球を考案した。

再度出張所の職員に面会を求めた。「確かにバチカンには国際空港なんかありません。しかし、ローマ空港にはバチカン市国の保税倉庫があります。ここはECの管轄外です。そこへ、バチカンの税関のトラックが着き、桜の苗木を積んでバチカン国内に運びます。確かにイタリアの道路の上を走りますが、トラックの内部は治外法権です。いかがなものでしょうか?」今度は出張所の検疫官がグッと詰まって、沈黙する番となった。奥に引っ込んで、上司とヒソヒソすることしばし。そして、やおら口を開いた。

「よろしい、そこまで言われるなら、勝手にしてください。その代り、現地でトラブっても、本官らは一切それに関して責任を負いかねますから、ご承知おきを。」

こういう秘話の上に、今の桜は咲き誇っているのでありました。

 (おしまい)

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★ さようならクリスチャン -神学院を去る若者-

2012-03-24 15:05:48 | ★ 神学校の日記

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さようならクリスチャン

-神学院を去る若者-

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 今日は土曜日。平日の起床の鐘は5時半に鳴るが、大学の授業のない土曜日は7時半に鳴るはずだ。なのに、今朝は6時半に鳴った。なぜか?それは、今日サッカートーナメントの試合があるからだ。朝食が終わったらみんな大挙して応援に行く。

 7時。日本のための神学生は自分たちのチャペルに集まって、日本語のミサに与った。冒頭、司式するアンヘル神父は言った。「クリスチャン神学生は無事にエル・サルバドールの家に帰り着きました。みんなによろしくと言うメールが入りました」と。

 

ミサが終わって皆が食堂に去った後の日本の神学校の聖堂

 

 私にとっては孫のような世代の、まだ「少年」と言ってもいい可愛いクリスチャンが、私には別れの挨拶にも来ないままひっそりと去って行った。

 彼は、数百人の神学生志願者の集いのくじ引きで、80数校ある姉妹校のうち、この日本のための神学校に入ることになった。以来、半年余り、養成者側は注意深く彼を見守ってきた。信仰、道徳、社会性などの面でほかの子と比べても特に遜色はなかった。しかし、問題が残った。母国語はスペイン語で、イタリア語の日常会話も自然に覚えた。しかし、それ以上に進まないのだ。中年のイタリア人女性の家庭教師が付いた。彼女曰く、文法が全く頭に入らない。抽象的な概念が覚えられない。これではクレゴリアーナ大学の哲学の授業には無理だ。まして、日本語の文法と、特に漢字の習得については絶望的だろう、と言う評価が出た。

 昔、貧しい長崎の子沢山のキリシタン家庭からは、口減らしもあって、小神学校(小学生から入れる)は神父を目指す子供たちであふれ返っていた。養成者側は、100人のうち数人が司祭までたどり着けばいい、くらいの思いでおおらかに育てていた。ふるいにかける一つの基準はラテン語であった。ラテン語が覚えられない子は、容赦なく家に帰らされるのだった。

 また、昔、日本の一流都市銀行には、各大学でそれなりの成績を修めた同期生が毎春そろって入行した。一流大学出は支店長ぐらいまではみな轡を並べて一斉に昇進していく。ところが、平取締役に上がる段階で、ポストは極端に少なくなる。すると、支店長時代にその支店でなにか事故があると、支店長本人に過失や責任がある無しを問わず、「はい、お気の毒様!」とばかりに役員候補から外される。いわば運試しの×ゲームみたいなところがある。そして、同期の中から役員が出ると、皆一斉に第二の勤め先に天下る、と言う話を聴いたことがある。私がいた外資系とは異なり、年功序列による終身雇用制の古き良き時代の秩序と言うべきかもしれないのだが・・・

 不幸にして、クリスチャンはそういうスクリーニングに引っかかってしまった。

 まだ彼には国に帰って地元の神学校に入り直す道が残されているが、はたしてどうだろうか。めげるなよ、クリスチャン。神様はお前を愛しておられる。 

 さて、ミサが終わって朝食をとると、選手たちは出発の前に、この神学校に唯一の司教-日本のための神学院の院長-平山司教様に出陣の祝福を受ける。去年はこの祝福のお蔭か、常勝将軍の破竹の勢いで勝ち進んだ。しかし、今年はたまに取りこぼしてしょんぼり帰ってくることがある。上級生の優秀な選手たちが実習や病気で抜けたからだ。我が日本のための神学院のアルフォンソ君も、得点王で毎度複数ゴールを決めて勝利を呼び寄せていたが、心臓肥大症が見つかって出場停止となった。みんな出ていった後、「もうプレーしないのか」と慰めたら、「僕はもう年を取りました」とアルフォンソは答えた。相手チームの選手を救急車で病院送りにしたというような武勇伝も、最近はあまり聞かなくなった。


ロビーに集まった現役の選手たち


勝利を祈願して祝福をする平山院長

 

     

      優勝した年のキャプテンの雄姿 優勝した時のトロフィーは昔の神父の帽子をかぶってサッカーシューズを履いたボール


 

 しばらく自室で仕事をして、ロビーに降りていくと-あれから何時間たったか-選手たちが戻ってきた。大人しいのでまた負けたのか、と聞いたら、いや2対0で勝ちましたという。相手は南アメリカの神学生連合軍と言う強豪だったそうだから、大した成果だ。しかし、野性味が亡くなったというか、なんとも大人しくなったものだ。20年前のこの神学校は御し難い野獣のような神学生にあふれていたものだが、これも時代の変化によるものか。


勝って帰ってきた今の選手たち 左端は日本のための神学校のイスラエル神学生 新入生だが日本語ペラペラ 

 

 私が入った1990年ごろは、ローマの伝統ある神学校のコレジオ・ロマーノと、新興勢力の我々レデンプトーリスマーテルとは、いずれも80人ほどずつ神学生がいて競い合っていた。それが、この20年あまりのうちに、向こうは30人ほどに減り、こちらはローマと日本の連合軍で100人余りと(その中に将来の中国への宣教師の玉子も含まれるが)圧倒的な差がついてしまった。教皇のお膝元でこのありさまだ。他の国々は推して知るべしではないだろうか。

 今は世界中で神父のなり手が不足している。たまに、神父になりたいという奇特な青年がいると、「それ!金の玉子だ!」と言わんばかりに大歓迎。働きたくない症候群、結婚恐怖症、ホモの疑いさえも、取り敢えずは目をつぶる?かのようだ。そして、それを少子化家庭の一人っ子のように大切に育てる。辞められたらそれこそ大変だ、と甘やかす。養成者は無意識のうちに弱気の守りの姿勢をとる。これでは骨太神父は育たない。この世界の潮流の中で、日本だけは例外であればいいのだが。

 その点、うちでは寝坊して朝の祈りに遅れてでも来ようものなら、「この怠け者!明日朝一番の飛行機で国に返すぞ!」と院長の檄が飛ぶ。愛の鞭がふるえる強気の養成者は幸せだ。

(終わり)


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★ 強烈な反響 -「聖母のメッセージ」のブログに対して(オリジナル)

2012-03-24 11:10:39 | ★ 聖書のたとえ話

「全ての民の聖母」 オランダ、アムステルダム 

 

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★  強烈な反響 -「聖母のメッセージ」のブログに対して

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前回の「聖母のメッセージ」のブログには、早速いくつかのコメントがツイッターやメールなどで寄せられました。次のコメントなんかはかなり強烈ですね!:

 

       まあ、木像が涙流しても、歌うたってもいいけどさ、

       神さんが人間に復讐してどうなるんじゃい!

       お前の創ったもんじゃろうが、

       創った者が責任とれ!ちゅうんじゃ (J.K.)

 

上のは、いつも辛口のコメントをくれるお友達で、今回も 「あ、痛タタ!またやられた~」 と言う感じですが、いつもその後ろには理解と愛情がこもっています・・・。

しかし、次のは本当に重いですね:

 

       谷口神父さま

       湯沢台の聖母についての記事を興味深く読ませていただきました。

       以前湯沢台には2度ほど子供たちとお邪魔したことがあります。

       聖体奉仕会の修道院がもつ祈りの雰囲気は大変に気に入っているのですが、どうしてもわからないのがSr笹川へのメッセージの内容です。

       主イエス・キリストの犠牲と復活によって私たちは救いを得ました。その救いは人類全てに及ぶものであり、例外はないと思います。

       その人類・人間を、父なる神が再度罰するということがあり得るのでしょうか?

       もしあるとしたら、それは神学的な矛盾になるような気がいたします。(M.T.)

 

先ず料理しやすそうなJ.K.さんのコメントから検討します。


秋田の聖母の涙

 

「まあ、木像が涙流しても、歌うたってもいいけどさ」

 

と、彼はあっさりいうけれど、これだって大変ですよね。科学的に説明不可能な、自然には絶対起こり得ないはずのことが実際に起きたとしたら-本当に自然の法則に反することだと言わざるを得ないことが確認されたら-それは一大事ですよ!

法律に例外を設けたり、「超法規的」 決定を下したりできるのは、その法律の立法者だけです。かつて、よど号ハイジャック事件と言うのがありました。JALがまだ旅客機を数機しか保有しておらず、一機一機に愛称がついていた頃の話です。日本の国の法律は国交のない北朝鮮に向けて離陸する許可を与える権限を認めていなかった。しかし時の福田総理は、「人命は地球より重い」 と言って人質の安全を考慮し、立法府の最高責任者の権限で、乗っ取り犯「赤軍派」ゲリラの要求を容れ、「超法規的措置」 として獄中の赤軍派幹部を釈放し、飛行機には乗っ取り犯の亡命先への離陸許可を与えた。


神の定めた物理法則で動く衝突銀河 Arp273


では、自然の法則の立法者は誰か。それは天地万物を無から創造し、自然法則の秩序の中に今も一瞬一瞬それを保ち続けている神ではないか。神が自然法則を一時停止したり、例外を設けることを望んだ結果として生じた事象を、人は「奇跡」と呼ぶ。奇跡があれば、人はそこに神の存在とその意志の介入を見る。神を信じない人、神の存在を認めたくない人は、当然奇跡を目の前にしてあらゆる弁を弄して人間の知恵でその事象を説明し切ろうとしてあがく。無駄な抵抗だ。しかし、謙遜な純朴な魂は素直に認めて神の前に跪く。

何が奇跡なものか、自分がそのペテンを暴いてやろうと自信満々でルルドに乗り込んだ筋金入りの無神論者、血管縫合と臓器移植でノーベル賞に輝くアレクシス・カレル博士が、そこで正真正銘の奇跡に出会い、無神論を捨てて神を信じた話は有名だ。中途半端に頭が良くて、偏見に満ちた傲慢な魂が一番手に負えない。

J.K.君はクリスチャンではないが、あっさりと神を認め、自然も人間も神が創ったことをも認めてくれているから話は早い。神が木の像に涙を流させることも、聾者の耳を突然開くことも、芳しい香りをばらまくことも、望めばなんでもできることを認めてくれるだろう。

その神が自分の被造物である人間に(不用意にもと言うべきか)神の内面的生命の秘密である 「理性と自由意思」 までも与えてしまった。これは「心を尽くしてあなたの神を愛しなさい」また「隣人を自分のように愛しなさい」と言う神の掟を守り実行する上で必要な能力ではあったが、それはまた、悪を行い罪を犯すことの出来る能力でもあるという点で、プロメテウスの火(注1)のように危険なものでもあった。

人間はこのプロメテウスの火を手に入れた上に、ご丁寧にもパンドーラの箱のふたまで開けてしまった(注2)。キリスト教的に言えば、アダムとエヴァの失楽園の物語に相当する。そして、危険な火遊びに夢中になり、欲望の赴くままに人を殺し、奪い、富を蓄え、弱い人・貧しい人をしいたげ、飽食と快楽に耽り、神を冒涜した。犠牲者たちの救済を求める苦しみの叫びは神の耳にまで届き、神の怒りは頂点に達した・・・と言うストーリーが描けるのだが、その天罰 (J.K.君の表現を借りれば 「復讐」 ) がマグニチュード9の地震であり、津波であり、原発のばらまいた放射能であるとすれば、その犠牲者の大部分が「無垢な善良な小さな魂たち」であったことを神はどう弁明するのか。巨悪の元凶の大悪人共はちゃっかり難を免れ、安全なところでご馳走を食べていて反省の色すらないのに、神はそれをよしとするのか。神の罰は彼らには及ばないか。そんなことって・・・。



箱を手にしたパンドーラ

この不条理を見ていると、

 

       神さんが人間に復讐してどうなるんじゃい!

       お前の創ったもんじゃろうが、

       創った者が責任とれ!ちゅうんじゃ

 

というJ.K.君の吐き捨てるようなセリフにはド迫力と説得力がある。私はそれをとか復讐と言うよりも、回心への招き、より恐ろしい決定的滅びを回避するための厳しい警告、神への回帰への呼びかけと取りたいのだが・・・

さて、ここで一気に私の反論、「神の弁護」に移らせていただきたいのでありますが、実は、過去に書いて、すぐに封印して現在は眠っている-いささか野心的な-ブログがあります。それがJ.K.君とM.T.さんの疑問に対するピッタリの答えだと思うので、エイヤッと思い切って開封しようかと思います。

そもそも封印した理由は、納得して書いたはいいが、すぐにカトリックの異端説として糾弾され、ひどい目に遇うかもしれないぞ、という心配と恐れがあったからです。いまでもその不安はぬぐいきれません。(だからおかしいとこがあったらどうかご指摘を。すぐに撤回して謝る用意あり。あくまで仮説ですから。自説に固執する気はさらさらありませんから。)

問題の幻のブログの題名は「ともに罪を犯してくださる神」です。いささか挑発的であることは承知しています。

こんな当たり前の話、どうして今まで語られてこなかったのか。それが単なる私の浅学菲才の無知から来るもので、先刻世の常識になっているのを私が知らなかっただけだったら「恥ずかしい!」と言って穴に入れば済む話ですが、過去に議論され、神学的に欠陥がある異端説としてとっくに退けられ葬られたものであったとしたら、今頃知らずに蒸し返すのはいささか「やばい」ぞ、と言う思いが強くしています。

しかし、ディスプレイの隅に目をやると、もう12ポイントでA4三枚分になっています。ここへ古いブログを貼り付けて続けたら、一回分としては長くなりすぎます。それで、気を持たせるようで恐縮ですが、もう一度念のために内容を点検して数日中にアップしたいと思うので、ちょっとお待ちください。乞うご期待!


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(注1) 「プロメテウスの火」 ギリシア神話においてプロメテウスが人類にもたらした火。強大でリスクの大きい科学技術の暗喩として用いられる。

プロメテウスは天界の火を盗んで人類にもたらした存在として知られる。ギリシア神話において、人間はプロメテウスから火を与えられて幸福になったかというと、あながちそうとは言えず、高度な文明と共に争いや苦難も持つようになったという。(上の話では、神が人間に理性と自由意思を与えたことに対応する。)

原子力は、しばしば「プロメテウスの火」に喩えられる。チェルノブイリや福島第一原発などで発生した原発事故のように、人間の力では制御できない高いリスクを持ち、制御しとおせたとしても、オンカロのように人間の尺度を越えた膨大な時間の管理が必要となる。そのような技術でありながら、発電という側面においては半ば欠かすことができない技術となっているからである。(「新語時事用語辞典」より)

 

(注2) 「パンドーラの箱」 プロメーテウスが天界から火を盗んで人類に与えた事に怒ったゼウスは、人類に災いをもたらすために「女性」というものを作るよう神々に命令したという。ヘーシオドス『仕事と日』によればヘーパイストスは泥から彼女の形をつくり、神々はあらゆる贈り物 (=パンドーラー) を与えた。アテーナーからは機織や女のすべき仕事の能力を、アプロディーテーからは男を苦悩させる魅力を、ヘルメースからは犬のように恥知らずで狡猾な心を与えられた。そして、神々は最後に彼女に決して開けてはいけないと言い含めて箱(壺ともいわれる 詳細は後述)を持たせ、エピメーテウスの元へ送り込んだ。ヘーシオドスは『神統記』においてもパンドーラーについて触れ、神々からつかわされた女というものがいかに男たちの災いとなっているか熱弁している。

美しいパンドーラーを見たエピメーテウスは、兄であるプロメーテウスの「ゼウスからの贈り物は受け取るな」という忠告にもかかわらず、彼女と結婚した。そして、ある日パンドーラーは好奇心に負けて箱を開いてしまう。すると、そこから様々な災い (エリスやニュクスの子供たち、疫病、悲嘆、欠乏、犯罪などなど) が飛び出した。しかし、「ελπις」(エルピス)のみは縁の下に残って出て行かず、パンドーラーはその箱を閉めてしまった。こうして世界には災厄が満ち人々は苦しむことになった。ヘーシオドスは、「かくてゼウスの御心からは逃れがたし」という難解な言葉をもってこの話を締めくくる。(Wikipedia より)(アダムとエヴァの失楽園物語に対応する。)

(つづく)

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★ ともに罪を犯してくださる神

2012-03-21 07:52:09 | ★ 神学的省察

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「共に罪を犯してくださる神」

-何と大きな愛、何と深い慈悲-

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今朝起きてアウトルックを開いたら、次のようなメールがはいっていました。

谷口くん
警告!
JKさんらの挑発にのって
封印を解こうとしている
そこからくる災いの責任は?

グッときましたね、この警告が! 反抗心の強い私の最後のためらいを吹き飛ばしました。よーし、やってやろうじゃないか! と言う、やや自棄っぱちな思いで、パンドーラの箱のふたを開けました! さあ、もう後は知らないっと! 思い直して、あわててパンドーラの箱のふた閉めたときには、中にはかろうじて 「希望」 だけが残っていました。

(i以下、2009年にある人の手紙への返事として私的に書いたものを無修正のまま採録します。)

 ○×△様

 メール有難うございました。お返事申し上げます。

今朝は少しばかり時間があります。これは、素人哲学者、素人神学者にとって一番楽しい思索の時間です。

 私が素人なのは、それを生業としていないからです。
また、いわゆる「検定教科書」の正当性擁護の義務に縛られない自由人でもあるからです。
だからと言って、地道なデッサンの修練を知らない、奇を衒った町の素人画伯でもないつもりです。
これでも、上智大学の中世哲学の博士課程まで、ローマのグレゴリアーナ大学では神学修士を優等で
終了するところまで、やるだけのことはやったのですから。

 遠くニーニー蝉とアブラ蝉のデュエットを聴きながら、戴いた添付ファイルの玉稿を読み返し、
いま、それに触発されて徒然に浮かぶ思いを書き止めたいと思います。

 昭和14年生まれの記憶にあるお弁当箱と言えば、形状はいろいろでも、素材はアルミ製と相場が決まっていました。
蓋と身は相似形で素直に蓋をすれば身はすっと無難に納まりますが、蓋をどう傾けても身の中にそれを納め切ることは出来ません。
蓋を無理に身の中に押し込めようとしても、必ず反対側がはみ出しますし、暴力的に押し込もうとすれば、
蓋も身もへしゃげて壊れてしまい、二度と元のようにピッタリ収まらなくなるものです。

 神の英知と人間の浅知恵の関係も同じことだと思います。
相似形だから互いに矛盾はしないけど、後者で前者を捕らえ切ろうとすると、
ここを押さえたと思ったら、あそこがはみ出す、永遠の鼬(いたち)ごっこです。

 青虫のような我々が、蛹のように死の眠りに入って、天と地が新たにされるとき蝶のように変身して復活した後も、
人間の理性と神の理性の蓋と身の関係は変わらないのではないかと思っています。

 神秘、またはミステリーに関しては、神の如くなって、神と一つになって、顔と顔を合わせるように神を直観する日が来ても、
この関係性は何らかの形で残るに違いありません。
別のたとえでいえば、人間の作ったズームレンズは、同時に二つの互いに離れた距離にピントを合わせることが
できないもののようです。

 今日は、神が人間の時間に沿って歩んでくださる距離にピントを合わせたいと思います。
つまり、神の「永遠の今」の視点ではピントがぼけているということです。


 話は飛躍しますが、天国に入ったら、向こうからやってきて迎えてくださるのは、
父なる神でも、聖霊なる神でもなく、輝くような復活体を身に纏ったナザレのイエスその人だと思っています。
それでも、私は、イエスに向かって、「えっ、神様は『三位一体の神』ではなかったのですか、
地上のカトリック教会は確かそう教えていましたが・・・・?おん父はどこ?聖霊はどこですか?」
などと言う野暮な質問はしないでしょう。
「私を見たものはおん父を見たのだ」(ヨハネ14章9節)(従って、聖霊を見たのだ)、と言う生前のイエスのみ言葉を思い出すからです。


 さて、いただいたメールにはいろいろな概念がちりばめられていました。
「偶然」は「無知」とほとんど同義語ですね。
 「必然」と「自由」は人間においては「矛盾」概念であっても、神においてはほとんど同義語だとは思われませんか?

 「忘却」は本来的には神に固有の概念であって、
人間にとっては、限りなくそれに倣うように務めねばならぬ「徳」のような気がしてなりません。

 貞淑な妻が夫の浮気の動かぬ証拠を掴んで、カッとなって一瞬は嫉妬と口惜しさに狂っても-
子供のこと・世間体・生活能力の無さを思って-すぐ我に返り、「いいわよ、赦して上げるわよ。
けど、一生忘れないから、覚えてらっしゃい!」と吐き捨てるように言ったとします。彼女に「忘却」はありません。

 しかし、神が放蕩息子を赦したとき、神はその赦しの瞬間以降、息子の罪をすべて完全に「忘却」し、
無限の愛はその痕跡を焼き尽くし、
その罪を創造以前の無に還元するだろう、と私はシュミレートします。
貞淑な妻は、無を材料にして自分を存在に呼び出された創造主の本性に習い、それに限りなく自分を近づけ、
夫の出来心を完全に忘れるよう努力すべきではないでしょうか。

 「想定外」は人間に固有の概念であって、類比的にすらも(アナロジーとしても)神には馴染まない概念のような気がします。
その意味で、人間が神の愛からいただいた最高の恵みである理性と自由意志をもって選択しうるあらゆる(無限の)可能性は、
全て、一つの例外もなく、神の「想定内」にあったと私は言いたいのです。
(ただ、人間がいただいた自由を使って何を選ぶかは、神も事前に知ることはない。
つまり全知の神にも知らないことがあると言いたいのです。
(ただし、ここでも「時間と永遠」という弁当の「蓋と身」の問題は残りますが・・・。)

 復唱します。神は、溢れる愛から、無を材料にして被造物界を創造し、
その冠として人間を創り、神の命の秘密であった「理性と自由意志」という危険極まりない賜物
-プロメテウスの火のような-を無償の恵みとして与え、神に代わって被造物界の管理を全て委ねたれた時、
その全知をもって、その結果起こりうるあらゆる可能性をあらかじめ想定し得たに違いありません。
即ち、創造に先立って、あらゆる理性の混乱、あらゆる自由意志の乱用(原罪・罪)を予見し、
それに対して十分な備えをした上で、敢えて創造の業に着手されたに違いありません。

 だから、「全知の神に知らないことがあり」、「全能の神に出来ないことがあり」とすれば(拙著「バンカー・・・」頁325以下参照)、
-今日蛮勇を奮って新たに付け加えて言わせて下さい-
無限の善である神は「罪さえも敢えて犯す」と言ってもいいのではないかと思う次第です。

 たとえば、不良の集団の中に気の弱いのが一人いたとしましょう。
彼は、近所のお屋敷のお嬢さんを仲間で強姦する計画が持ち上がったとき、
小さな勇気を奮い立たせて、「僕はやっぱり出来ない」といって一人抜けることはあり得るでしょう。
しかし、神様にはその「小さな勇気」すらないのです。

 神が世界を、被造物を、人間を、「無から創造された」という概念は、
ユデオ・クリスチャンの伝統の中では案外歴史の浅いもののようですが、
それでも、これは永遠の真理だと思います。

「無から」ということは、即ち「材料なしに」と言うことでしょう。
強いて、そこに比喩的に材料を求めるとするならば、それは神の溢れる「愛」を措いて他にないと言えるのかも知れません。

 原初においては、唯一の存在であり存在の全てを一身に独占していた「神」のほかには、「無」しか存在しなかった。
その神の存在の内実は「三位一体」であり、その本性は「愛」であると、私達は神の啓示から知っています。

 神の愛のダイナミズムは、ご自分の本性である愛を「知りながら」「自由に望んで」無の中に放射し、
そのあふれ出た「愛」を「材料」に私達を創造されたと言っても、あながち誤りではないと思います。

 神の創造のみ業は、「無」からの創造ですから、被造物を時々刻々存在界に在らしめ続ける原理は神の愛以外にありません。
神が一瞬、一瞬、忘れることなく存在界に創造し続けている-つまり「愛し続けて」いる-からこそ、
私達は時の流れの中に自分のアイデンティティーを保ちながら生き続けていられるのです。

 私の肉体と精神が今も一瞬前と同じく存在し続けていること、その事実こそが、
神が私を創造的愛で持続的に愛し続け創造し続けていることの紛れも無い証拠です。
罪人が存在しうるのは、神がその罪人を、罪人としてのあるがまま、罪をも含む彼の全存在を愛しているということです。

 若いハンサムな神父が、善良な宗教家然として人前で賞賛を浴びながら、
実は弱い悲しい二重人格者として、夜密かに美しい未亡人と罪を犯したと仮定しましょう。
それでも、神様は限りない憐憫をもって彼を愛し続け、彼の存在の最も奥深いところで
彼を創造しつづけ、存在界の中に保ち続けなければならないのです。

 もし神が「この男の罪は余りにも重く、その悪は余りにも赦し難いから、私は最早やこの被造物を愛し続けることは出来ない」
「私の正義はそれを見過ごすことは出来ない」とそのみ心の中でつぶやかれたとしたら、
彼は瞬時にして元の素材の「無」に還元され、
存在界から跡形も無く消え去り、犯しかけた罪も完結し得ないままに終わるに違いありません。

個人の罪に限らず、ナチスのホロコースト、原子爆弾の投下、あらゆる戦争の場面に於いても、
神はその巨悪、犯罪を実行した人間達と共にその悪を内側から支え共有されました。
神は常に、-いや、ノアの洪水のときを除いて-人類の悪を耐えがたいとしてそれを抹殺されることはありませんでした。
私は雨上がりの空に虹を見る度にそのことを思います。
神は全ての戦争、犯罪に際して、その行為者の理性と意思と行動をリアルタイムで存在のなか呼び出し続けることを通して、
不可避的に人間の悪を自分のものとして共有し、「共同正犯」であり続けられると言えば誤りになるでしょうか。

 同様に、私が今、のうのうとパソコンのキーをたたきつつ、こんな感想を書いていられるということも、
神様が、私の歴史のあらゆる罪の場面で、私が罪を行う条件である私の肉体と理性と自由意志を内側から支え続け、
私の意思と行為を-たとえ憂いつつではあったにしても-刻一刻ご自分のものとして完全に共有されたからに他なりません。

 私の罪を、虚偽を、快楽を、-私の精神と肉体を存在界に呼び出し続け支え続け、
それが無の中に瞬時にして転落するのを妨げ続けることを通して-完全に共有されて、
私の罪の完全な「共同正犯」の役を、知りながら敢えて望んで演じ続けてくださる神の愛とはなんと驚くべきものでしょう!

 神は決して、気弱な不良少年のように「僕、一抜けた!」はなさらないのです。
男らしく最後まで付き合い、共犯者としてその責任を取られます。

 然し、罪は回心と償いの業によって贖われねばなりません。
人間は、人間として、人間の犯した罪の償いに最大限務めなければならないでしょう。
それは、洋の東西の聖者たちが意識的、無意識的に追及して来たことでしょう。
しかし、人間の罪の共犯者、「共同正犯の神」の犯した部分にまで、人間の力は及びませんでした。
それはもともと人間の業ではなく、神の業だからです。

 神の罪、強いて言えば、神が理性と自由意志と言う神固有の秘められた本性を、事もあろうに人間に
-まるで危険なプロメテウスの火のように-
渡してしまったことの責任までは、人間が神に代わって贖うことは出来ない道理です。

 その部分は、是非とも神が孤独に自己責任で解決しなければなりません。

 しかし、神は、唯の神のままではそれが出来なかった。

だから、人の姿に身を託す必要があった。
だから、御託身の玄義、ベトレヘムでの幼子イエスの誕生があったのではないか、と思います。
神がキリストにおいて人となったのは、そのためではなかったかと私は考えます。

 ナザレのイエスの十字架の上の壮絶な、そして凄惨な人の死は、全ての人の全ての罪の贖いであったと同時に、
神が孤独に神としてご自分の犯した罪に決着を付ける行為だったとは言えないでしょうか?
そこに、イエスが人でありながら、同時に神であることの「必然性」があったのだと思います。
しかも、これは決して「想定外」のハプニングに対する「後付けの」対応では無いように思います。

これに関連して、つい先日、朝のミサの第一朗読で、「フィリピの信徒への手紙」が読まれたことを思い出します。
2章6節~11節です。

「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、
かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。
人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。
このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。
こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずき、
すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです。」

「共に罪を犯してくださる神」

-何と言う深い慈悲、何と大きな愛-でしょう。


 以上、普段から心の中で反芻していたことを、今日初めて文字に固定しました。
○×△様の「神の全知について」の一ページに触発されました。

 よく言葉を選んで多くを書き改め、多くを補足しないと、
危険な、怪しげな生煮えの雑説に終わる恐れがある危険性はよく承知していますが、
こんな未完の想念が私の黙想の中に浮かんだことをとりあえず神様に感謝しています。

 蛇足ながら付け加えましょう。
実は、最近この話を何人かの人に試しにしてみました。大方が、如何わしげな顔で聞いていました。
しかし、その中に、「谷口神父。僕はその話がよく分かるよ!」と答える青年がいました。
彼は続けます。「僕がめちゃくちゃに罪の中に沈んでいたとき、
そのひどい罪のさなかにも、何故かどこかで、護られている、赦されている、愛されている、というほのかな実感があった」と。

 彼は、私と同じ放蕩息子の典型です。今でこそ、堅気になって、遅く30前に大学を卒業し、
欝や自閉症や軽度の統合失調症の子ども達のお兄さんをして、昼夜献身的に働きながら償いの生活をしていますが、
以前は新宿の歌舞伎町のホストクラブで、お金持ちのマダムたちを相手に、評判のホストをやっていたのです。
何しろ、すらりとして、イケメンで、優しい性格ときたもんですから。

 彼には、神学用語の理屈は通らないけれど、私の話の本質は体験を通して直感する感性が備わっていたのです。
罪を体験し、キリストの赦しと愛を肌で経験したもの同志の以心伝心とでも言いましょうか。

 十字架、
それは、被造物への愛におぼれて罪まで共有してしまった愚かな神、
神にしか償うことの出来ない神の罪を償う孤独な神の姿なのだ、というわけです。


2009年8月○○日

                            谷 口 幸 紀 拝

○×△様 玉案下


〔完〕

 



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★ 強烈な反響 -「聖母のメッセージ」のブログに対して

2012-03-20 12:20:07 | ★ 大震災・大津波・福島原発事故

「全ての民の聖母」 オランダ、アムステルダム 

 

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★  強烈な反響「聖母のメッセージ」のブログに対して

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前回の「聖母のメッセージ」のブログには、早速いくつかのコメントがツイッターやメールなどで寄せられました。次のコメントなんかはかなり強烈ですね!:

 

       まあ、木像が涙流しても、歌うたってもいいけどさ、

       神さんが人間に復讐してどうなるんじゃい!

       お前の創ったもんじゃろうが、

       創った者が責任とれ!ちゅうんじゃ (J.K.)

 

上のは、いつも辛口のコメントをくれるお友達で、今回も 「あ、痛タタ!またやられた~」 と言う感じですが、いつもその後ろには理解と愛情がこもっています・・・。

他にも4~5件コメントがありましたが、先ず料理しやすそうなJ.K.さんのコメントから検討します。


秋田の聖母の涙

 

「まあ、木像が涙流しても、歌うたってもいいけどさ」

 

と、彼はあっさりいうけれど、これだって大変ですよね。科学的に説明不可能な、自然には絶対起こり得ないはずのことが実際に起きたとしたら-本当に自然の法則に反することだと言わざるを得ないことが科学的に確認されたら-それは一大事ですよ!

法律に例外を設けたり、「超法規的」 決定を下したりできるのは、その法律の立法者だけです。かつて、よど号ハイジャック事件と言うのがありました。JALがまだ旅客機を数機しか保有しておらず、一機一機に愛称がついていた頃の話です。日本の国の法律は国交のない北朝鮮に向けて離陸する許可を与える権限を認めていなかった。しかし時の福田総理は、「人命は地球より重い」 と言って人質の安全を考慮し、立法府の最高責任者の権限で、乗っ取り犯「赤軍派」ゲリラの要求を容れ、「超法規的措置」 として獄中の赤軍派幹部を釈放し、飛行機には乗っ取り犯の亡命先への離陸許可を与えた。


神の定めた物理法則で動く衝突銀河 Arp273


では、自然の法則の立法者は誰か。それは天地万物を無から創造し、自然法則の秩序の中に今も一瞬一瞬それを保ち続けている神ではないか。神が自然法則を一時停止したり、例外を設けることを望んだ結果として生じた事象を、人は「奇跡」と呼ぶ。奇跡があれば、人はそこに神の存在とその意志の介入を見る。神を信じない人、神の存在を認めたくない人は、当然奇跡を目の前にしてあらゆる弁を弄して人間の知恵でその事象を説明し切ろうとしてあがく。無駄な抵抗だ。しかし、謙遜な純朴な魂は素直に認めて神の前に跪く。

何が奇跡なものか、自分がそのペテンを暴いてやろうと自信満々でルルドに乗り込んだ筋金入りの無神論者、血管縫合と臓器移植でノーベル賞に輝くアレクシス・カレル博士が、そこで正真正銘の奇跡に出会い、無神論を捨てて神を信じた話は有名だ。中途半端に頭が良くて、偏見に満ちた傲慢な魂が一番手に負えない。

J.K.君はクリスチャンではないが、あっさりと神を認め、自然も人間も神が創ったことをも認めてくれているから話は早い。神が木の像に涙を流させることも、聾者の耳を突然開くことも、芳しい香りをばらまくことも、望めばなんでもできることを認めてくれるだろう。

その神が自分の被造物である人間に(不用意にもと言うべきか)神の内面的生命の秘密である 「理性と自由意思」 までも与えてしまった。これは「心を尽くしてあなたの神を愛しなさい」また「隣人を自分のように愛しなさい」と言う神の掟を守り実行する上で必要な能力ではあったが、それはまた、悪を行い罪を犯すことの出来る能力でもあるという点で、プロメテウスの火(注1)のように危険なものでもあった。

人間はこのプロメテウスの火を手に入れた上に、ご丁寧にもパンドーラの箱のふたまで開けてしまった(注2)。キリスト教的に言えば、アダムとエヴァの失楽園の物語に相当する。そして、危険な火遊びに夢中になり、欲望の赴くままに人を殺し、奪い、富を蓄え、弱い人・貧しい人をしいたげ、飽食と快楽に耽り、神を冒涜した。犠牲者たちの救済を求める苦しみの叫びは神の耳にまで届き、神の怒りは頂点に達した・・・と言うストーリーが描けるのだが、その天罰 (J.K.君の表現を借りれば 「復讐」 ) がマグニチュード9の地震であり、津波であり、原発のばらまいた放射能であるとすれば、その犠牲者の大部分が「無垢な善良な小さな魂たち」であったことを神はどう弁明するのか。巨悪の元凶の大悪人共はちゃっかり難を免れ、安全なところでご馳走を食べていて反省の色すらないのに、神はそれをよしとするのか。神の罰は彼らには及ばないか。そんなことって・・・。



箱を手にしたパンドーラ

この不条理を見ていると、

 

       神さんが人間に復讐してどうなるんじゃい!

       お前の創ったもんじゃろうが、

       創った者が責任とれ!ちゅうんじゃ

 

というJ.K.君の吐き捨てるようなセリフにはド迫力と説得力がある。私はそれをとか復讐と言うよりも、回心への招き、より恐ろしい決定的滅びを回避するための厳しい警告、神への回帰への呼びかけと取りたいのだが・・・

さて、ここで一気に私の反論、「神の弁護」に移らせていただきたいのでありますが、実は、過去に書いて、すぐに封印して現在は眠っている-いささか野心的な-ブログがあります。それがJ.K.君の疑問に対するピッタリの答えだと思うので、エイヤッと思い切って開封しようかと思います。

そもそも封印した理由は、納得して書いたはいいが、すぐにカトリックの異端説として糾弾され、ひどい目に遇うかもしれないぞ、という心配と恐れがあったからです。いまでもその不安はぬぐいきれません。(だからおかしいとこがあったらどうかご指摘を。すぐに撤回して謝る用意あり。あくまで仮説ですから。自説に固執する気はさらさらありませんから。)

問題の幻のブログの題名は「ともに罪を犯してくださる神」です。いささか挑発的であることは承知しています。

こんな当たり前の話、どうして今まで語られてこなかったのか。それが単なる私の浅学菲才の無知から来るもので、先刻世の常識になっているのを私が知らなかっただけだったら「恥ずかしい!」と言って穴に入れば済む話ですが、過去に議論され、神学的に欠陥がある異端説としてとっくに退けられ葬られたものであったとしたら、今頃知らずに蒸し返すのはいささか「やばい」ぞ、と言う思いが強くしています。

しかし、ディスプレイの隅に目をやると、もう12ポイントでA4三枚分になっています。ここへ古いブログを貼り付けて続けたら、一回分としては長くなりすぎます。それで、気を持たせるようで恐縮ですが、もう一度念のために内容を点検して数日中にアップしたいと思うので、ちょっとお待ちください。乞うご期待!


~~~~~~~~~~~~~~

 

(注1) 「プロメテウスの火」 ギリシア神話においてプロメテウスが人類にもたらした火。強大でリスクの大きい科学技術の暗喩として用いられる。

プロメテウスは天界の火を盗んで人類にもたらした存在として知られる。ギリシア神話において、人間はプロメテウスから火を与えられて幸福になったかというと、あながちそうとは言えず、高度な文明と共に争いや苦難も持つようになったという。(上の話では、神が人間に理性と自由意思を与えたことに対応する。)

原子力は、しばしば「プロメテウスの火」に喩えられる。チェルノブイリや福島第一原発などで発生した原発事故のように、人間の力では制御できない高いリスクを持ち、制御しとおせたとしても、オンカロのように人間の尺度を越えた膨大な時間の管理が必要となる。そのような技術でありながら、発電という側面においては半ば欠かすことができない技術となっているからである。(「新語時事用語辞典」より)

 

(注2) 「パンドーラの箱」 プロメーテウスが天界から火を盗んで人類に与えた事に怒ったゼウスは、人類に災いをもたらすために「女性」というものを作るよう神々に命令したという。ヘーシオドス『仕事と日』によればヘーパイストスは泥から彼女の形をつくり、神々はあらゆる贈り物 (=パンドーラー) を与えた。アテーナーからは機織や女のすべき仕事の能力を、アプロディーテーからは男を苦悩させる魅力を、ヘルメースからは犬のように恥知らずで狡猾な心を与えられた。そして、神々は最後に彼女に決して開けてはいけないと言い含めて箱(壺ともいわれる 詳細は後述)を持たせ、エピメーテウスの元へ送り込んだ。ヘーシオドスは『神統記』においてもパンドーラーについて触れ、神々からつかわされた女というものがいかに男たちの災いとなっているか熱弁している。

美しいパンドーラーを見たエピメーテウスは、兄であるプロメーテウスの「ゼウスからの贈り物は受け取るな」という忠告にもかかわらず、彼女と結婚した。そして、ある日パンドーラーは好奇心に負けて箱を開いてしまう。すると、そこから様々な災い (エリスやニュクスの子供たち、疫病、悲嘆、欠乏、犯罪などなど) が飛び出した。しかし、「ελπις」(エルピス)のみは縁の下に残って出て行かず、パンドーラーはその箱を閉めてしまった。こうして世界には災厄が満ち人々は苦しむことになった。ヘーシオドスは、「かくてゼウスの御心からは逃れがたし」という難解な言葉をもってこの話を締めくくる。(Wikipedia より)(アダムとエヴァの失楽園物語に対応する。)

(つづく)

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★ 聖母のメッセージ と 3.11の津波 - 関連、有りや無きや ? -

2012-03-18 22:06:36 | ★ 大震災・大津波・福島原発事故

 

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聖母のメッセージ と 3.11の津波

- 関連、有りや無きや ? -

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アシジの修道院の友達の神父さんからメールがあった。ローマの国立図書館で知り合いの求道者のお嬢さんが陶磁器の個展を開くからぜひ見てあげてほしいとの依頼だった。

「火の芸術」新進陶芸作家の古川未央子さん


早速初日に出かけたら、美しい細密画の陶磁器が並んでいた。その中に、偶然にも見覚えのある珍しいマリア様の陶板の写真があって強く心を惹かれた。さっそく作者の古川未央子さんに確かめたら、やはりオランダのアムステルダムの女子修道院に依頼されて、そこに一枚だけある珍しい絵をもとに制作したものだということだった。


   

左が未央子さんが絵付けして焼いた陶板の「すべての民の御母」  右はオランダで印刷したカードの絵

一枚しかない本物の油絵は縦が1.6~7メートルぐらいと見受けられる。


                                

         左はローマの個展「炎の芸術」のカード(部分)   右は4月4日から名古屋栄三越で開かれる彼女の作品展 「祈り」 のPRのカード

                                      陶板に描かれた絵は「マグニフィカトの聖母」


実は、この絵をイメージして仏師に白木のマリア像を依頼した人たちが日本にいた。秋田の湯沢台の修道院のシスターたちだ。そして、その中に全聾のシスター笹川がいたのだが、私はドイツの銀行で働いていた当時、このシスターがマリア様からのメッセージを受け、その前後にこの木のマリア像が100回以上にわたって透明な液体の涙を流し、時には得も言われぬ芳しい香りが辺りに満ちるなどの不思議な出来事が相次いだという噂を聞いた。


秋田のマリア像に信心を寄せる外国人の神父たち


帰国した際に、さっそく冬の秋田を訪れ、吹雪の中を湯沢台の修道院に向かった。空港からのタクシーが、雪道の途中でスリップして立ち往生するハプニングがあって遅れたが、やっと修道院に着いたときは数名のシスターと地元の信者のおばあさんたちがマリア像の前で熱心に祈っている最中で、不意を衝いて訪れた私に向かって、ご覧ください、たった今までマリア様は涙を流しておられました、と言って像のそばに私を連れて行った。目から溢れてほほを流れ落ちるところこそ見逃したが、顎には水滴が、襟から胸もとにかけては濡れた白木が茶色に変色し、帯のあたりにも水が溜まっていた。その人たちの素朴な正直そうな顔を見渡して、予告なしに現れた私を欺くために集団で細工をした可能性は全くないと私は即座に納得した。


木彫りのマリア像が101回涙を流した。

この写真のように目からあふれ出てほほを伝って流れ、顎から滴り落ちて胸を濡らし帯のあたりで溜まり、足と台座を濡らす動きを多くの人が見たという。

私が見たときは頬から口のあたりは乾きかけていたが、顎には水滴があり胸から下はまだぐっしょりと濡れていた。


問題は、その不思議な出来事に付帯するメッセージの内容だ。

私は既にブログの中で、ファティマの聖母のメッセージ、特にその「第3の秘密」と前教皇ヨハネパウロ2世の暗殺未遂事件との関連をシリーズで詳しく検討した。実は、秋田の聖母のメッセージ(お告げ)の内容にファティマのメッセージと共通する要素が見出されるのだ。基本的なメロディーは、人々に罪深い生活を悔い改めて回心し、神に立ち還るようにとの招きと、このまま悪が続くなら、洪水や火の艱難が降りかかるだろうという警告だ。私は、地震、津波、原発事故がそのような回心への招きと、世俗化し神をないがしろにし、罪を重ねている社会に対する戒めと考えるべきではないかと言う方向に考えが傾いている。文字通りには当てはまらない点もあり、カトリックの教えと信心に偏向し、一般の人々に対する説得力に乏しいなどの難点はあるものの、少なくともカトリックを信じる者は真摯に受け止める必要があるのではないかと思う次第です。

私は、一時シスター笹川とかなり親しい付き合いをしていたので、彼女のことはよくわかっているつもりだが、明るくバランスのとれた信仰深い人格で、ヒステリックだとか異常人格だとか言う言葉から最も縁遠い人であることは疑う余地がない。

病弱で、特に全聾という十字架を背負い、重度の障害者手帳の持ち主であったが、のちにマリア様の予告通り耳が聞こえるようになり、お役所に障害者手帳を返上した後は、私は何度も彼女と長距離電話で話すという、以前には不可能だったことが可能になったことの生き証人でもある。

また、私は心を病んだ妹の看護の過程で度々秋田の彼女のもとに連れて行ったが、妹はシスターになつき、彼女の前では全く正常に、明るく楽しく表情豊かに過ごしていたことを忘れることはできない。

なお、彼女と近い私の友人を通して消息を聞いたところ「シスター笹川は現在80歳。精神状態はいたって健康ですが、骨粗鬆による骨折などを繰り返しています」との返事でした。なお、フランスのテレビジョンに関係するカトリックのジャーナリストが最近取材を求めたとき、彼女は「隠れた生活を望みます。」と言って会わなかったそうだ。

ブログ編集技術がちょっと向上して、Uチューブを取り込むことができるようになったので、ためしに笹川シスターの証言を引用する。映像の中の赤い帯の男性は不思議な出来事を公式に認めた当時の伊藤司教(新潟教区長、故人)。後はこのブログの読者の判断に委ねたいと思う。


 

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★ 教皇、ローマ教区で働く日本人司祭を訪問

2012-03-12 21:38:47 | ★ ローマの日記

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教皇、ローマ教区で働く日本人司祭を訪問

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この題を読む人が、教皇が田中裕人司祭個人を訪ねて来られたかのように誤解されるといけないので、説明します。

ローマ教皇は全世界のカトリック教会の最高の牧者、12使徒の頭のペトロの後継者、教会一致の象徴であると同時に、ローマ司教区の司教でもあります。

だから、自分の教区の中の教会を年にいくつかずつ巡回して訪問する習慣があります。

先日教皇が訪問した教会には、元高松の神学校がローマに移って「日本のためのレデンプトーリスマーテル神学院」となったところの出身で、ローマ教区に受け入れられてそこの助任司祭をしている田中裕人神父がいました。彼の司祭叙階式の様子は、私のブログ 「日本人で初めて? -バチカンで教皇から叙階-」(2010年6月20) に詳しく書きましたから、あらためて見てください。

田中神父から以下のようなメールが写真と共に届きました。本人に訊ねたところ、私のブログで紹介をしてもいいと快諾してくれたので、ご紹介する次第です。まず、本人のメールから。

~~~~~~~~~~~

兄弟姉妹の皆さま、

主の平和!

お元気でしょうか?この度、3月4日にローマで僕が働いている小教区に教皇様がおいでになり、小教区の人々とごミサを捧げられました。とてもすばらしいお恵みでした。ミサの初めに小教区からいくつかプレゼントが渡されましたが、そのうちの一つは僕が描いた復活のろうそくでした。はたして復活の徹夜祭に使ってもらえるでしょうか?見てみましょう。僕のパテナとカリスも教皇様がミサで使ってくださいました。いつの日か日本の教会に持って帰れることを夢見ています。取り急ぎで失礼いたしますが、写真を送りますね。では皆様お元気で。

良い復活祭を迎えられますように。

田中裕人

~~~~~~~~~~~ 

 

最初の写真は、車から降りる教皇様を出迎える田中神父

 

祭服に着替えて歓迎の教区民に手を振る教皇様。人相の悪いセキュリティーの男たちがやけに目立つのは、残念ながらいつものこと。教皇暗殺の機会を虎視眈々と狙っている勢力があるという黒い噂が消えない以上、これもいた仕方のないことか。

 

教会の中と言っても、まるで体育館のような空間だ。

 

   

自分で絵付けした復活祭用のローソクを献上する田中神父。この手の絵を描かせると彼はプロの腕前を発揮する。

 

田中神父の個人のカリス(ミサ用の盃)でミサを捧げる教皇様。これも彼の生涯の宝物になるだろう。

 

 

彼の生涯の記念すべきツーショット。きっと「早く日本で宣教活動が出来るように計らってください」とお願いしたに違いない。日本の教会は召命の激減と司祭の超高齢化で牧者、宣教者不在の教会化が加速度的に進行している。一方では、日本で働きたい司祭たちが大勢、機会を待ちかねてうずうずしながら待機している。

 

息子の教会を教皇様が訪問してくださると知って、急遽ローマに駆けつけた田中神父のお父さんと叔父さん。息子を自らの手で司祭に叙階してくださった教皇様に、息子のことを末永くよろしくお願いします言ったのだろう。

 (終わり)

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★ 《復刻版》 「世界大会」

2012-03-10 07:03:14 | ★ 新求道共同体
谷口神父投稿 10/02/01   (ミニスライドショー)


《復刻版》新求道共同体、責任者チームの世界大会

 

古いブログのカテゴリー分類が乱れていたので整理していたら、また「封印」されている一篇を見つけました。気を使って自粛した一連のブログの一つです。今ならもう差し障りがないかと思います。東北の大津波とのつながりもあります。当時の記録には、

2010年ハイチ地震ハイチ時間2010年1月12日16時53分(UTC21時53分)にハイチ共和国で起こったマグニチュード (M) 7.0の地震。地震の規模の大きさやハイチの政情不安定に起因する社会基盤の脆弱さが相まり、死者が31万6千人程に及ぶなど単一の地震災害としては、スマトラ島沖地震に匹敵する近年空前の大規模なものとなった。」

とありました。日本のように素早い復興の期待できない世界の災害も忘れてはならないでしょう。




          キコさんの壁画の一部「キリストの顔」

 トムコ枢機卿(高松の神学校設立当時の元福音宣教省長官=中央)と2時間半に亘って、
 教皇様の粋な計らいで高松からローマに亡命した「日本のためのレデンプトーリスマーテル神学院」の来し方、
 行く末をゆっくり話し合った後、 アドリア海に面した夏の保養地ポルトサンジョルジオに向かった。



  
 冬の短い日はとっぷりと暮れ、着いた時にはもう夜だった。
 丘の窪地に突然カラフルな建物が現れた。これが、キコさんの設計による、通称「テント」だ。
 最初、この場所に数百人を収容できる巨大な円テントがあった。

 朝、テント前の芝生の向こうの白い家の後ろには、霞んではっきりしないが、アドリア海が見えている。



 テントは、昼の光の中では、着地した巨大なUFOの風情がある。

 その中では、百数十カ国の派遣先から帰ってきた新求道共同体の宣教チーム800人近くが集まって、報告集会を開いていた。
 800年前のアシジのフランシスコの藁屋根の集会を想起させる。そう言えば、キコはスペイン語でフランシスコのことらしい。

    
 集会をリードするのは新求道共同体の創始者、キコ・アルゲリヨ氏、私と同じ1939年生まれだ。

 報告はアジアから始まった。日本の事情は詳しく話された。日本の責任者は40年近くグレゴリオ神父だった。
 
 アフリカ、中南米、北米、中近東、ヨーロッパの一部のチームが相次いで現状報告と分析を行った。
 どこも問題のない地域はない。
 フリーメーソンが政治と社会を支配していて、宣教が妨げられている地域、解放の神学が教会を指導している地域、
 貧困、戦乱の国。アメリカでは性が乱れて、神学校まで汚染され、ホモの巣窟になって
 司教がお手上げになり、新求道共同体に校長以下の養成担当者の派遣を求めてきた例もあった。
 回教圏では、キリスト教徒を殺せば天国に行けると信じ込んだ殺人者からレデンプトーリスマーテルの神学生を守るため、
 政府軍の狙撃兵が神学校の建物を守る中、神学生たちは震えながらクリスマスの夜を過ごしたという話も聞いている。
 血の殉教は現実の問題なのだ。
 



 1月12日のハイチの地震のニュースが伝わると、肉親の死の報せを受けた旅人が、家族を葬るために慌ただしく集いを去って行った。

 1月16日にはバチカンの信徒省の長官リリコ枢機卿とイタリア人と、フランス人と日本人の司教たちと、
 75人の神学校の校長たちの 共同司式によるミサが執り行われた。
 かつて、この場所にあったテントの中で、バチカンからヘリコプターで飛来したヨハネ・パウロ2世教皇が行った通り、
 全てはバチカンの承認した新求道共同体様式で行われた。 正面の絵はキコの画いた壁画。

 香をたいてまず祭壇を清めるリリコ枢機卿

   
 アレルヤ唱をギターの弾き語りで歌うキコ

 
 800人に配るパンと葡萄酒の量は半端ではない。手焼きの種なしパンを裂く司祭は何時も大汗をかく破目になる。

 
 聖体拝領の間、キコの音楽集団の演奏に合わせて全員が歌う。
 前列左から二人目のヴァイオリニストは私と同期生のジャネスで、
 かつて旧ユーゴスラビアの国立放送管弦楽団の第一ヴァイオリンを弾いていた男だ。

 
 ミサの終りに祝福を与えるリリコ枢機卿。
 右側で頭を下げているのが「日本のための亡命神学院」の院長、平山司教(元大分教区長)。



 
 ミサが終わると、一同はキコの歌に合わせて祭壇の周りで輪になって踊る。
 メロディーもステップもユダヤ教の過ぎ越しの祭りのベラカに似ているという。

 
 空白のひと時、キコと平山司教とスリーショット。



 
 会議中に訪ねてきた地元フェルモ教区の司教と祈るキコ。

 

 休憩時間に日向ぼっこする日本の神学校関係者の一部。中央で司教と話しているのがグレゴリオ神父。
 私は影となって手を挙げている。

 


 
 11日間にわたる集いは、イタリア人の司教の司式するミサで締めくくられた。
 ヘッドフォンをつけた後姿は平山司教。

 


 ミサの最後のは何時もキコ達の音楽に合わせて踊りながら祭壇を取り囲む。



 キコ達は歌う。

 良く見ると、高松の神学校から移ってきた神学生のマヌエル君も、得意のファゴットで参加していた(左端)。

 

あれから2年。マヌエル君も立派な神父になり、ベトナムの宣教に旅立っていった。5月にはニューヨークのカーネギーホールで

キコのシンフォニー「無垢なものたちの苦しみ」のお披露目がある。私も行く。そこで会おう。


(おわり)

 

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