発注はセブンスターが1だった。1とは、1箱を指すのかそれとも1カートンを指すのか。1箱ではあまりにも軽すぎるが、切羽詰まって1箱に焦がれるという事情も想像はできる。結論は出ないまま僕は河川敷に行った。
「セブンスター」
「620円」
煙草売りの青年はぶっきらぼうに言った。1についての常識をたずねようとしたが、疎ましげな顔に思えやめてしまった。煙草を手にしたので安心して、草むらの上で仮眠をとった。しばらく休んでいたが、突然土砂降りに見舞われたので慌てて逃げ出した。
勢いで上がった坂はほとんど直角だったと後でわかった。上ることはできても下りることはかなわない。自転車という乗り物の矛盾を知って悲しくなった。これを上ったの……。真下をみれば恐ろしいほどに遠い。他に道もない。レスキュー隊を呼べばどれだけ取られるか。どれほど人騒がせか。馬鹿なことをした。本当に馬鹿だった。一通り嘆く間に新しい発想が湧いた。シャツを自転車に巻き付けて先に下ろす。生身の自分だけなら、飛べないことはない。きっとできる。大丈夫だ!
薄暗いキッチンに姉は独りだった。寒いよ。7℃か8℃だと僕は言った。姉は900円貸してくれと言った。僕が千円を渡し待っていたが、お釣りは返ってこなかった。やっぱり千円だと言う。もうすぐ誰かが迎えにくるらしい。
青いセーターを着たまま風呂に入った。窓が30センチも開いていたので、2センチまで閉めた。上がろうとしていると、庭から田中さんが駆けてきて、元の30センチまで窓を開けた。
「恥ずかしいわ!」
窓をちゃんと閉めて風呂に入るのは恥ずかしいという態度だ。文化の違いというものだろうか。
鞄の中に油揚げが残っていて焦る。誰かに渡すはずの商品だったに違いない。「油揚げか……」それならばと母は夕食のメニューに取り込もうとしていた。駄目だ。やっぱり返しに行かないと。