:〔続〕ウサギの日記

:以前「ウサギの日記」と言うブログを書いていました。事情あって閉鎖しましたが、強い要望に押されて再開します。よろしく。

★ このままでは明日の日本は香港並みか?

2020-07-15 00:00:01 | ★ 日本の社会

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このままでは明日の日本も香港並みか?

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密かな電話盗聴。スマホのSMSやパソコンメールの監視。ブログの検閲。など、プライバシーにかかわる情報がどんどんチェックされ、削除されていく。日本の社会は既にそういう怖い世界になっているのか、と背筋の寒くなるような名誉な事態が、ついにわが身にも起こった。

今朝、ブログの編集画面を立ち上げたら、上の方に見慣れない赤い文字が並んでいた。何気なく目を落とすと:

アフィリエイト、商用利用、公序良俗等の規約違反により、又は、法令上規定された手続により現在、1件の記事を公開停止させていただいております。

  • 該当記事を確認する

記事の再表示をご希望の場合は、該当箇所の修正(テキスト・リンク・画像削除等)をしていただき、gooID・該当記事URLを明記の上、info@goo.ne.jpまでご連絡ください。修正の確認が取れた場合のみ、再表示いたします。
非表示理由は上記「該当記事を確認する」をクリックするか、ブログが表示されなくなったらをご覧ください。

とあった。

グーグルによって「公開停止」の処分を受けた記事を自分で読み返してみたが、テキストの内容に公序良俗や法令に触れるような不適切なものがあったと思い当たる箇所はなかった。ではリンクだろうか。しかし、問題の記事にリンクは一つも存在しない。では、画像だろうか。画像としては写真が4枚貼りつけられているが、もしかしてそれが原因なのだろうか。まさか!

法令上規定された手続により非表示にした理由は「ブログが表示されなくなったら」をご覧ください、とあるので、そこをクリックしたら、驚くなかれ、全4章60条、各条に1~11項、平均4~5項として、合計250項以上の長大な規定が延々と続く。いずれも表現は抽象的で、私のブログの何がどの規定に反したために公開停止処分になったのか、ちょっと目には全く見当がつかない。

私は、卑屈になって、処分側の意向を忖度して、当たり障りのないテキストに書き直してまで、ブログの再表示の許可を求める気はない。よく見れば、2017年7月8日にアップした古い記事で、今頃公開停止処分を受けても何の痛痒も感じない。多くの人に読まれてすでに過去のものとなったブログではないか。

ただ、私のブログの愛読者の皆様には、どんなブログが公開停止処分の対象になったのかを知っておいていただきたいとは思う。皆さんの目から見て、なるほど、それは仕方がない、という内容のものと判断されるか、あるいはこの処分は理由が分からないと思われるか、改めて読んで判定していただきたいと思った。

それで、取り敢えず写真が問題であったかもしれないという想定の下に、そのブログで使用した4枚の写真は削除して、再表示としてではなく、新規のブログとして、類似の論旨をあらためて構築してみようと思った。

 

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1位は本当に癌なのか? 日本人の死亡原因

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私は或る目的でインターネットを検索中に、偶然一つの漫画と出会った。

「透明なゆりかご」 沖田X華(おきたばっか)著(15巻)

 

【ここに一枚目の写真を入れよう】

(マンガ透明なゆりかごの表紙を私が写真に撮って貼りつける)

 

副題に「産婦人科医院 看護師見習い日記」とある以外には著者情報のない謎の女性マンガ家の作品だ。

日本では、中卒で准看護学校に入ったものは高卒の年齢で准看護士の資格を得て医療の現場に入ることが出来る。正看護師より一段低く見られながら医療の現場の底辺を支えているのだが、正看より実技に長け、医師や正看の上からの目線が見落としている看護の現場の現実を赤裸々に見つめている者も少なくない。バッカ嬢はそのような女性の一人なのだろうか。

個性的と言えばそれまでだが、この稚拙な絵のマンガの第1巻は215万部突破、第2220万部、34巻と続いて、第5巻に至っては260万部突破と、その売れ行きは半端ではない。俗物の計算だが、1400円の本の印税が40円とすれば、第5260万部のX華嬢の収入は単純計算で1400万円、シリーズ全5巻で合計約5億円になる?まさに「たかがマンガ、されど・・・」と言う他はない。

ではなぜこの漫画がそんなに売れるのか?それはバッカ嬢の堕胎の現実に対する優しい、暖かい、前向きの視点が、日本全国に何百万といる堕胎経験女性のハートを捉え、良心の疼きに触れたからではないだろうか。

 

【ここに第2枚目の写真】

羊水の中の生きる胎児の平和な横顔。親指を口で吸っているように見える。

(この種の画像はどこにでもある。どこから借用した写真だったか記憶しないが・・・)

 

 准看護士バッカさんの語録をいくつか拾ってみよう。

〇 不思議だ、毎日中絶している場所なのに新しい命が生まれるんだ。(1P.21

〇 産婦人科って毎日が喜びにあふれている場所だと思っていた。このバイトをするまでは。(同P.26

〇 「ねえ、見える?あれが外の世界だよ。山バッカだけどキレイでしょ」バラバラにされた胎児の残骸に山の景色を見せてやる場面)

〇 ムダなことと分かっていたけど、日の光も見ないで暗い所に入れるのはかわいそうだったから・・・そして、いつものようにお別れを言いながら棺を持って歩く(業者に火葬のために渡すまで)P.2526

〇 マニュアル通り流産、中絶した胎児の処理をする、これが私の仕事だった(同P.79) 

〇 男は逃げることが出来るけど 女は 全て背負わなければならない たとえ心の準備が出来ていなくても・・・(同P.87

〇 (堕ろされた)胎児はエタノールにはいると鮮やかな朱色になって光り輝く(同P.98

〇 何もしゃべれないのに・・・その存在だけで人の命を救うなんて 赤ちゃんてすごいなあ 生きようとする力で みんなに希望を与える 赤ちゃんは「生きるかたまり」 命そのものなんだ・・・(2巻P.24) 

〇 (捨て子) よくぞ この子を殺さず 捨ててくれたと思った この子は 置き去りにされたから 生き残ることが出来たって・・・ 逆に親に感謝したい気持ちになった・・・ きーよしー こーのよーる ほーしは ひーかりー 3巻P.66

〇 命に代えてもやりとげたいことって 人生にどれぐらいあるんだろう

  「子供を産むこと」は そのひとつかもしれない(同P.99) 

〇 何故「透明な子」は出来るのだろう

  一度「透明な子」になったら子供達には過酷な運命が待って居る

  でもその中で子供は 色々な夢や希望を思い描き

  必死で自分が絶望に引き込まれないようにしている

  その願いが届きますように 救われますように 少しでも幸せになりますように

  私は祈ってしまうのです。(4P.40) 

〇 授かった命には死産でも中絶でも皆意味と役割がある5巻表紙)

 

では日本の中絶件数は公式統計ではどうなっているのだろうか。(公式統計に表れない数はどれほどだろうか?無視していいほど少なくはないはずだが・・・)

国の統計が把握した日本人女性の中絶件数は、 1955年 117万件 だった。

件数は減少に転ずるが、その後も6年間は100万件の大台を維持した。

100万件を割ったのは                1962年 98.5万件

1963年以後も中絶件数は減少を続け、      1993年 38.7万件

何故1993年の数字が大事かと言うと、それはこの年の妊娠中絶件数が最近の日本の死亡原因第1位とされるの癌による死亡者数、37.0万人を超える最後の年だったからだ。つまり、1933年以前の日本では、常に堕胎が日本人の死亡原因の第1位であって、癌は2位だったことを意味する。

人は言うかもしれない。胎児は人間には数えない、出生して初めて日本人の数に入る、と。もしかしたら、あなたもそう思っている一人かもしれない。しかし、沖田X華(おきたバッカ)著のマンガ「透明なゆりかご」を密かにむさぼり読んで涙した大勢の中絶経験者の女性たちは、その意見に同意しないだろう。 

因みに、最近の厚生労働省の統計「日本人の死亡原因」201662日)によれば、その順位は:

           癌    28.7%  37.0万人

        心臓病 15.2%  19.6万人

          肺炎   9.4%  12.1万人

          脳卒中  8.7     11.2万人

          老衰   6.6%    8.5万人

          事故   3.0%    3.9万人

          自殺   1.8%    2.3万人

          その他 26.6%  34.3万人

となっている。 

もし、老衰、事故、自殺が日本人の死亡原因の中に数えられるのなら、老人以上に弱い立場にある無抵抗の胎児の他殺(しかも母親の決断による)はどうして死亡原因として挙げてはならないのだろうか。

堕胎した女性はそれが9週目であれ、それ以前の小さい命であれ、自分が堕したのは紛れもない自分の子供であり、一人の人間であることを本能的に知っている。

 

【ここに第3枚目の写真】

片腕と頭部と右腕がちぎれて横に置かれ、首のない胴に続く股は大きく開いてお腹からは太くねじれたヘソの緒が長くくねっている。思わず目を背けたくなるような写真。

【続いて第4枚目の写真】

胴のところで上下真っ二つにちぎれ、胸には左腕、右腕と頭部は別々に離れ、部位の分からない肉塊と共にバラバラになった胎児の写真。

いずれも堕胎の際に掻把で破壊され殺された胎児の無残な姿だ

(この2枚ともアメリカのカトリック司教協議会傘下の反堕胎運動 “Prolife” の日本版「プロライフ」のクレディットの入った写真だ)

この2枚の写真を見ていただきたい。アウス(掻把)されてズタズタになった命のカケラをガラスのシリンダーに集めるのも、准看護婦見習いバッカちゃんの毎日の仕事だが、業者は病院を回ってそれを集め、マニュアル通り火葬に付す。と言うことは、日本の社会もそこに人間の生命の尊厳を認めている証拠ではないだろうか。 

胎児も500グラムほどになると、野蛮な掻把の対象とするのは母体に危険なのだろうか。人工的に強制分娩で取り出すが、呼吸して弱々しい産声を上げるのもいるそうだ。放置すればすぐ死ぬとしても、その気になれば、今の医療は滅菌保育器の中で未熟児として生き永らえさせ、哺乳して育て上げる技術を確立している。だから出生前の胎児は人間ではないと強弁することにはどうしても無理がある。だとすれば、堕胎もれっきとした日本人の死因の一つだと言うほかはない。

では、かつて日本人の死亡原因のトップだった堕胎の直近の数字はどうか。2009年には22.3万件だったが2017年は約20万件だそうだ。つまり、癌に次いで第2位、そして、心臓病19.6万人が第3位でそれに続く。

ふーん、今はそういうこと。堕胎が1位でなくなってひとまず良かったね、と妙な安ど感で話はお終いなのだろうか。バッカちゃんの「透明なゆりかご」はそこまでで一区切りつけて、それ以上追及していない。

と言うことは、過去はともかく、やはり今日の日本の死亡原因の第1位は「癌」の37万人と言うことか。そして第2位が「堕胎」の20万人、第3位が「心臓病」の19.6万人・・・と続くのだろうか?それでは当たり前すぎて、このブログ面白くもなんともないことになってしまう。それでいいのか?いいわけがない!

私はこの際、乗りかけた船で、なお隠されている真実に向き合わずにはいられないのだ。だから・・・(私はこの後2回にわたって、ブログを通して、どっこいそうではない、やはり堕胎が1位だという話を展開した。)

(続く)

さて、ブログ愛読者の皆さん。上の記事を見てどう思われましたか。これのどこが公序良俗に反し、あるいは法令に触れる「公開停止処分」に該当するのでしょうか。「1位は本当に癌なのか? 日本人の死亡原因」という設問自体が厚生省かどこかの意向に沿わなかったのか。さもなくば、ただ出典不明の写真(羊水の中を漂う胎児)が一枚混ざっていたことが法に触れたのか。写真を外して再構築したこの新しいブログが、再び「公開停止処分」を受けるかどうかで、問題の本質が消去法的に明らかになるのではないでしょうか。

なお、2017年7月21には「日本人の死因はやはり癌ではなかった」と、同年7月25日には「=反響=癌は死因の第1位ではなかった」という二つのフォロー記事が今も「公開停止」処分を受けずに残っているので、興味のある方は併せてご覧ください。

 

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★ 清水の女次郎長さんをご紹介します

2020-05-13 11:59:52 | ★ 日本の社会

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清水の「女次郎長さん」をご紹介します

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清水港と言えば次郎長親分。そこに「女次郎長」を名乗る女性がブログに挑戦されました。老ウサギのわたし(80才)よりお姉さま。驚異的学習力。ご自身、まだ手探り状態ながら、これからの問題提起から目が離せません。

社会的問題意識の高い アネゴ のこれからの活躍を祝福し見守りたいと思います。

次郎長 アネゴ のURLは: 

https://blog.goo.ne.jp/yuki9693

  (  これをクリック )

ブログのタイトルは:

「清水女次郎長の想い」

です。

どうぞ、ご贔屓に!よろしくお願いいたします。 

 

 

 

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☆ 決して起こしてはならない悲劇

2019-08-10 00:05:00 | ★ 日本の社会

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決して起こしてはならない悲劇

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皆さん、この美しい木造ゴシックの教会をご存知ですか?

 

 

ああ、最近ユネスコの 世界遺産」に登録された長崎の教会群の一つでしょう?

ピンポーン! アッタリ―!!・・・と言いたいところですが、

ブー!! ハズレ―!!です。

では、フランスの片田舎の教会?

ブー!! 残念!それも ハズレー!!です。

では何処の?

答えは、

日本の本州、静岡市、清水区 にある教会です。


 


 

ユネスコの世界遺産に登録された長崎県の教会群に比べれば、やや新しく、教会建築としては日本最古の 国宝 大浦天主堂より70年ほど後に建築されたものですが、同じくフランス人宣教師の手により、キリスト教を迫害した徳川浜御殿の跡地に建てられた、小さいが、大変美しい建築で、静岡市当局からは重要な「文化遺産」の筆頭として評価されているそうです。あと70年だけ大切に保存され歴史の過酷な運命を生き延びれば、今の国宝大浦天主堂と同じ古さを誇る貴重な、掛けがえのない文化遺産の仲間入りができる計算になりませんか?

また、第2次世界大戦中に爆撃や艦砲射撃を奇跡的に免れ、焼け跡にポツンと生き残った聖堂に、傷ついた市民たちがたくさん駆け込み、宣教師や医師たちの看護を受けて生き残った人たちも多く、町の人たちによって「戦争記念物」として記憶され、市民が子供たちを連れて 平和教育 のために見学に訪れている教会でもあります。

 

 

聖堂は、戦火で焼け野が原になったこの清水の街で、奇跡的にポツンと焼け残っていた。

 

維持・補修のお金があればこの歴史的、文化的、芸術的に高い価値のあるこの教会を救うことができるのではないかと考えたある信徒が呼びかけて、たった一か月の間に 1300万円以上の寄付・募金 を集めました。そのまま続けることが許されていれば、もっと多く集めることも可能だったでしょう。

また、聖堂の存続を願うカトリック信者でない清水の一般市民有志たちが、これも、短期間に 約8000人の「保存請願」の署名 を集めたという事実もあります。「民の声は天の声」(Vox popoli vox Dei) という古い言葉があるではありませんか。

私は後世の歴史家の評価に思いを致すとき、この聖堂はぜひとも保存されるべき価値があると考えざるを得ない者のひとりです。壊すのは簡単です。更地にしてそこに使い勝手のいい新しい教会を建てるのも簡単でしょう。しかし、神様がせっかく戦争の破壊から護って残してくださったこの貴重な遺産は、一度人間の手で失わせてしまったら、後悔しても、もう二度と元には戻せません。歴史は、この教会の保存を認めた思慮深い指導者の英断を末永く賞賛するに違いないのです。

理性を使い、知恵を絞れば、相容れない全ての要求を満たす、なにか円満な解決方法が必ずあるはずです。静岡市の専門家は、調査をして、現状を保全しながらの耐震補強工事を行うことは技術的に可能である、という評価を下したというではありませんか。予算的にも手の届かないほどの額ではないと聞いています。

それならば、あとはお金の問題だけです。新しい教会を建てる費用はどうせ必要なわけでしょうから問題ではありません。それなら、今の教会の解体費と更地にするために必要な資金で近くに新しい土地を求めー無論それだけでは足りないでしょうからーその足りない分は募金して集めればいいでしょう。今ある貴重な美しい歴史的建物は、市の「文化遺産」としての指定を受け容れ、公的補助も得て、耐震補強をほどこし、足りない費用は一般市民の協力でまかない、それを教会は今後宗教行事の場として使わないというのであれば、市民一般に開放されたスペース、戦争の記念碑、平和のシンボル、講演会や音楽会などの多目的空間として、官民協力して末永く活用していけばいいではありませんか。すべての要求が満たされ、教会は救われる、ウイン、ウインの円満な解決策が必ずどこかにあるはずだと思いませんか?大浦天主堂だって、宗教儀式の場は新しく建てた教会に譲って、今は保存され、拝観料を取って一般公開され、教区財政を救う立派な収益源にになっているではありませんか。

中・長期的にみれば、十分採算の取れる先行投資になることを、元国際金融マンだった神父は保証できるような気がします。

しかも、この建物は、ただ黙って存在しているだけで、「福音宣教」の効果的な役割も演じると言うものです。それは一石二鳥も三鳥もの利得を産むこと間違いなしです。戦後に建った100ある平凡な新築教会と同列には決して語ることのできない、圧倒的な存在感を示しつつそこに立ってているのです。

私は、偉そうなことを言うばかりで、何も効果的な協力が出来ない自分の非力を恥じています。だから、せめて、知り得た限りのことをまだ知らない人々に伝えなければ、という衝動に駆られて、このブログを書きました。読者の共感と、反響と、速やかな情報拡散を期待しています。

 

 

書き終えて、今日の聖書の第1朗読を読みました。それは、たまたま次のみことばでした:

皆さん、惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです

( 使徒パウロのコリントの教会への手紙 ② 9・6-10 「喜んで与える人を神は愛してくださる」)

 

尚、こんなリンクもあります:

https://www.change.org/p/ローマ教皇フランシスコ聖下-カトリック清水教会聖堂の永続的な保存活用を求めます もっと見る

 

(終わり) 

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★ 「透明なゆりかご」 NHK 連続ドラマ化

2018-08-17 00:35:29 | ★ 日本の社会

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「透明なゆりかご」 NHK でドラマ化さる

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主人公沖田X華

ちょうど1年前、私は沖田X子のマンガ「透明なゆりかご」についてブログを書いた。

私のブログの題は:

  「一位は本当に癌なのか?日本の死亡原因」 (2017.07.08)

https://blog.goo.ne.jp/john-1939/e/25dd3f6e36d84d8d23a80b4766d02423

  「日本人の死因の第一位はやはり癌ではなかった!」 (2017.07.21)

https://blog.goo.ne.jp/john-1939/e/12859ece22fe910cd8b6ef95ac6aeb1e

  「=反響=癌は死因の第1位ではなかった」(2017.07.25)

https://blog.goo.ne.jp/john-1939/e/40324311d1c44cbbca6dde62fb45af5f

 

全てはマンガ「透明なゆりかご」からヒントを得たものだった。 

マンガ「透明なゆりかご」vol 1-6 

 それを、一年遅れてNHKが取り上げた。

どうやら、この「産婦人科医院 看護師見習い日記」に注目し、ブログに取り上げた私の目に狂いはなかったようだ。

 https://www.nhk.or.jp/drama10/yurikago/

今現在webサイトには関連の記事があふれている。一見をお勧めします。

NHK総合テレビ毎週金曜日夜10時

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★ =反響= 癌は死因の第1位ではなかった! 

2017-07-25 00:23:03 | ★ 日本の社会

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=反響= 癌は死因の第1位ではなかった!

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私はこのテーマを2回で終わるつもりで書いた。しかし、付録として、以下のコメントだけは読者の皆様と共有しようと思いなおした。 

 

Dさんから:

谷口神父様

M神父さまは、この世に生を受けることのできなかった魂(流産・死産も含め、中絶によりこの世に生まれることのできなかった魂)のために祈りなさい、そして誰にも祈ってもらえず、忘れ去られている者のために祈りなさい・・・と・・・。

確かに日本の社会が狂ってきたのは、堕胎天国となってからだと思います・・・

40年前、宮城県で、ある有名なプロテスタント信者の奥さんが産婦人科医院を経営しておられ、そこで働いた経験のある、看護師さんと知り合いました・・・。奥さんもクリスチャンだと思うのですが、そしてとても優しい、婦人科医の先生でしたが、そこで行われていることは、口にするのもおぞましいことだったそうです。

届け出に必要な月数に足らない胎児は、袋に詰められ、業者に引き渡すのです。うそかほんとうかわかりませんが、豚の餌として業者は引き取るのだと当時聞きました!!!

あまりのおぞましさに背筋が凍りました!!!とても素敵な詩を書かれる奥様が???この世の光と闇・・・聖と俗・・・究極の対比を見た気がしました!!!

(谷口)40年前と今は違うかもしれない。しかし、この話、もし本当だったら、レストランで食べた豚肉料理は、そういう飼料で肥え太った豚の肉だったかもしれない。国を挙げてのカーニバリズムではないか。

Eさんから:

結婚して息子が生まれ、育児雑誌を読んでましたら、読者の投稿欄に「妊娠がわかったとき、電子レンジが欲しかったので、出産かレンジを買うか悩みました。でも結局産むことにしましたが、レンジに未練があり、産まれた子にレンジと名付けました」との投稿が載っていました!!!

あまりに軽い命・・・神様が一人ひとり魂を込めてお造りになったであろうに・・・神父さまのおっしゃる通り、このつけをこれから払わねばならないでしょう!!!蒔いた種は刈り取らねばなりません!!!

怖ろしいことが待っている時代だと思います・・・

経済的理由で堕胎が許される、と言う日本の制度(母体保護法14条)は、命よりお金が大事と国家が正式に認めたのと同じ事だ。その国では、お金の神様に魂を抜かれて、物欲と消費癖に毒された人間にとって、命はいかに軽いものになるか。胎児であれ、肉親であれ、他人であれ、殺人が横行するのはそのためだ。その先に、若い兵士の命よりも富を優先する国家ぐるみの犯罪、戦争がある。日本は確実に戦争をする国になりつつある。

Fさんから:

谷口 幸紀神父様

バッカさんの「透明なゆりかご」、全5巻を購入して、息もつかず読ませていただきました。生きられなかった子どものためにバイトのバッカさんがお日様を見せて歌を歌ってあげて、祈ってあげるという優しさ。

バイトさんにそんな仕事をさせる医師も医師ですがバッカさんがあまりのむごさに3日でやめるにいたらなかったことが奇跡です。

今、職場の女性の間を回し読みが始まりました。23歳の准看護師さんは、今日勤務があるのに泣きながら午前3時まで読んでいたそうです。

私たちは、他人様の命のギリギリのところによく立ち会うのでバッカさんが見せてくれたようなエピソードは見聞きしているわけですが、知りえたことは口外しません、というモラルによりなるべく記憶からはずしているのですね。

モラルと言う美辞のもとに見え隠れする、声をあげさせない隠蔽社会体質。バッカさんはそれに立ち向かった。

「たかがマンガ、されどマンガ。」この「透明なゆりかご」5巻は、各巻200万部以上、合計1千数百万冊売れとことになっている。純文学の世界で10万部も売れればベストセラーの日本社会で、これが直木賞や芥川賞なら、テレビのモーニングショーで各局大いに盛り上がっただろうに、国家的恥部とあっては、どこも腰が引けてしまって取り上げない。しかし、マスコミから完全に無視されても、1000万部売れたという空前の部数はこのテーマが国民の(特に日本の女性たちの)良心に棘のように刺さった重い問題と直結し、それと正面から向き合ったものであることを明らかに証明している。

Gさんから:

エイズや梅毒などに対処するのに器具などが推奨されたりしますが、JCNA(日本カトリック看護協会)の前会長城麗子は、根源的な予防策は「十戒」(汝、殺すなかれ、etc.)だと看破されました。

しかし、カトリック信者の会員にさえその大切さはなかなか伝わりません。

人を裁くのでなく自分も含めて申しますが現代人は、神のみことばを割引して聞く癖がついているのでしょう。

人並みの生活が送れる限りにおいて信じているのです。

 「透明なゆりかご」が広く真剣に読まれることを祈ります。

カトリックもプロテスタントも仏教徒も無神論者も、皆押しなべて出生率が1.4あたりを低迷していると言う事は、どの宗教の信者も平等にこの犯罪の加担者であることを如実に物語っている。

もう40年近く前のことになるが、私には兄貴分に伊藤義清というプロテスタントの牧師さんがいた。ある日、飲み屋の屋台に並んで腰かけ、水子地蔵の話に及んだ。

義清氏「仏教はいいよな!水子地蔵で堕した親の良心は救われるのだから。カトリックも真似してやればいいのに。儲かるしね!それとも、神父に告白すれば許されるから要らないのかな?説教の時に信者に告白を勧めればいいね。」

私「懺悔すれば確かに赦された気になるが、この便利なシステム、果たしてみんな有効に利用しているのだろうか。プロテスタントではどうするの?」

義清氏「プロテスタント信者の間では、表向き誰もこの手の罪は犯していない義しい人々の集まりと言う事になっているから、牧師も信者も一切それには触れないタブーになっている。」

我々みんな、罪を犯して楽園を追われたアダムとエヴァの末裔なのに・・・

カトリック教会は、この闇に住む日本人に神の赦しと、癒しと、課題に正しく向き合う勇気と力と恵みをもたらすものにならなければならない。それでなければ、教会は「味を失った塩」(マタイ5章13節)として、道端に捨てられ、足で踏まれるべきものとなる。 

(完)

 

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★ 日本人の死因の第1位はやはり癌ではなかった!

2017-07-21 00:04:23 | ★ 日本の社会

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日本人の死因の第1位はやはり癌ではなかった!

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前回のブログは予想通り大きな反響を呼んだ。特に、ご婦人方からの反響には重いものがあった。その一部を投稿者の了解を得て、匿名で紹介する。

まず、Aさんより:

谷口 幸紀 神父様

 このたびのブログ、ずっしりとこたえました。

「沈黙」どころではありません。

これこそが日本で日常のなかで行われている殺人です。

マザーテレサは「母が胎内の子を殺すなら、どうして世界から戦争がなくなるでしょう?」とおっしゃったそうです。

私の知人は、ある病院で看護教育を受けたのですが、実習先の保健所長から、もう立派に体ができている赤ちゃんの頭と手足を切り離して母の体から引っ張り出す話は聞きました。(法律で)殺人に問われないギリギリの月齢までに行うのだそうです。

昨今、むごい殺人がたくさん報じられますが、私は、闇の中で日常的に行われたことが、たまたま明るみに出たにすぎない、ということではないかと思っています。

  Bさんの証言:

(病院で)働きだしてから、先輩や同僚が、罪の意識は表現せずに中絶した体験を語るのを聞きました。ひとのいのちを守る仕事をしながら、胎内の子は殺す?私は、それこそが「精神分裂」だと感じました。でも親の生活を脅かす子は殺すのが普通でした。

そして、「それは人殺しじゃないの?」という問いかけは公にも、友人にもしていません。(それは日本の社会ではタブーのようです。)

私自身、7回妊娠したうち2回、仕事を優先して無理したために流産してしまいました。殺したのでなく、死なせたのだと思っています。その子らは、ほんの小さな状態でしたので庭に埋めました。

その後、40代半ばに入って双子を妊娠中、まわりに「もう無理だからやめなさい」と言う人がいましたが、やめるってどういうことよ?とけんかして1年間絶交しました。その子たちは元気に生まれ、6人とももう成人しました。

聞くところによると、ある大手の新宗教の団体では、水子、つまり生まれられなかった子供のために熱心に祈るので、婦人の信者さんが多いそうです。その祈りはきっと切なるものでしょう。

キリスト教の教会にも体験者はおられるでしょうが、そういうことにはふれません。人の傷に塩をぬることになるからでしょうか?(それとも、キリスト教徒は人を殺さない建前なので、言えないのでしょうか?) 

 

さり気ない上の証言には限りない重さがある。さて、次はCさんの投稿:

谷口様

 私のコメントが何かお役にたてれば幸いです。

戦争で亡くなる人数どころではない数の命が殺されている、この問題は地雷原みたいで、一歩踏み入れると自分の手足が吹っ飛ぶことになるかもしれませんが・・・。だれも自分の罪と向き合いたくはないでしょう。

知人の両親は五島のキリシタンの末裔で、赤貧の中で11人の子を育てました。親にできたのは中学校卒業までで、あとは社会に放り出す。この、赤貧に耐えるのが現代ではむずかしいのですね。経済的理由が、中絶の許可条件になるのです。(C子)

こうした一連の証言から見えてくるものは何か?

病死や、老衰や、事故や、自殺の場合は、医師の死亡証明書が発行され、火葬が行われるから、その実数を積算した統計の誤差は極めて小さいと考えていい。それに対して、Aさんがそっと庭に埋めた自然流産の子の例のように、堕胎の場合にも、どこにも届け出られず、闇に葬られ、統計の中に数えられないケースが圧倒的に多いのではないかと思われる。

 

前のブログで紹介したバッカさんの場合は、堕胎された胎児は、7~8週の極めて小さいものでも、一体分ずつガラスのシリンダーに入れて業者に渡し、死者として荼毘に付していたようだから、役所に報告が上がっているかもしれない。しかし、下の写真の場合のように、何体分も雑然と黒いビニールの袋に詰めて一般廃棄物として闇から闇に処分されていくものの数も決して少なくないのではないと思われるが、それらは統計には全く反映されないのではないだろうか。堕胎の実数を正確に言い当てることは出来ないが、調べているうちに、統計の数字は氷山の一角にすぎず、闇に葬られた命ははるかに多いらしいことだけは、はっきりと見えてきた。

建前としては、12週以上の死胎は、墓地埋葬法に規定する「死体」として火葬・埋葬すべきことが定められているが、産婦人科がそれを黒いビニール袋に入れて「一般廃棄物(不燃ごみ)として中絶胎児を処分する」例も少なくないのではないだろうか。

裕福で教養も分別もあるはずの40代の奥様方が密かに堕す子供の数(それは妊娠件数の約半数に迫る)も内密、匿名で処理されれば統計の中には現れにくいのではないか。 

長年ずっと日本人の死因の第1位の座にあった堕胎が、今や、癌に1位を譲って2位に転落したと言うのは、あくまでも統計上の話に過ぎず、胎児を人間の命として堕胎から守ろうする視点から見ると、日本での中絶は1日に約2000人と推定されると言う(命を守る親の会)。

科学学術誌「Nature」は、「1996年(平成8年)の日本での中絶件数を年間41万件と公式に報告されているが、実際はその3倍程度(120万人以上)の件数と推測される」と報告したという。

1999年6月17日に日本でもピルが解禁された。その後、実際に中絶に使われる薬自体の量は、申告数の3倍から5倍はあるようで、それから見ても、やはり堕胎の申告数も実際の数の3分の1から5分の1であろうと察せられ、やはり年間で約100万人は堕胎されていると考えるのが妥当と思われる。

労働力の不足、年金制度の破綻、人口減少と高齢化、国の活力の低下、等々、日本の深刻な慢性的・構造的問題は、行きつくところ全てこの日本人の死亡原因第1位の堕胎から目を背けてきたからであると言えるのではないか。本質的問題を正視し、抜本的解決を探さない限り、場当たり的な対象療法では問題は何も解決しない。国を救うのはアベノミックスなんかではない。

1国の人口は出生率が2.08を割り込むと減り始める。直近の日本の出生率は1.45あたりだから、日本女性が妊娠し堕す胎児のうち約43万人を救って産み育てるだけで人口の減少は食い止められる計算になる。さらに、毎年堕胎されている約100万人の尊い命を全部救えたら、日本の社会的・構造的病巣の大半が消滅し、安寧と繁栄が約束されるだろう。

1968年7月25日、時のローマ教皇パウロ6世は人類の直面する危機を予見して、堕胎と人工的避妊を禁じた「フマーネヴィテ」(人間の生命)という預言的回勅を発表した。しかし、カトリックの世界中の指導者たち、枢機卿、司教、司祭たちは実行不能の空論としてそれを引出しにしまい込んで、まじめに信徒に実践を勧めなかった。その不従順の結果を私たちは今見ている。

それから10年余りして、70億の人類の中でたった2人の人が真面目に正面からその回勅と取り組んだ。それが、聖人になった教皇ヨハネパウロ2世と、今も現役のキコ・アルグエイヨという男だ。彼ら二人は手を携えて、パウロ6世の回勅の実行を本気で信者に求めようと考えた。そして、キコは聖教皇の庇護のもとに自分の運動の信奉者と共に壮大な実験に取りかかった。以来30年余り、いまその目覚ましい成果が見え始めている。

前教皇ベネディクト16世も、現教皇フランシスコも、グローバル化した世俗主義と拝金主義の前に圧倒的守勢に立たされた教会の前衛として、キコとその運動に、そして、5人、8人、13人と大勢の子供たちにあふれた大家族の群れに、熱い期待の眼差しを向け、彼らを目の瞳のように大切に護っている。

カトリック教会は日本の信徒にも、この野心的実験に参加することを期待している。だがこれは、生易しいことではない。一人一人の人間の神に対する絶対的信頼と、根本的回心と、英雄的努力なしには成し遂げられない。

2000年前にキリストが述べ伝えた福音は、この課題と直接に響き合っている。 

(おしまい)

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★ 《至急》 安保法強行採決の無効性と再審議を訴えるインターネット署名の呼びかけ

2015-09-23 08:36:48 | ★ 日本の社会

 

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《至急》安保法強行採決の無効性と再審議を訴えるインターネット署名の呼びかけ

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この記事は署名の期限が過ぎた段階で一旦は保留にしたのですが、

相変わらずアクセスがあるようなので、復元しました。

 

今朝パソコンを開いたら、友人から以下のような内容のメールが届いていました。

これは拡散させるに値する情報だと思い、ここに転載いたします。

締め切りは25日。あと2日しかありません!

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兄弟姉妹の皆様へ

今回の安保法の特別委員会における暴力的強行採決について、

その無効性と再審議を訴えるインターネット署名を、東京大学の教授が呼びかけています。

SNS上で広く呼びかけられており、新聞でも報道され、急激に署名数が伸びています。

http://netsy.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-6f5b.html

9月25日が締め切りですので、賛同されるのでしたら、ぜひ、ご署名ください。意見も書き込めます。

(情報源:小林徹也氏)

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★ 午前2時18分 戦争前夜の幕開け

2015-09-20 11:11:17 | ★ 日本の社会

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戦争前夜 の幕開け

2015年9月19日午前2時18分

「安保法案」参議院通過

70年目に日本の 戦後は終わった

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17日午後、六本木の三枝先生の音楽事務所で来年5月のキコのシンフォニーの打ち合わせがあった。土砂降りの秋雨の中だった。そこを出ると足は自然に国会議事堂に向かった。丸ノ内線の国会議事堂前で降りたが、地上に出るまで何人もの警官に誘導されて、なかなか行きたい方向に行かせてもらえない。地上は機動隊の装甲バスがぎっしりと並んでいて、横断歩道も閉鎖されて渡れないところが多かった。だが、雨にも拘わらず、国会周辺は大勢の市民で囲まれていた。しばらく我慢したが、今日中には決着がつかないと見て、遅い夕食までに江戸川区の家に帰った。

18日は、朝のミサが終わるとすぐに家を出た。今日は遅くなるぞと覚悟を決めて、小雨の中を出かけた。国会に着くと警察ばかり目立って、思ったより閑散として居た。拍子抜けして、まさか私の移動中に強行採決が行われてことが既に終わったわけではあるまいな、と四国の友人に確認の電話を入れたら、本格審議は午後からと分かった。

間もなく、続々と人が集まり始めた。シュプレヒコール、国会内から出てくる野党議員さんの演説、支援団体の演説、シュプレヒコール、演説・・・。60年、70年の安保闘争の時より、シュプレヒコールのリズムと乗りが格段にいい。新しいヒップホップの音楽の影響だろうか。手作りのプラカードもしゃれたものが少なくない。生まれて間もない乳児を抱えた若い母親。小さな子供連れ、車椅子、だが、若者に負けじと戦中生まれも大勢詰めかけている。この日私はカメラを持参していた。写真アルバムが現場の状況を伝えてくれるだろう。そして、このブログの締めの言葉は、写真の後に短くまとめよう。

 

色んな宗教の人が来ていた。知っているカトリックの女性にも一人会った。

国会議事堂正面は左右に、正面は国会裏と、そして他の集会も、互いにばらばらに分断され、面が確保できる広場、公園は封鎖され、群衆は否応なしに歩道に細長く線状に押し込められた形になっている。それを警官と警察車両が抑え込むという仕組みだ。

この若いお母さんの胸には、生後2-3か月の赤ちゃんが。隣は夫か。

  

この二人の若いお母さんも1歳に満たない子供を抱いて参加。他に未就学児の手を引く母親たちもいた。

国会の周りの並木は、イチョウ並木だ。秋の印、銀杏の実が落ちて独特の香りを放っている。よく見ると「革マル」のビラだ。

外国人の顔も少なくない。 関心は高いようだ。

手作りのムシロ旗

国会の議場から抜け出してきて報告する人。

長い戦いはこれからが本番だ

  

祖父の思い。アベさんをヒットラーに例える漫画はいっぱいあふれていたが、全部紹介していたら飽きが来る

コレご本人の描いた絵だろうか

  

前後ろにプラカードを下げたこの若いサンドイッチウーマンも、きっとお母さんだろう

 

暮れなずむころには雨も止んでいた。議事堂には照明が。

  

もう日が暮れて、夜も更けた。国会の照明も消えた。だがあの中では問責決議案、不信任案の応酬が延々と続く。シュプレヒコールとデモ隊と警官のにらみ合いはいつまで続くのか。

  

おや、懐かしい全学連が50年ぶりに姿を現した。数は決して多くない。ヘルメットもゲバ棒も手ぬぐいの覆面もないが、シュプレヒコールの仕方やアジ演説の口調に面影があって懐かしい。傍には昔「鬼の8機」と恐れられた第8機動隊の指揮車がいた。昔は8の数字のそばにスズメバチの毒々しい絵があったが、今はスマートにそれを消している。しかし、いったん「8機」の機動隊員が暴力装置として実力でデモ隊に襲いかかってきたら、全く情け容赦も手加減もないことを私は知っている。

この夜、私は霞が関ビルの近くのセブンイレブンの弁当とアサヒの缶ビールで夜食を摂った。昼に何を食べたか思い出さないところを見ると、食べるのを忘れていたのかもしれない。深夜を越えた。2時18分、野党の抵抗の手段も尽きて、法案は参議院を通過した。空しい気持ちで3時過ぎに眠りについた。

 

ああ、これで70年間の日本の戦後は終わった。PKO部隊では大変な数の自殺者が出たと政府は発表しているが、表向きには銃弾や地雷で死んだ「戦死者」はゼロということになっている。だがこの表面的な平和は終わろうとしている。しばらくはデモもシュプレヒコールもない平穏な国会周辺に戻るだろう。しかし、この法案を受けてPKOの部隊での任務内容は変化するだろう。自殺者ではなく、最初の戦死者が報告され、日本の善良で温和だった青年が、阿修羅と化し、殺人鬼と化し、派遣先で民間人の子女を殺すようになる日が必ず来る。その時、再び国会の周りを大勢の市民が取り囲む日が、数年後に来るだろう。それまで、平穏がどれだけ続くだろうか。今回の国会周辺の騒動はその前触れにすぎないだろうと思う。日本の兵士が海外で人を殺せば、海外からテロリストが日本にやってくるだろう。渋谷のスクランブル交差点で、地下鉄の車内、で爆弾が炸裂して罪のない市民が死傷する。原発の防備にテロ対策は十分か。海辺の過疎地に置かれた原発を福島のように放射能をばらまくメルトダウンに追いこむには、よく訓練された5人のコマンドで十分だと専門家は言う。海外派兵に道を開けば、翌日国内が戦場になるのに、日本はより安全になる、なんて嘘に決まっているではないか。

それにしても、新聞はこの日のデモ参加者を約4万にと発表している。どういう計算だろう。新聞社のヘリから写真を撮り、群衆の面を碁盤の目状に区切って、その一つを拡大して頭を数え、その数に碁盤の目の数を掛けたのだろうか。一日ずっといて思ったが、早く来て早く帰った人、遅く来て長く留まった人、群衆は絶えず入れ替わり流れている。その延べ総数は4万人ではなく10万人を下らなかったのではないだろうか。100万人が国会を取り巻いたら政治の流れは変わるかも知れないな、と思った。

 

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★ 特定秘密保護法案-②

2013-10-17 08:28:31 | ★ 日本の社会

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特定秘密保護法案-②

「歴史の教訓を記憶にとどめないものは・・・」

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Bengoshi Kaikan 2012-11-29.JPG

 

日弁連は言います

 「今から27年前、1985年に、スパイ防止に名を借りた『国家秘密法』案が国会に提出されました。この法案も、国の政治を左右する防衛や外交に関するほとんどの情報を『国家秘密』とし、秘密を漏らす行為や、秘密情報を取得する行為を重く処罰することを内容としていました。」

 「しかし、『政府が国民に知られたくない情報を隠すための、国民の知る権利と民主主義をないがしろにする法案』 と言う、国民やマスコミからの大きな批判を受け、結局 

 廃案 

となったのです。」


そこで私は言いたい

 問題は、27年前には、国民やマスコミからの批判の声が十分大きく、野党も国会で法案の可決を阻止するだけの力を持っていたから 廃案 を勝ち取ることが出来たが、今の世論の麻痺状態と、野党が委縮し、ねじれ状態が解消した国会では、十分な審議も尽くされぬまま、与党グループ独走のまま―全く抑止力が機能しないまま―あれよあれよと言う間にあっさりと 可決成立 する恐れが大であるという危機的状態にあるということです。このままでは、日本人は ジョージ・サンタヤーナの知恵ある警告に学ぶことなく、歴史の同じ悲劇を、繰り返し経験することになるのではないかと恐れます。

 私の父は戦時中に警察国家日本の内務省高級官僚でした。そのため、戦後マッカーサーの占領軍による公職追放の対象にされ、その後一家が悲惨な道を辿ったことを私は決して忘れません。今回の「秘密保護法」が成立すれば、勝てない戦争に突入していったあの「闇の時代」へと逆戻りする第一歩が始まるのです。

 ホロコーストを歴史の過去に葬り去りたいと言う大方のドイツ人の感情に抗して、アウシュヴィッツの犯罪の証拠を消し去ることを決して許さないユダヤ人たちは、「秘密保護法」の成立を手をこまねいて許す日本人のような、歴史に学ぶことを知らない愚かな選択は絶対にしないことでしょう。

 問題は、「もう手遅れだ、どうあがいても流れは変えられない」、とあっさり負けを受け入れるか、「まだ間に合う、今からでも何とか阻止できる、そのために今すぐみんなが声を上げなければ、力を結集しなければ!」と立ち上がるかです。

27年前にはそれが出来たではないですか! この声を広げましょう。

まやかしの修正案可決ではなく  廃案  を勝ち取るまで。

  


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★ 特定秘密保護法案 「歴史の教訓を記憶にとどめないものは・・・」

2013-10-11 15:37:59 | ★ 日本の社会

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特定秘密保護法案

「歴史の教訓を記憶にとどめないものは・・・」

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アウシュヴィッツの強制収容所の壁のパネルには



「歴史の教訓を記憶にとどめないものは

同じ悲劇を再び体験することになる」

ジョージ・サンタヤーナ

と記されていました


数日前に遠方の親しいお友達から一通の電子メールを受けていました

以来、そのメールにどう対処すべきか迷っていました

それは、以下のような文章を広く拡散してほしいという依頼の伝達でした

「プロ」「コントラ」 をさんざん考えました

出来れば関わり合いを持たず距離を置いて静観していたい

と言う思いと

いや、いま私も関わって動いておかなければ

自分は、ブログで何も書かない、何も書けない人間になってしまう

と言う思いと

その両方の間で揺れ動いていました

そして、結局取り上げることにしました

取り上げる以上、少しは知識を蓄え、自分の心象と意見を持たなければ、と思い

ネットでいろいろ調べましたが

問題の法案文は無味乾燥で長く、専門的でした

専門家たちの意見は膨大な量で、多岐にわたり、下手に要約できそうにもありません

それで、自分も理解し、おおむね同意見だということで

友人からもらった文をそのまま下に引用することにしました

 

~~~~~~~~

『秘密保全法案』 が成立する見通しです

     
 経産大臣が、たとえば福島の事故に関する一切の情報について「特別秘密」に指定すると、マスコミの取材も、国会での追及も、フェイスブックでの個人の発信も、すべて違法・厳罰となります。
 処罰されるのは公務員だけでなく、仕事上「特別秘密」を取り扱った民間の労働者なども含まれます。
 放射線量の分布や健康への影響、環境汚染などに関するデータを調べて、公表しようとして取りやめた場合でも「未遂罪」としてやはり刑罰が課せられます。それに関して一般の民間人の日常会話でも、フェイスブックで何かコメントを書き込むと「共謀罪」が適用されて前科がつきます。
 また、福島原発で放出された放射線量について情報を開示しろとして呼びかけると、「特別秘密の取得罪」が適用されます。     
 マスコミも、どのような取材が正当かを、マスコミでなく一切を政府が判断することになります。
 一般の民間人は何が「特別秘密」であるのかわからず、自分は知らなくても犯罪を犯していることになるのでフェイスブックへの投稿やコメントも、この法律に基づいて捜査機関によって監視されます。そこで何が「特別秘密」であるかを知りたいと表明すると、検挙されます。
 また、たとえば防衛大臣が「特別秘密」に指定すると、自衛隊が海外で憲法第9条を無視して戦闘行為を行うことも可能となります。それをマスコミが取材したり、違憲であるとして国会で追及すると検挙されます。  
 この法律は、この秋の国会で自民賛成多数で衆参両院を通過して成立する予定です。
 独裁政権の党首である限り、首相が外国に向けて公式の場で虚偽の証言を発信しても、それで国民には何かができるわけでありませんね。加えてこの法律の制定も、独裁政権というものの力でしょう。

~~~~~~~~

すぐその後に続いて以下の URL が付けられていました

「日弁連」(Japan Federation of Bar Associations) の公式のサイトです

「日本弁護士連合会」と言えば日本のすべての弁護士が加入している権威ある団体で

国家権力からわれわれ国民を護ってくれる公然団体です

その事務所は 東京都千代田区霞が関一丁目1-3 弁護士会館 にあります

 

Bengoshi Kaikan 2012-11-29.JPG

 

それがこんな形で啓蒙活動をしていることを知る人は多くないようです

私も友人からメールを貰うまで知りませんでした

私のブログの読者にも知っていて戴いていいことだと思いました

上のアウシュヴィッツのパネルの言葉ではありませんが、このまま過去の歴史に学ばなければ

近い将来に再び「壁に耳あり、障子に目あり」の、何も言えない

 暗黒の時代 

が戻ってくるような気がしました

下のURLをクリック しましょう

 http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/himitsu_hozen_qa.pdf

(おわり)

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