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インカルチュレーション(その-2)
= 宗教と文化の関係 =
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昨日(この部分を書き出したのが5月4日夜)、マサチューセッツのボストンに入りました。アメリカは広いので、あちこち行ったことのあるつもりの私でも、ここは初めての街です。気温10度Cでちょうど新緑が始まったところです。16日までのこのアメリカの旅の話は、旅が終わってからシリーズでぼつぼつ書くとして、この2-3日の旅の隙間を縫って、つなぎに一つぐらいアップしたいものだと、これから数行ずつ書き溜めます。
ボストン郊外 ベッドフォード やっと新緑が萌えはじめたところ
マリオットチェインのコートヤードホテル 星条旗がいつも掲げられているのは いかにもアメリカらしい
このホテルの310号室で以下のブログを書いています
さて、以前から気になっているインカルチュレーションのことですが、このテーマのを論ずるとき、最初にはっきりさせておかなければならないいくつかの前提があります。
その一つが「宗教と文化の関係」です。私は最近教皇ヨハネパウロ2世の回勅「救い主の使命」(Redemptoris Missio)を読み直しているうちに、教皇がその回勅の中で「インカルチュレーション」を「人々の文化の中に福音を受肉する」と定義しているのを発見しました。実に単純明快、灯台元暗しとはこのことですね。
教皇ヨハネパウロ2世が回勅の中で言うインカルチュレーションの主体は「キリスト教」であり、その「福音」であります。
霊魂と肉体からなる人間に例えて言えば、体が「文化」で、体を生かす「魂」または「命」に相当するものが「福音」、或いはもっと普遍的にいえば「宗教」と考えるのが適当でしょう。決してその逆ではありません。
ある時代のある地域の「文化」に、特定の宗教がインカルチュレートすることによって、その文化に深い影響を与えるということはよくあります。
例えば、「汝の敵を愛しなさい」と言うキリスト教の固有の「教え」は、文化次第で変わるものではなく、まして特定の文化から生まれたものでもないということです。また「隣人をおのれのごとく愛しなさい」と言うキリスト教の特徴的「教え」も、キリスト教が伝搬するどの文化圏においても、不変の「教え」として、文化の中に受肉して変化をもたらします。
その逆に、新約聖書のマタイ5章13節に「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである」とあるように、文化によって信仰内容が浸食され、変質し、形骸化することがあれば、それは宗教の自殺行為であり、塩が塩味を失って、ただの白い粉に成り果てた姿であるというべきで、これはインカルチュレーションとは関係がありません。
もっとわかりやすい例を挙げましょう。
先に、ブログ「自殺者統計 -なぜキリスト教の宣教は必要か-」(1月24日)
http://blog.goo.ne.jp/john-1939/c/1b4e9eb8c54531d4404fb2075429b7bd
の中で「世俗化」と「グローバリゼーション」のことを書いたとき、私たちは世界中の文化が「宗教離れ」現象をお越し、「均質化」の一途をたどっている有様を見ました。
この変貌していく世界の文化に対して、教皇パウロ6世は1968年に回勅「人間の生命」(フマーネ・ヴィテ)を発表し、信徒の覚醒と生活の変化を通して、世俗化に対する歯止めとして「キリスト教的な生命に対する価値観」を現代世界にインカルチュレートさせようと試みました。
この教えの中で教皇は、「夫婦の性の営み」は「新しい生命の創造」という神のみ業に参加する神聖な行為であって、常に命の賜物に対して寛大に、英雄的に開かれたものでなければならないことを、信仰の真理、カトリックの教義として、高らかに宣言しました。それは、一言で言えば、夫婦の愛の一致と喜びは、生殖と種の繁栄から切り離して取り扱われてはならないということに尽きます。
これは、迫りくる世俗化の脅威に対する教会の先制的対応でした。そして、それはキリスト教が世俗化し変貌していく社会の中で生き延びるための必須の要件でもありました。
しかし、時すでに遅く、全世界のカトリック教会は、上は枢機卿、司教たちから、下は第一線の神父たちに至るまで、それを時代錯誤の実行不可能な「絵に描いた餅」として顔をそむけ、無視し、教皇の教えを信徒に伝える義務をサボタージュしました。彼らは、それを口にしたら、ただでさえ減り始めた信者たちが一斉に教会に来なくなると恐れて、信徒たちに実践を求める勇気を持たなかったからにほかなりません。
これは、教皇の言葉こそ教会を救う切り札であることが理解できず、塩が塩味を保つための決定的なよりどころであるという預言的な意味を読み取りえなかった、独身の聖職者たちの招いた悲劇だったと言うべきでしょう。その意味で、フマーネ・ヴィテの教えは世界規模でいずれの文化にもインカルチュレートすることに失敗したと言ってもいいでしょう。
世俗化しグローバル化した社会の堕胎と避妊の「死の文化」(脚注)を前にしながら、最高の指導者である教皇の声に耳をふさいで、世俗化の攻勢に対して、無抵抗のまま組織を挙げて全面降伏したのが今のカトリック教会の姿です。これはインカルチュレーションでもなんでもありません。世俗化し、神聖な、超越的なものに対する感性を失った社会の力に飲み込まれた宗教の死骸、「塩味を失った塩」の唾棄すべき姿にすぎないと言うべきではないでしょうか。
「死の文化」に対して、キリスト教は教皇の説いた「生命の教え」をもってインカルチュレートして、社会を生かすべきものでした。
ある年寄りの司教様は(脚注)、ユーモアをこめて、パウロ6世教皇の回勅「フマーネ・ヴィテ」(人間の生命)を真剣に受け止め、世俗化の怒涛の流れに逆らって、勇気をもってその普及に努め、果敢に戦ってそれなりの成果を収め得た男は、10億のカトリック信者の中にたった2人しかいなかった、と言われました。その一人はポーランド人のヴォイティワ司教、後に教皇となったヨハネパウロ2世と、もう一人はスペイン人の一介の信徒、新求道期間の道の創始者、キコ・アルゲリオでした。
少なくともこの二人と、その二人の後に従うカトリック信者たちは、塩味を失っていない塩、本当の「地の塩」として信仰を証しする宣教者たちに育っていきました。
もちろん、10億の信徒の中には、個人の信仰と良心の声に従って、教皇パウロ6世の回勅の教えを誠実に実践した無名の貧しい子沢山の人たちもいたに違いありません。しかし、孤立してばらばらに生きられた彼らの信仰の行為は、教会と社会を大きく変革するだけの起爆力を持ちませんでした。
バチカンの大謁見場を満たしたキコの薫陶を受けた家族たちを前に、前教皇ヨハネパウロ2世と現教皇ベネディクト16世は、100家族単位で延べ数百組(多分すでに1000家族以上)-それも多くは10人以上の子沢山の-宣教家族を全世界の最も世俗化が進んだ国の、しかもしばしば最も貧しい地域に派遣しました。派遣に際して、教皇が彼らが必然的に担うであろう困難と苦しみを象徴する銀の十字架を手渡す感動的な場面を、何度も私は目撃してきました。
そういう家族が一人っ子政策の中国に入ると、人々は驚嘆と羨望の眼差しでこのキリスト教の生きられた証しを見守ります。こうして、キリスト教の教えは「パンだね」のように現代中国の市民生活と文化を内側から変革し、インカルチュレーションが実現していくのです。
カトリック教会が説くインカルチュレーションは、教会が新しい文化と社会を前にして、それと妥協し、融合し、自らを適応させ、折衷し、変身していくことを意味しません。あくまでも文化と言う「体」の中に「不滅の生命」として受肉し、キリスト教的魂をそれに与え内面から変革するということです。
日本でもそのことはすでに実際に起こりました。具体的な例として、古くはフランシスコ・ザヴィエルの時代に、堺の豪商千の利休によって茶の湯の世界に起こったこと、近くはホイヴぇルス神父によって能と歌舞伎の世界においてなされた試みについて述べたとおりです。
ここまでの説明で、キリスト教、カトリック教会のインカルチュレーションに関する正しい在り方、正当な教義についてはっきりさせることができたかと思います。
次は、その基準、原則に照らして、過去半世紀ほどの間に、日本のカトリック教会で行われてきたインカルチュレーションの様々な試みについて検証し、私の眼には疑わしい、あるいは誤っているのではないかと思われるケースについて述べてみたいと思います。
お祭りでもないのに住宅街が星条旗にあふれている ここはアメリカのボストン郊外
6日はボストンのシンフォニーホールで キコ氏の作曲したシンフォニー{無垢なる者たちの苦しみ」
のコンサートとレセプションがありました
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(脚注)ある老司教との会話の中で、「ピルが解禁されるまでに日本で行われた人口妊娠中絶(堕胎=殺人)の数は約6000万件だった」と聞きました。
私は、今回 Wikipedia の「人口妊娠中絶」の記述の中に現れた厚生労働省の統計から数字を拾い上げ、積算して過去60年ほどの間に約3500万件以上の中絶があったと理解しました。しかし実態はそんなものではないでしょう。ひょっとしたら、日本の人口ほどの数が直接、間接に闇に消されていったのかもしれません。これは、戦争や、地震や、津波によるよりもはるかに大きな恐るべき人命の損失です。それにしても、1975年頃は10代の未婚の少女ならいざ知らず、40代の女性が妊娠した生命の90%が、2000年でも70%が、人工中絶(堕胎)の対象にされていたという数字にはさすがにショックですね。これが、世俗化しグローバル化した「死の文化」の実態ではないでしょうか。
今も急速に増え続けている地球人口の中で、カトリック人口は伸び悩み、回教徒人口はカトリックをしのいで伸び続けています。パウロ6世教皇の「フマーネ・ヴィテ」の教えは、この「死の文化」の中にあらためて「インカルチュレート」しなければならないのです。さもなければ、カトリック教会は世俗主義に飲み込まれて、静かに、ゆるやかな安楽死を遂げることになるのではないかと恐れます。
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7日 今朝ボストンを発って バスでニューヨークに向かい
日本の長距離観光バスよりだいぶ胴長
オーケストラとコーラスを引き連れた我々旅の一座は
このバスを 5 台連ねて巡るのだ
午後 ニュージャージーのレデンプトーリスマーテル神学院に旅の荷を解きました
人間がそばに立っていればデカさが引き立つのだが…
要するに フロントガラスが小さく見える分だけ 全体が大きいのだ
運転席の後ろには大きなキャンピングカーほどの居住空間が
晩の9時から ミサです
(つづく)