「ここで何をしてるの?」
「信号を待っている」
「どうして待ってるの?」
「赤だから」
「だからどうして?」
「決まってるから」
「誰が決めたの?」
「昔の人だよ」
「いつまで待つの?」
「青になるまでさ」
「ただ待つだけ?」
「待つしかないからね」
「ふーん、暇なんだ」
「そうじゃない」
「あの人はもう行ってるよ」
「あの人は……」
信号が変わると男は消えている。けれども、信号を待っていると再び男は現れる。疎ましい奴だ。
「ねえ何してるの?」
「信号を待っている」
「どうして待つの?」
「赤だからね」
「だからどうして?」
「みんなそうする決まりなんだよ」
「みんな?」
「みんなだ」
「本当にみんな?」
「そう。みんなだ」
「損してるんじゃない?」
「そんなことないよ」
「あの人たちはもう行ってるよ」
「そうかい」
「楽しく歌ったり陽気に乾杯したり」
「そうかい」
「わいわい騒いだりしてるよ」
「人は人だよ」
「あなたは?」
「信号を待ってる」
「決まりだから?」
「決まりだから」
「遅れてるんじゃない?」
「遅れても生きてるんだよ」
「守る価値があるの?」
「生きていればチャンスは残せるからね」
「ただ待つの?」
「そうだ」
「ふーん、暇なんだ」
「そう思うならそれでいいよ」
「ふふ、やっぱりそうだ」
信号が変わると男はもういない。長い信号は苦手だ。問い詰められる時間まで長くなってしまうから。点滅が終わろうとする頃に飛び込んでいく人の気持ちも少しはわかる。待たされて苦しむ時間がみんな嫌いなのだ。
松虫通の端っこに、押しボタン式の信号機がある。ボタンを押すとおよそ2秒で歩行者信号は青に変わる。なんて話の早い信号だ! 渡り切ってから5秒もすればもう車が流れ始めている。問い詰め男が現れる余裕も与えない。この信号をどこへでも持ち運ぶことができたなら、人間の時間はもっと豊かなものになるのではないだろうか。
横断歩道を渡った道をそのまま真っ直ぐ進むと迷わずモスバーガーへ行くことができる。