眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

捨てる男 ~ミスタッチ・ブルース

2021-06-24 03:29:00 | 短い話、短い歌
「せっかくですけど」
 そう言って機会をドブに投げ捨てる。

 好意は素直に受け取らない。物心ついた頃から、ずっと曲がった信念に支配されてきた。また次がある、まだ大丈夫。どんなチャンスも余裕でドブに捨て続けた。慣れてしまえば、後先を考えて思い悩んだりするよりよほど楽だ。気づいた時には、自分自身ドブの中を歩いていた。これが今まで僕がしてきたことか……。
 足取りは重く、抜け出す術は見当たらない。もしもあの時、あいつのくれた助言を軽く拾っていれば、僕の周りはもっと多くの声で賑わっていたのかもしれない。今はただそこら中にくすぶっている未練の切れ端を拾い上げて、小さな歌にしてみるのがやっとだった。それでは聴いてください。



『ミスタッチ・ブルース』 


粉末のスープを捨てて冷やし麺


サービスのわさびを捨てて本わさび


情熱はレシート風に飛んでいく


延々とケトルの下の入門書


開封後一口食べて期限切れ


100億の読みを切り捨て第一感


どフリーでふかすシュートは雲の上


恋文を捨ててプライド・キープ・ナウ


ゆで汁を捨ててパスタはまだ硬い


冷房に震えて被る冬布団


結末を一行残し半世紀


1グラム余して捨てるプロテイン


ミスタッチばかりで凹む90分


期限切れクーポンだけを持っている


ランニング帰りに一丁みそラーメン

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ねんねん妨害

2021-06-23 06:50:00 | 短い話、短い歌
「お前たち人間は、
時間という観念の中で万年を過ごす。
自らが生み出した観念の中で雁字搦めになって、身勝手な取り決めと煩悩の間で、金品を食らう。手にもつかめぬものに、大仰な観念を取って付け、豆を食らいローソクを立て、やれ向こうに行け、やれおめでとう、やれやれお茶をくれなどと、我が物顔の振る舞いが止まらない。お前たち人間の未来それは、むにゃむにゃ……」

「ああ猫さま、どうかその先をお教えください」
「わしもう寝んねん」
「寝ないでください! もっと教えてください」

「時間という観念の中の革新的テクノロジー。観念に煩悩を着信のイデオロギーが秋の味覚が大喝采。実際に観念に雁字搦めの工事中、ここは通れません。通り抜けできませんって、誰に言うとんねん。時間という観念に溺れては万年を過ごす。これ、そこの兎、大人しゅうせい。魔性の観念に疲れてはつかず離れず、上ロースのライセンスを取得の天狗めが。もうええかな、寝んねん、寝んねん」

「猫さま! もう少しお聞かせください」

「小賢しい人間の狢たちが。時間という観念を持ち出しては茶番劇の万年を過ごす。情念は十年に溶けず、かたや焼きそばは十人でも待たす。これいともどかし。秋は十五夜ふかしお芋の恋しさは千年枕の金平糖。採点は満点か冬の星座が天然水、得てして魚肉を食らえば、やれ収穫だ、やれ年の瀬だ、やれ大変だ。時間という観念を背負ったアンカーが草履を履いて師走の運動会。指をくわえて静観する一大事を笑い飛ばして、いかにも時間とは観念のきなこ餅とはどやねん。むにゃむにゃ」

「ああ猫さま! お教えください! 人間の運命は」
「寝んねん。わしもう寝んねん」
「おやすみ前のひと時だけでも、どうかお恵みください」

「お前たち人間は、時間という観念を練り上げて、待ちわびて忍び、落ち延びて寝ころんだ。観念という水脈の中に思索を広げては、情念を大根に煩悩を竹輪にして煮込みの友と呼んだ。忍びが投げる手裏剣が柿色に染まる時、自ら仕込んだ観念の愚かさを知るものであるが、小さな風は気晴らしにもなるし、歌として冬を包むこともできたのだ。人間という地面師が月を根こそぎ持ち去ろうとしても、美しい花は観念の中に埋没していることを選ぶのかもしれない。だから、もういいかい。時間という観念の中で万年を過ごす。むふゅー」

「ああ、猫さま! 私たちはどうなりましょうか」
「寝てんねん。もう無理やねん」

「その先の未来は?」
「寝んねん。もうええやん。お前もねえや」
「猫さまー!」




その節は墾田永年看板屋
終電はけてここで寝んねん
(折句「そこかしこ」短歌)

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カイトヘ飛ばせ

2021-06-22 10:59:00 | 短い話、短い歌
 おじいさんは山に芝刈りに、おばあさん川に洗濯に……。そんなのおかしいと言って君は出て行った。私は布団の中に潜り込む。方法は違うけれど、お互いにとっての旅だった。たくさん眠るほどに遠くへ行った人に会うことができる。そこには忘れかけた何かが残っていて、失われた自分を取り戻すことができる。

(何も置かないでください)
 貼り紙の効力は半月ばかり続いた。
 新しい作業スペースの誕生。しかし、いつまで経っても何も始まらなかった。仕方なく地べたで泣いている手荷物は多くあった。閉店が決まると次々と処分品が集まってきてスペースを占領した。いつの間にか、あの貼り紙も姿を消していた。そして、もうすぐ私たちも……。

「もしも明日オリンピックが開かれるとしたら、何の問題もなく開かれるものとお考えですか?」

「外出そのものは悪くないと聞いております。まずは若者と酒類の販売に重点を置きながら、広く専門家の意見も聞いて様々な観点から総合的に判断した上で、できる限り早急に人流の抑制に努めて参りたい……」

 消してくれ!
 メルヘンの奥に足を踏み入れていた君が、今はいちばん近くにいた。倉に眠っていた絵画を売りに出すと、それなりの額になったようだ。君はその中に実験的に1つの自作を交ぜてみたのだが、それは50円の値がついた。君はいったい何に怒っていたのか。まだ途中だった多くの作品を一度に捨ててしまったのだ。

 君が絵を持って行ってしまったので、私の詩は頭を失ってしまいました。今は文字だけ。それは孤独になったという意味です。

「着飾っていなければ見つけられない」

 私はそれを信じているわけではない。
 だけど、失った何かは大事にしていたものだった。




愛してた脈に流れる詩を切って
夜行列車のカイトヘ飛ばせ

(折句「あみじゃが」短歌)
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スタッフを探せ

2021-06-20 11:10:00 | 短い話、短い歌
 身近なスタッフを見つけて話しかける。好印象を与えることが最初のステップだ。スタッフというものは、だいたいそれらしい格好をしている。正しく観察すれば、見つけることは難しくない。

「あっ、スタッフさんですか?」
「何か?」
 よいスタッフというのは反応がスマートだ。今日は幸先がよい。

「ご苦労様です。ちょっとお話書いたんで、よかったらみなさんにも紹介していただけますか」

「ほー、お話ですか。それは猫の写真とかはあったりします?」
「いいえ、文字だけです」
「そうですか。それでは今度機会がありましたら……」

「ありがとうございます!」

 気に入ってっもらえるかはわからない。とにかく今は一人でも多くのスタッフに当たることだ。スタッフを見つけては積極的に声をかけ続ける。それだけが私の小説作法だ。現在のところ他に手段は全くない。

「すみません、スタッフさんですか?」
「どうされました?」
「ご苦労様です。新しい小話ができたんで、もしよかったらみなさんにも紹介していただけるとうれしいのですが」

「小話ですか。それは猫の写真とかも出てきますか?」
「いいえ、文字だけです」
「そうですか、わかりました。機会がありましたら是非とも……」

「ありがとうございます!」

 猫を探しているスタッフが多いことはわかっている。私だって猫は好きだが、私の家に猫はいない。妄想の中で猫と戯れることはできるが、それを表現するのは文字でしかない。どこまで伝わるだろうか不安は多い。

「あっ、スタッフさんですよね」

「いかにもそうですが」
 中には少し横柄な感じのスタッフもいるが、選んでなどいられない。

「ご苦労様です。あのポメラのエッセイがあるんですけど、よかったらみなさんに紹介とかしていただけます?」
「何? わんちゃんですか」
「いいえ、その、キングジムのpomeraなんですけど……」

「えーっ、文字しか出てこないの」
「はい。文字だけです」
「ふーん。(文字ばっかりかいや)まあ一応お預かりしときますね。それじゃあ、仕事がありますんで……」

「ありがとうございます!」

 ああ、これは望み薄だな。悲観している暇があったら次のスタッフを探す方が、まだ発展的だろう。過去ばかりを振り返るよりも、小説というのは先へ進むべきではないか。私にとっての未来、それはスタッフを探すこと。

「すみません。スタッフさんですか?」
「いいえ違いますけど……」

「すみません。間違えました」

ま・ぎ・ら・わ・し・ーーーーーー

 違いますけど……
 何? 怒ってるの?
 何か言いたげな感じ

違いますけどーーーーーー

 どこがスタッフなの
 もっと人を見る目を養った方がいいんじゃないですか
 とか言って追っかけてきそうだ。
 一刻も立ち止まってはいられない。
 躓きは成功を向いたスタートラインだ。

「あのー、スタッフさんですか?」

「はい?」

 はい?
 こいつも偽物か……。




凛として立ち凛として商品に触れるあなたはフェイク・スタッフ

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お目覚めシュート

2021-06-19 10:39:00 | 短い話、短い歌
「あなた熱すぎて疎ましいの。私たちはクールな歌会だから」

 クラスタに属するのは得意じゃない。
 独りで落ち着いてコーヒーを飲もうじゃないか。
 誰にも邪魔されない時間。それこそが僕の望むもの。

「当店のどんなアイスティーも、お客様の熱を下げることができません。お引き取りを」

 そんな……。
 僕の望みは温かなコーヒーだった。
 まだ行くところはある。
 世界で一番心地よく迷子になれる素敵な場所が。

ピピッ! ピーーーーーーーーーーッ!

 店員が僕の額を光で撃ち抜いた。
「申し訳ございません。
 当書店のいかなるホラー小説をもってしても、
 お客様の熱をお下げできません。
 さようなら」

 すべての希望を失って街をさまよい歩いた。
 たどり着いた病院の先で、僕は倒れた。
 もう、これで終わりだ。
 目を閉じれば再びかえってくることはできないだろう。

 遠退いていく意識の向こうに、ホンダ・カーブの影を見た。
 どうして、ここにいるの?
 僕はスタジアムの袖に伏せながら、白熱の試合を眺めていた。
 ホンダ・カーブの強烈なシュート!
 目覚めた瞬間、背中に羽が生えている。
 僕、鳥に生まれ変わったんだ!


一閃のシュートに打たれ生まれ出た人生はゴールへ向いた旅

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思い出の魔女

2021-06-18 21:24:00 | 短い話、短い歌
「安全安心という言葉、これは「あん」と「あん」を取ってつなげると「ぜんしん」という言葉が見えてくる。これは無意識の内に刷り込ませる意図があったのでしょうか。また、ここまで徹底して韻を踏むというのは、音楽業界を意識してのことか。2つの熟語を執拗にくっつけることの意義はどこにあるのか。明確に端的にお答えいただきたい」

「今から50年前、あれはまだわしが子供の頃じゃった。テレビでオリンピックの放送をやっておった。あの頃のテレビと言えば随分と重たかったもんじゃ。後ろの方が出っ張って運ぶとなると大層難儀なことじゃった。外国人選手たちとの球際の激しい競り合いはとても印象に残っておる。ご飯を食べながらかじりつくようにテレビを見ておった。おかずは確か梅干しと芋くらいじゃったかのう。世界基準の素晴らしい技術を見る内に、わしはすっかり虜になったもんじゃ。ああ、サッカーがしたい。でも、ボールはない。なくてもしたい。思いは募るばかりでの。その時じゃった。どこからともなく魔女が現れたかと思うと梅干しの種にサッとパウダーを振りかけたんじゃ。するとそれはサッカーボールに変わったのじゃ。それから兄と二人で時の経つのも忘れて遊んだ。兄はとてもボールの扱いが上手で、わしは一度も勝てなかった。十年後、兄は単身オランダへ渡りプロのサッカー選手になった。そのような夢と感動を今の子供たちにも伝えてあげたい。スポーツはどんなドラマよりも素晴らしいもんじゃ。いずれにしろ、組織委員会と調整した上で総合的に判断されるものと考えています」

「ねえねえ、ばあちゃん、魔女っているの?」

「ええ、魔女はいるわ」

「どうすれば会えるの?」

「お利口にしてたらきっと会えますよ」




無回転ボールに乗って飛んで行く魔女は令和のファンタジスタ

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ファンタジー・チケット

2021-06-16 08:15:00 | 短い話、短い歌
 人の列は数えるほどで順調に流れてすぐに自分の番がきた。

「異世界行き1枚」
「すみません、もう一度」
「異世界……」

「そんなものはない。後ろを見なよ」
 急に声のトーンが変わった。

「えっ?」
 駅員に言われるまま振り向いた。

「食われちまうよ」

 僕の背後には無数のゾンビたちが列を成していた。さっきまではいなかったはずだ。僕が先頭に立ってからしばらくの間に、状況が作られたに違いない。

「本当にないんですか」

 背中に圧を受けながら食い下がった。彼は間違いなく人を見ていた。異世界行きの切符はあるのだ。

「お客さん理由はあるの?」

 駅員が口を開くと中から鋭く光る2本の牙が出てきた。
 ああ……。それ以上声が出なかった。尖った銀色の先を見つめている内、僕は身動きができなくなった。誰かが僕の肩の右に触れ、続いて左に触れた。




うたかたの読者になってさまよえばカクヨムは異世界の趣

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誰も見てないんちゃうかシンドローム

2021-06-15 19:12:00 | 短い話、短い歌
 昨日あんなに拾ったはずなのに。
 散乱した紙屑を見て私はため息をついた。

「さあ始めるぞ」

 吸い殻1つも見過ごすことはできない。最初は小さなところから始まって、だんだん大きなものへとエスカレートしていく。それが世の常だ。
 捨てることには2つの罪がある。1つ目は世話になったものに対する不義理だ。中身がある内はありがたく傍に置いていたものが、用が済んだ途端に自分から切り離してしまう。そこには感謝の念が欠けている。もう1つは好き勝手に捨ててしまうことでスペースを潰してしまうことだ。世界のスペースが無限にあるのなら、問題は少ない。しかし、現実のスペースは限られている。何かがそこに存在することは、それ以外のものの存在に干渉してしまう。無闇な廃棄を繰り返せば、スペースはあっという間に失われ、明日には歩く場所もなくなるだろう。

「全く困ったものだ」

 ポイ捨て衝動を引き起こすもの、その主な要因は『誰も見てないんちゃうかシンドローム』だ。元は若者に多く見受けられたものだが、最近では世代の枠を越えて蔓延しているようだ。それほど大人になりきれない老人が増えている。

「もう少し考えればいいのに」

「まあ地道にやっていくさ」

 空き缶、紙パック、古雑誌、右手袋、折れたストロー、ギターピック、サンダル、折れた傘……。
 無情に捨てられたものを見るのは誰にとっても気分のいいものではないだろう。1つ1つを拾い上げ街のスペースを回復していく私たちの仕事は根気がいる。好きでなければとても勤まらない。

「あれは……」
 何であれその正体を見定めてから手を伸ばすのが決め事だった。近づいてみると少し厚みがある。ハンカチではない。

「いつかのアベノマスクですね」
 こんなものまで……

「全く、命が惜しくないのか……」




不織布のガードをかけてがっちりとアベノマスクが口を封じる

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雨うた

2021-06-14 21:19:00 | 短い話、短い歌
 賑やかなほど疎ましくなる。明るいほどに虚しくなる。思いやりに満ちた助言も、愛を称えるメッセージも響かない。僕の内部の共感装置は壊れっぱなしだった。音が近づくように窓を開ける。雨粒まで部屋の中に入ってきたとしても構わない。(どうだっていい)無気力が突き当たりまで行くと心を広くする。雨音だけが意味もなく僕を許し、眠りへと導くことができる。遠い遠い昔から。




ぽつりつぶやく一言が歌になるアプリを持って歩く地下道
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ハエとりの将

2021-06-12 21:21:00 | 短い話、短い歌
 虫には善い虫と悪い虫がいる。善い虫は憧れの的となり描かれ歌われ、物語の主人公にもなる。悪い虫は憎悪の対象となり、叩かれたり撃退されたり、いなくならされたりする。あくまでそれは人間の都合によるもので、善悪は容易に入れ替わる。
 棋士たちが話し始めたのは部屋にハエが出たからだった。盤を挟んだ二人が声を出すのは、ほーとか、ひえーとか、通常はあまり意味のない言葉に限られる。特別な理由なく話し始めたとすれば、既に勝敗が決した時だ。ハエの出現は、1つの緊急事態に相当したのだ。室温の1℃、光の射し加減、座布団の厚さ……。長い一日を通して集中力を保つためには、繊細な環境設定が必要となる。ハエは、直接的に邪魔を働くわけではない。どちらか一方に肩入れして助言したり、駒を操作することはないが、集中を妨げる要素にはなる。たかがハエ1匹として見過ごすことはできない存在だった。恐らくは換気のために開いていた隙間から侵入したと推測された。

「とにかくこいつが……」

 矢倉の上を遠慮もなく飛び回る。地に足をつけぬ存在は、どんな大駒よりも厄介だ。

「昼休みに何とかしましょう」

 立会人は難しいハエ取りを任されることになった。




肌につく
夏の序章に
見え難き
筋を飛び交う
緊張の朝

(折句「ハナミズキ」短歌)

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ミックス・チャーハン

2021-06-11 20:11:00 | 短い話、短い歌
「我々は現実を直視する必要がある。数字を見ればそれは明らかです。打ち負かされた示しとしての撤退は、早ければ早い方がいい。一刻も早い撤退こそが、立ち直るために必要だ。金ではない。行動しなければ意味がありません」

「先生の自主的な研究成果の発表に対して、まずは拍手を送りたい。実に素晴らしいお考えだと思いました。いずれにしろ、我々は人類の夢と希望、冒険と友情、愛と絆、そういった様々な要素をミックスさせ、未来へと運んで行かなければなりません。そのためにできることを……」

「何かこのテレビ調子わるいわね」


「はい、ウーバー飯店です。金のチャーハン3、プロテインチャーハン2、安心チャーハン4。住所は、選手村、5丁目。毎度ありがとうございます!」


「そろそろ限界かしら、ねえおじいさん」

「おばあさん、そんなことより仕事仕事!」

「はいはい。始めますか」




人類の非難の中に袖を振る命をかけた貴族の遊戯
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ラッキー・モーニング

2021-06-09 23:54:00 | 短い話、短い歌
 駅ナカの朝は激しい競争社会だ。無難な店づくりをしているだけでは、置いていかれる。斬新で人目を引くサービスがないと生き残ることは難しい。

「おめでとうございます!
 ラッキー・パンをお選びいただきました!」

 そうして私は特等席へと案内された。誰よりも高くゆったりとした席で、手厚いおもてなしを受けることになった。スープに玉子にウインナー、お供のわんちゃんまでついてきた。

「よろしければお読みください」
 週刊誌は好みではなかった。

「ナンバーとかあります?」
「ナンバーズでしたらございますが」
「それでもいいや」
「すぐお持ちします」
「それからこの子、散歩に連れて行ってあげて」
「かしこまりました」

 下を通る人が羨望を込めて私の席を見つめて行く。幸運はトングの行方次第。明日はあなたにだってチャンスがあるかも。

「サービスのギターソロでございます」

 凄腕のギタリストが冷めかけたコーヒーをもう一度沸騰させた。やはり朝はロックに限るな。

「痛くないですか?」

 心地よい指先が先入観に凝り固まった肩を優しくほぐしてくれる。これも私のたった1つの選択によって与えられた褒美だ。

「デザートの抹茶アイスでございます」
「ありがとう」
 まぶしい光を浴びながら私の朝は終わろうとしていた。

「それではこれを着てください」

「えっ? なんで」

「あなたは1日店長に就任されました」

「えーっ、聞いてないよ!」

「日当は40万となっております」

「よろしくお願いします!」
 1ヶ月でもいいけど……。

「コラーッ! 店長を呼べ!」

「下でお客様がお呼びです。1日店長」

「えーっ、私?」




人流の歪みに浮いたボーナスの元を辿ればみんなのがまん

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普通にあるラーメン

2021-06-07 05:11:00 | 短い話、短い歌
「虫たちは光の下に集まってきます。けれども、私たちはそうではありません。自由研究は金を生むでしょうか。そうです。私たちに必要なもの、それは金の他にありません。安らかなものはすべて、夢も、希望も、金の下に集まってきます。テレビも人も車も、すべては金によって動きます。金にまみれ、金にひれ伏し、金に焦がれて踊るのです。私たちの汗も涙も金集めの道具に過ぎません。今まさに私たちの頭の中は金で埋め尽くされました。だけど、まだ足りません。もっともっと持ってきてください。一人一人が金の運び手となって、この国の中心に金を集中させてください。ブレーキは昭和の時代に壊れました。だから皆さんで一斉にアクセルを強く踏みましょう。潤わなければ何も始まりません。私たちは未来のために、命をかけて金を取りにいきます」

「はい、ラーメンお待たせ」

「どうも」

 ここのラーメンはこれと言って特長があるとは思えない。だけど、私は気がつくとよくこの場所に来ている。客はだいたい私を含めて2人か3人くらいのことが多い。何か落ち着く場所だ。私はこのテーブルが好きなのかもしれない。首の苦しげな扇風機がずっと回っている。スープを一口いただく。何か懐かしい味だ。ずっと昔に、どこかの商店街で口にした気がする。画面はそんなに美しくない。きっとブラウン管だ。

「続いてお天気情報です」

 できればなくならないでいてほしい。
 私は普通でいいと思う。そんなに長居するわけではないけれど。大将、どうか無理はしないで。




金のない暮らしの向こう祭典に群がる夏のゴールド・ラッシュ

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将棋の時間(折句/短歌ハナミズキ)

2021-06-03 06:04:00 | 短い話、短い歌
 思わぬところで敵の歩が突っかかってきた。このタイミングなのか……。それは読みにない手だった。素直に取るべきか。(取るにしても同歩か、同銀か)歩で取るのは自然だが、後の継ぎ歩は何よりも恐ろしい。銀で取るとコビンが開き気持ちが悪い。ここは手抜いて攻め合いか。(玉頭の歩を手抜く。私は正気だろうか?)

 それにしても応手が多すぎる。たくさん手があって正解が一つという時、人間は誤りやすい。(当然のことだろう)直感だけを頼ることはできない。読みの精度にも限界がある。だけど、少しでも最善に近づいていきたい。勝つこと(強くなること)を信じて読み耽る。それが私の本文だ。

「佐々木先生、残り3時間です」
 ああ、もう残り半分になった。




8筋の悩ましき歩をみつめては
過ぎ行く時は
金なり

(折句「ハナミズキ」短歌)

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【短歌】シンガポール・スリリング(折句)

2021-05-23 10:32:00 | 短い話、短い歌
 メニューというより百科事典のようだった。
「なかなかのもんでしょう」
「ええ」
「1500以上あるんですよ。日々が泡となって創造を広げていくので、新しいカクテルが生まれない日はないのです。だいたいここに来られたお客様は迷います。迷い疲れて帰ってしまう方も少なくないほどです。ああ、また生まれそうな……。お客様の疑り深い瞳が新しいヒントになるようです。野生の何かにも似て……」

 全くよくしゃべるマスターだ。
 私はメニューを閉じた。迷うために来たのではない。迷いを断ち切るためにやって来たのだ。

「おすすめは?」
「シンガポールスリリング」






朝焼けの獣と遊歩道を行く
ウィザード街の風景に溶け
(折句「揚げ豆腐」短歌)


快速のゼブラを追ってタップする
地平線までぬり絵天国
(折句「風立ちぬ」短歌)


絵手紙にトトロを添えてシンガポール
9月で200歳になります
(折句「江戸仕草」短歌)


憂鬱が希望の裏にひれ伏した
四重奏の宇宙遊泳
(折句「ユキヒョウ」短歌)


感嘆が過剰な歌を耳につけ
苺をかじる七分袖ジョー
(折句「鏡石」短歌)

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