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モスクワの出会い=パソコン盗難事件の遠因? (完)
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話は前後するが、私たちはクラカウの宿を、古い大きな館(居城)に取っていた。それは、共産革命以前は貴族の領地の中にあったが、ソ連政府に接収されたもので、プーチンの時代になってから、その貴族の子孫によって買い戻され、元の姿に再建されつつあるものだった。建物は壮麗で庭園は広大、食事も悪くなかったが、寝るためのベッドがない。夜は110人が男女に別れて、大広間や廊下に寝袋を敷いて潜り込むことになる。
この館での最後の夕食は、屋外のワイルドなバーベキューとビールの飲み放題だった。若者たちの宴は深夜にまで及んだだろうが、私は、その夜激しい下痢に襲われ、夏風邪の咳もぶり返して、最悪の状態で早々に横になった。
翌朝は、その地方で最も古いと言われる教会に巡礼した。(いつもは、絵日記代わりの写真を頼りに、日時や場所、出来事まで詳しく再現できるのだが、今回はカメラをメモリーごとやられたので、不確かな記憶に頼るほかはない。)
さて、その教会に一つのマリア様の石の胸像(いや、絵だったかな?)があった。アーカイックな微笑みをたたえたマリア様だった。
ガイドさんの話を受けてG神父は、「このマリア様にお願いごとをすると、必ず叶えられるという言い伝えがある。だから皆さんも3つのお願いをしなさい。一つは〇×のため、二つ目は×〇のために願いなさい、そして3つ目は皆さん自分の個人的願いを頼んでください。」といった。
若い巡礼参加者の幾人が、そのような誘い(チャレンジ)に反応し、本当に叶えられると信じて真剣にお願いをしたかは知らないが、私の心にはむらむらと挑戦心が芽生えた。「そうか。もし本当に叶うというのなら、信仰をこめて一つお願いしてみようではないか。」そして、心の中でつぶやいた。「マリア様、もし思し召しに叶うなら、どうかテレジアの足を癒して、教皇フランシスコの野外ミサの会場まで歩けるようにしてやってください。彼女はこのためにこそ、このきつい巡礼に参加したのですから。」
そして、よせばいいのに「もし必要なら、その代償として私から何かをお取り上げになってもかまいませんから」と、余計なことまで付け加えた。
その時の心境をいま思い返すと、言い伝えを心から信じて願ったら、それが文字通り叶えられることをこの目でぜひ確かめたい、という強い衝動を感じたことは確かだった。
わたしは、ロシア、ポーランド各地の巡礼を、この教皇ミサの300万人集会という一大絵巻に向けて心身を高揚させる準備と考えていた。だから、かわいいテレジアには是非そのクライマックスを体験させてやりたいと切望した。
だが、人間的に考えれば、今のテレジアが教皇ミサの前夜祭に向けて10キロ以上の行進に耐えることは不可能で、それを強いるのは無謀と思われた。だから、彼女の足が突然治って参加出来たら、それはちょっとした奇跡ものだと思った。G神父は彼女のために一夜の宿を密かに手配していた。
そして、いよいよ300万人集会に向けて行進する朝を迎えた。総責任者のG神父はテレジアを呼び、「あなたのために今夜泊まる宿は準備されています。無理しなくてもいい、安心して休みなさい」と告げた。(行進が始まってから途中で彼女が落伍したら、110人の行動全体が大きく影響を受ける。彼女のために大会に参加できなくなる人間が出るし、全員の現地到着も確実に遅れるという計算が引率者の頭にあるのは見え見えだった。)
すると、意外にも彼女は、「いいえ、私は行きます。その日のために私は巡礼に参加しました。」ときっぱりと言った。私はそばにいてその心意気に感心した。「でも、足は?」との質問には、「よくなりました。大丈夫です。」と言う。
見ると、腫れは退き、触っても痛みを訴えなかった。G神父は、「最後は自分で決めてください」と突き放し、責任を取ろうとしなかった。
私は内心「やった!マリア様、あなたは私の願いを叶えてくださいましたね」と言って感謝した。だが、その代りかどうか、下痢と咳と痰はますますひどくなり、鼻水も流れっぱなしで、ついに私は参加をあきらめることを余儀なくされた。「マリア様、これがあなたの求められた代償ですか?でも、彼女が参加できることになったのだから、甘んじてそれを受けます。」と言った。しかし、よく自分の内面をのぞいてみると、「彼女にとっては初めての体験だが、私はもう何度も野宿や教皇ミサは経験している。老骨にきつい野宿をするよりも、病気と言う大義名分に甘えてベッドに寝て、集会にはテレビで参加する方が実は楽チンだ、というずるい本音もあった。」そして一行がバスに乗り込んで行進の起点に向かう前に、テレジアが泊まるはずだった宿に、代わりに私が向かうことになった。きつい野宿は性に合わないと言って、初めから宿に泊まることに決めていたA神父が一緒だった。
私はその夜、清潔で柔らかなベッドに入ったが、激しい下痢で一晩中何度もトイレに立った。
明けて、朝食をとりながらテレビで教皇の300万人ミサを見た。テレジアは無事この群衆の中にいると思うと嬉しかった。
ミサの後、A神父と私は昨日皆と別れた場所に向かった。一行は会場から遠く離れたバス溜まりまで徒歩で戻り、そこから私たちを拾いに来る手筈になっていたからだ。そこにはガソリンスタンドがあり、道を隔てた向かいには木々と緑の芝生の公園風の広がりがあった。我々は人気のないその静かな場所でのんびりと陽を浴びながらバスが着くのを待った。
1時間待った。2時間待った。3時間待っても何も起こらなかった。一人なら心配になっていろいろ手を打つところだが、A神父と一緒で、彼が連絡役だったので、任せて待つことに徹した。心地よい太陽とそよ風の中、下痢でろくに寝ていなかったのも手伝って、つい、うとうとしてしまったのだった。
そして、あの置き引き事件と、天使によるパスポートの返還があった。(二つ前のブログを参照のこと。)
4時間ほど待ってやっとバスがやってきた。会場ではいろいろあったらしい。野外ミサで二人の女の子が脱水症状で倒れ、救急処置がとられ、点滴を受けている間、110人がじっと動かずに待っていたらしい。
テレジアはすがすがし顔で私の隣の席に戻ってきた。
二つの解釈の可能性
① 私はマリア様にテレジアの足を治して下さいと願った。また、よせばいいのに、そのかわり必要なら私から何かお取りになってもいい、とも言った。
彼女の足は一夜にして長距離を歩けるところまで回復した。そして無事300万人集会に参加することができた。代わりに、私は下痢とぶり返した風邪で参加できなかった。さらに、公園でパソコンとカメラを盗られた。しかし、盗られたパスポートと国際運転免許証は戻ってきた。
これらはそれぞれ互いに無関係に自然に起こったことで、マリア様に願掛けしたこととは何の関係もない。マリア様が願いを叶えることなど有り得ない。迷信に過ぎない。天使がパスポートを届けに来たなんて、愚の骨頂だ。
私自身の中に、この意見に賛成する部分がある。
② しかし、別の解釈もある。マリア様は私の願いを聞かれた。そして、願い通り、あの朝彼女の足を癒して下さった。だが、私がマリア様に挑むような、或いは神を試すような「奇跡をおこなう条件として私から何かをお求めなら、どうぞお取りになって下さい」みたいなことをつぶやいたのを、神様はしっかり聞き咎められて、私が下痢を起こして身代わりに参加できなくするだけでは足りず、私が中毒になっていたインターネットとパソコンに加えて、玩具のように愛着していたカメラをお取り上げになった。それこそ金銭的損失を伴う厳しいお咎めだった。
私の髪の毛の数まで知っておられる神様は、私の心の奥の不遜な思い、わずかな不純な動機までしっかり見抜いておられた。「そして、アイタタ!ゴメンナサイ、私が悪かった!」と思い知らされるやり方で、お咎めになった。しかし、パスポートは天使に託して届けさせ、後半の旅まで台無しになることだけは勘弁して下さった。実に絶妙な采配ではないか、と舌を巻く。
私はテレジアと出会わなければ、教皇ミサに参加し、芝生で置き引きに合わなかったに違いない。不思議な因縁を感じる。
〔教訓〕
汝、神を試みるなかれ!