ネズミが箸を転がして人々を大いに笑わせていた。
羨ましい。
どちらが?
尊敬交じりの視線を浴びるネズミの方か、純粋に口を開き手を叩ける人の方か。どちらでもあり、どちらでもないような、複雑な感情。羨ましくて仕方がないのに、なりたいかと言えば、全力で今の自分にしがみつきたくなってしまうのだ。彼らのシンプルな仕草の中に、決して交わることなどできない。
「そろそろ僕たちの出番だ」
モップを持って主役のネズミを追い立てる。
「もう今夜はお開きですぞ!」
ネズミは喜ばしい運動を中断させないように逃げた。一心同体。熟練の作業を打ち負かすために、こちらもギアを上げる。怒りに憎しみを加えてモップを伸ばす。ネズミは逃げきれないとみるやウサギに転身して夜を越えた。箸はなおも自力で運動を続け、しばらくすると立ち上がって名のある牛丼屋のドアを潜った。余興を断ち切った僕の背中を、民衆の敵意が突き刺す。痛い! 敵意以上の武器が迫っている。メインストリートから離れ、僕は公園沿いの道にまで逃げた。
歩道を転がっているのは箸ではなく、もっと純粋な形をしていた。
独りだ。いつかの少年の足から離れたボールだろうか。
あまりに自然で理にかなっていたから、ただ地面を転がっていくだけの運動に癒されていた。
球体に光が射して癒しは突然かなしみを含んだ敵意に変わってしまう。これが自分なの? 誤らぬ人も変わらぬ人もいない。だけど、どうしても受け入れ難い面ばかりだった。くたびれた自分、膨らんだ自分、失われた自分、誤解された自分、歪められた自分、ねじ曲がった自分……。軌道修正。そんな言葉もあっただろうか。立ち向かうための武器は1つではとても足りない。自分を消すには素材が必要だ。正確なタッチ、物語、疾走、誤字脱字、未知との遭遇、ラジオ局、コーヒーの香り、書き殴る仕草……。いつからかお腹が痛い。いつからか愛せない。もっともっと。満たされながらすべての自分が消えていくことを願っている。もっともっと。
「他に必要なものはありますか?」
あるに決まっているだろう。いくらでも。不満はいくらでもある。望まないことはいくらでもある。
一度は自分を消して、昨日を消して、それから変わるのだろう。