眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

ステーキセット

2014-10-09 13:23:57 | 夢追い
 警備員に連行されながら、男は僕の方を向いて助けを求めた。「助けてくれ!」知らない、おまえのことなんて知らない。だって、僕はポイ捨てなんてしないんだから。おまえが、勝手に悪いことして、そうなっているだけだろう。男はともかくとしても、一緒についてくる大きな牛まで、警備員は成敗することができるだろうか。いくら屈強な警備員だって、あの巨大な牛を……。助けを求める男とも、凶暴な角の持ち主とも、僕は目を合わさないようにして、歩きすぎた。

 階段を駆け上がって、ホームまでたどり着いた。ぎっしりと家財道具を積んだ列車が逃げていくところだった。
「ああ、行っちゃったね」
 見知らぬ誰かのつぶやきで、すべてを悟るに十分だった。花嫁最終列車が見えなくなるまで、その場に立ち尽くすふらふらの人々。
「朝になっても、戻ってくるなよ!」
 さあ、どうしたものか、と歩き出す。階段をとぼとぼと下りて、どこへ行くか決めかねたままの足が浮いていた。
「よくも、ご主人様を見殺しにしたな!」
 闇の向こうから、怒りで角を伸ばした獣が猛然と迫ってきた。やはり、警備員の手には負えなかったか。僕ではないのに。善悪の区別もつかない獣が、誤った方向に復讐の角を向けている。弁解の余地を持たないまま、僕は走り出す。理屈の通らない相手には、ただ逃げるしかないのだ。来るなら、来い。小回りだったら、こっちだって負けてはいない。

 発狂した店長のバックヤードのように圧縮した後部座席の中に、僕らは埋もれていた。
「降りられる?」
 心配する声の中を辛うじて抜け出した時、兄はいつの間にか自分だけの抜け道を使って抜け出していた。
「お腹空いたね!」
 入り口を潜ると店の中は晴れ着姿の女たちでごった返していた。
「何を食べよう?」
 座布団の上に落ち着くとメニューをパラパラとめくった。その中で現れたそばの1つが目に留まる。
「これ何?」
 そばに魚や玉子が交じっている。これがいい。そばか。みんなでこれにしよう。よし、鍋にしよう。
「こういうのは早く言って始めた方がいいんじゃない?」
 姉の指摘に従って、早速呼んだ店の人は、なぜか浮かない顔をしていた。
「鍋は朝になったらできますが、今はまだ夏の暑い時だから……、
どうか、他に好きなものを頼んでください」
 そばを愛する父は気落ちした様子で、いっそ他の店に行こうかという雰囲気を見せ始めたが、移動すると必要以上に時間がかかってしまうし、同じ迷うならこの場所にいたまま迷った方が効率的だ、と冷静な姉の提案によってもう1度座布団の上に留まったまま仕切り直すことになった。残念だなあ。誠に残念だなあ。父は、なかなか未練を断ち切れずにいた。
「ステーキセット」
 気がつくと兄が自分だけ注文を告げていた。
「苺かバナナジュースがつきます」
「どれどれ?」
 兄の注文したものを見つけ出そうと慌ててメニューをめくった。秋刀魚、鰯、鮭……。みんな魚ばかりだった。
「ほら! そこにあった!」
 姉の声でページを戻る。あった。スレンダーなステーキだ。特別な塩で味付けがされていると書かれている。
「僕もステーキセット!」
「そろいもそろってビールが飲めないのですか?」
「車でね」
 残念そうに父が女の人に言う。
「飲めるよ!」
 運転手以外は飲めると姉が主張する。
「いや。不祥事の責任を取って連帯責任です」
 ビールなんて苦くて声が大きくなるだけなんだ。
「また、変なこと言わない!」
 余計なことを言うとすぐ姉に怒られる。
「ちょっとどいて!」
 乱暴な物言いでエプロンをつけた男たちが、座敷の隅を通り抜ける。
「今から解体作業をしますからな」
 すぐに焼き上がって、メニューの写真のような肉が食べられると思っていたが、期待はずれだった。
「時間かかるな」
 腕組みをしながら、父は誠に困ったという風に苦笑いをし、
「朝になるぞ」
 追い討ちをかけるように、兄は悲観的な予想を立てながらも、やはり苦笑いを浮かべている。
「朝になったら鍋にしてもいいね」
「本気? お母さん」
 みんなどうかしているのではという風に姉が心配の声をあげたが、みんなはまんざらでもないという様子で、へらへらと笑っていた。

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手書き

2014-10-09 01:10:21 | 折れた左とフリックの夏
手書きには手書きのよさがある

消しゴムでゴシゴシと消すこと
スーッと1本打ち消し線を引くこと
1文字ずつ丁寧に書くこと
うわごとのように殴り書くこと
クルクルとボールペンを回すこと
なかなかインクが切れないこと
紙のノートに触れること
ゆっくりと詩を書くこと
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