眠れない夜の言葉遊び

折句、短歌、言葉遊び、アクロスティック、夢小説

レインボー・ゴール

2022-09-15 04:06:00 | ナノノベル
 胸についたバッジ(俺の主治医)が黄色から激しい点滅に変わり、そのペースは徐々に速さを増していた。ついにこの日がきたか……。色が赤になった瞬間、俺の引退が確定する。ピッチ袖では交代の準備が進められていた。あの番号は。(やっぱり俺か……)

 遠のいていく意識の中で、俺はバイタリティ・エリアに入っていく。新しいサイドバックから最後の贈り物。トラップはできない。精一杯に伸ばした足の先が微かにボールに触れて押し出した。その瞬間、ちょうど飛び出して来たキーパーの股を抜けた。(間に合うな!)戻って来たディフェンスは追いつけず、そのままゴールに入った。

 奇跡か、故障か、胸のバッジの点滅は止まり、青になっていた。俺の体は弾むように軽く、頭は冴え切っていた。交代のカードは取り下げられたようだった。
 俺はボールを取ってセンター・サークルまで駆けた。ゲームはまだ振り出しに戻っただけ。喜んでいる時間はないのだ。

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魔法の駒

2022-09-14 01:18:00 | ナノノベル
「どうしても勝ちたい」
 ずっとそれだけを考えて修行を積んできた。四間飛車から始め三間にまわり、他にもあらゆる振り飛車を試した。勝ち越すことは適わなかった。
 次は思い切って居飛車に転向した。矢倉、相掛かり、角換わり、横歩取り。あらゆる戦法を試してみたが勝ち星を積み重ねるには至らなかった。そして、今日はとっておきの雁木でも負けてしまった。今更振り飛車党に戻るわけにもいかないし……。万策尽きるとはこのことだ。もう戦法のせいにすることはできない。

「師匠。僕はもう田舎に帰ります」
(僕は将棋が弱いんだ)

「ちょっと待った!」
 師匠は即座に待ったをかけ、
「この駒を使って研究しなさい」
 と助言をくれた。
 無駄とは思ったが気がつくと『大山全集』を並べていた。
 指先が今までにないほど軽かった。

 これはいったい……

 一度並べただけで棋譜が脳裏に焼きつくようだ。細部の変化に渡って正確に理解できるのがわかった。時々、開いた窓から入ってきた風に歩を飛ばされた。また、台風がきているのか。
 生まれ変わったつもりで四間飛車に構えると、面白いように勝ち始めた。長い冬の時代がまるでうそのようだった。

(やっぱり振り飛車って面白い) 


「あの駒は……」
 師匠の答えは僕の読みに全くないものだった。

「あの時、君はあと一歩のところまできていたのだ。必要なことはただ先へ進むことだったが、そのためには君の決意に待ったをかける駒が必要だったんだ。あの駒はただ道を延ばすための駒だ。500円のだよ。軽かっただろ」

「無茶苦茶軽かったです」
「だけど、あの時の君にはそれでよかったのさ」

 師匠、そいつは反則だよ。

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コンビニ消失

2022-09-13 00:32:00 | ナノノベル
 歩くことの目的は、自分を自分から引き離すことだ。知識を吸収したいわけでも、歩数を稼ぎたいわけでもない。いっそあらゆる意味から解放されたかった。(テロップをつけて意味を押しつけられるのはうんざり)喧噪は言葉から意味を奪い去ってくれる。意識はゆっくりと薄れ、歩いているのではなく大地に運ばれていく感覚に切り替わると、懐かしい揺りかごの中にいる。口の中を魚が泳ぎ始めた瞬間は、猫になることもあった。

 箱の中に手を差し入れた瞬間、恐怖が感情の上に立っている。初めての瞬間は、最も警戒を要する。不測の事態に備えて、進むよりも引き上げることを主に考えて、ゆっくり、ゆっくり……。何もしてこない。どうやら敵対するものではないらしい。警戒が薄れるにつれて徐々に大胆に深く広く、触れる。これはきっといつかの。指先の運動が輪郭をとらえ始める。想像を記憶と照らし合わせて、結論を導き出す。理解できたらもう手を引いてもいい。理解は体験よりも大きな意味を持っていた。震えているのは声だ。ああ、ここにいたんだね。傷ついたものが翼を休めている。

「息を呑む瞬間にも私は傷ついていた。生きることは傷つくことと背中合わせで、私は助けられてばかりだから恩返しがやめられない。助けられた分だけは働かなければ、だってアートに終わりなんてないんだから。だけど、本当は私のことをもっと見てほしかった。個展だって開きたい。それくらいの作品はあるのだから。けれども、伝統と民意がそれを許さなかった。私はいつでも慎ましい存在であって表に立ってはならない。寂しさは外側にあるのではなく、私の中にあるのだ。たった1つの自分が、私が私を追いつめてかなしくさせるのだ。根元が自身にあるのだとわかって私はどうにかなりそうだった」
「前向きになれたのね」
「……」
「ねえ、根こそぎ王の話知ってる?」


 信号を待つ間に夜が以前よりも随分暗くなったことに気がついた。この大地に戻ってきたのは久しぶりのことだった。
 客が多くはないと思っていたが、まさか本当になくなるとは……。コンビニは突然消えて、大きな明かりを放つものは他になかった。突然というのは思い込みで、本当は長い時間をかけてゆっくりと消えていったのかもしれない。長い間、あの場所にいた人たちは(きっと生活の一部だった)どこへ行ってしまったのだろう。吉本さん、原田さん、横山さん、中西さん、樋口さん、田中さん、みんな何処へ……。ある時にはこの街の中心だと信じられた場所が、今では何もない空き地になってしまった。僕はこれからどこで煙草を買えばいい。違う。僕はもうやめたのだ。それはずっと昔の話だった。すっかり闇に包まれた街に着信の光が届く。

「店長の吉原です」
「どうも。お久しぶりです」
「お久しぶりです。私たちは別の支店にいます」

 私たち……。そうだ。コンビニがあるのはこの街だけではない。闇が嫌ならば、光ある方に向いて歩いて行くことができるのだ。

「地球はワニのお腹の中に入りました。おかげでみんな無事ですよ。君も頃合いをみてこちらに来るといい」

 頃合い……。
 僕は曖昧な返事をして電話を切った。
 方法もわからないのに、どうやって時をみるというのだ。やはり店長はどこまでも遠く、無責任な存在に思えてくる。心配は突如みんなのことから自身のことへと切り替わった。
 消えたのは僕の方か。
 僕は帰る場所を間違えたのだ。

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ゲリラ役員会の分解

2022-09-12 03:26:00 | ナノノベル
「急に1000万カットなんて生活が成り立たんよ」

「そうだ!そうだ!」

「ビール1杯いくらすると思ってんだ!」

「ビールなんて飲まなくていい」

「そうだ。ワインにしなさい!」

 役員会は荒れに荒れた。

「ワインの方が高いだろうが」

「それはものによるんじゃないの?」

「そうだ!そうだ!」

「パチスロ1日いくらになると思ってんだ?」

「ギャンブルじゃないか。いくらでも足りませんよ」

「1000万も突然すぎるでしょう!」

「そうだ!そうだ!」

 役員会は大荒れとなった。1000万の不満が会議室全体を揺るがしている。意見をまとめることは至難の業である。

「ハンバーガー1ついくらだと思ってるんだ!」

「食パン食べてる方が健康的ではないですか」

「そういう問題じゃない!」

「あいつら牛丼食わせとけよ」

「そうだ! 職員のボーナスカットしろ!」

「そうだ! バイトの時給下げろ!」

「まあまあ、そこはコンプラですから……」

 議長が過激な発言を宥めようとする。しかし、荒れ放題となった役員会を制御するには力量が足りない。その後も役員たちから次々と不満の声が噴き出す。

「ロボットにさせればいい」

「そうだ!そうだ!」

「何にせよ1000万も突然減らすなら明確な根拠を示してくれなきゃ」

「その通りだ!」

「CD1枚いくらすると思ってるんだ!」

「そんなものは必要ですか。圧縮すればいいのでは?」

「円盤が好きなんだよ!」

「そうだ!そうだ!」

 荒れ果てた役員会に終わりはみえなかった。突然の1000万カット。それを容易く飲み込んでみせるほど素直な人間は一人としていなかった。けれども、突然、ノックもなく会議室のドアが開いた。

「はい、みんなそのまま、動くな!」

「何だお前たちは?」

「東京トップ特権突入部だ!」

「コーヒー1杯いくらすると思ってるんだ!」

 空気の読めない役員が席を立って机を叩いた。すぐさま問題の役員を突入部が囲い取り押さえた。

「引っ立てろ!」

「へいよ!」

「おい! 抵抗するな!」

「何をするんだ! 私が何をした?」

「じたばたするんじゃない! 観念しろ!」

「何もしてないだろうが!」

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猫ばばファミリー

2022-09-11 02:33:00 | 夢追い
 発注はセブンスターが1だった。1とは、1箱を指すのかそれとも1カートンを指すのか。1箱ではあまりにも軽すぎるが、切羽詰まって1箱に焦がれるという事情も想像はできる。結論は出ないまま僕は河川敷に行った。

「セブンスター」
「620円」

 煙草売りの青年はぶっきらぼうに言った。1についての常識をたずねようとしたが、疎ましげな顔に思えやめてしまった。煙草を手にしたので安心して、草むらの上で仮眠をとった。しばらく休んでいたが、突然土砂降りに見舞われたので慌てて逃げ出した。

 勢いで上がった坂はほとんど直角だったと後でわかった。上ることはできても下りることはかなわない。自転車という乗り物の矛盾を知って悲しくなった。これを上ったの……。真下をみれば恐ろしいほどに遠い。他に道もない。レスキュー隊を呼べばどれだけ取られるか。どれほど人騒がせか。馬鹿なことをした。本当に馬鹿だった。一通り嘆く間に新しい発想が湧いた。シャツを自転車に巻き付けて先に下ろす。生身の自分だけなら、飛べないことはない。きっとできる。大丈夫だ!

 薄暗いキッチンに姉は独りだった。寒いよ。7℃か8℃だと僕は言った。姉は900円貸してくれと言った。僕が千円を渡し待っていたが、お釣りは返ってこなかった。やっぱり千円だと言う。もうすぐ誰かが迎えにくるらしい。

 青いセーターを着たまま風呂に入った。窓が30センチも開いていたので、2センチまで閉めた。上がろうとしていると、庭から田中さんが駆けてきて、元の30センチまで窓を開けた。
「恥ずかしいわ!」
 窓をちゃんと閉めて風呂に入るのは恥ずかしいという態度だ。文化の違いというものだろうか。

 鞄の中に油揚げが残っていて焦る。誰かに渡すはずの商品だったに違いない。「油揚げか……」それならばと母は夕食のメニューに取り込もうとしていた。駄目だ。やっぱり返しに行かないと。

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プロローグ1

2022-09-10 02:24:00 | 新・小説指導
「背中をかいていると腕は伸びていくものさ。書き続けていくことが大事なんだよ」

 老人が手を伸ばすと雲を軽々と突き抜けた。

「ほら、月の石だよ」

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ワン・ウィーク、ワン・ドリブル

2022-09-09 05:25:00 | ナノノベル
 ジレンマのブランコに乗ったまま僕はボールを運んでいる。ゴールしたい自分。ゴールを忘れるほど遠くへ行きたい自分。ずっといたい自分。(何も不自由はない。だけど満足しているわけではない。恐ろしいほどに心地よい瞬間がある。例えようもなく空っぽになる瞬間がある。ここではないと思える自分がいる内に、動き出さなければならないのではないか)離れなければならない自分。もっとゆっくりしたい自分。ゆっくりしてられない自分。捕らわれた時の中で引き裂かれていく自分。触れていなくてもいい。意識の片隅に見えるゴールが、自分を強く引き留めようとしている。

 ボールは疲れない。コーチが高らかにパスの尊さを説いていた。いいかパスはな、ヒョウの背中だって越えられるんだ。瞬時に100メートル先へ届けることもできる。パスは空を飛ぶことだってできる。いいかパスはな、人と人とをつなぐ挨拶なんだ。言葉は何よりも大事だ。おはよう、こんにちは、どうも、こんばんは、ありがとう、元気か、おおそうか、またな、じゃあね、やあ、お久しぶり、元気か、最近どう、おお、ぼちぼちさ、そうか、おやすみ、ありがとう、寒いですね、まだまだね、こんにちは、おめでとう、サンキュー、ハロー、オラ♪ 言葉はピッチを駆けめぐるグローバルな戦術だ。いいかパスはな、ラジオだ。どれだけ離れたところにいても、どんなに暗く沈んだ夜にも誰かのリクエストを届けることができるんだ。
 僕だけにコーチの教えは届かなかった。

「お前どうしてそんなにドリブルにこだわるんだ?」

(僕はずっと独りだったんだ)
 別に理由なんてないんだ。

 1週間が終わろうとしている。
 僕は何をした? 何かを成し遂げたか。
 むしろ失ったのかもしれない。
 だからこれは小さな死に違いなかった。

(前にもこんなことがあったぞ)

 駆け上がる。ターンする。シュートする。ネットが揺れる。空に拳を突き上げる。飛び上がる。喜びを爆発させて月とハグをする。主審が耳に手を当ててフリーズする。神さまの目から観察して幸せが取り消される。ゼロになる。みんなゼロになる。星の見えない夜。下を向いたまま帰途に着く。終わる。また終わって行く。
 リプレイ、カバー、トリビュート、誰かのV、時の喪失。

 僕は誰だ……。
 降りられないブランコの上に残された。

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帽子の男

2022-09-08 02:43:00 | ナノノベル
「帽子のツバが好きでね」
 シャッターの下りた店先で男は言った。
「ツバのない帽子ってのもあるんですかね?」

「ツバは影を作り出す。俯いて見れば子猫をお菓子を恐竜を昆虫を復讐を昨日を夏を……。光の加減と自分の立ち位置次第で作り出せない影はない」
 それはイマジンだと男は言った。

「ツバはサインを作り出す。触れたり離したり。また、その触れ方。触れる回数。他に触れる場所との組み合わせによって、高度なサインを作り出すことができる」
 それは送信だと男は言った。

「ツバは涙や感情を隠す。だから、ツバは私のような弱い人間にはなくてはならない。また、あらゆる創作活動を営む者にとっても欠かせない存在だろう」
 それは護身だと男は言った。

 男は帽子のツバが日々の暮らしにどれほど役立つかを力説した。
「理想の長さってあるんですかね」
「右手中指よりも長く冬よりも短い。そうしてこそツバとしての役目を果たせるだろう」
 そう言うと男はツバに3度右手を当てた。するとどこからともなく5匹の犬が駆けてきて、男の周りを跳ねまわった。

「さあ、出発だ」
 それは犬へのサインだった。
 手慣れた連携プレーを見せて、帽子の男と帽子の犬たちは街の中へ消えた。

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豆腐と国際スパイ

2022-09-07 08:13:00 | 夢追い
 ファミレスのテーブルはみんなつながっていて、どこかの宴会場のようだった。単品の注文センスについて姉がやたらとダメ出ししてくるのが疎ましい。理屈で抵抗することをあきらめて感情を露わにすると、気まずい空気が周囲にまで感染してしまった。姉は消えて、路上に母と二人になっていた。
「何食べたい?」
「豆腐」
 豆腐か……。僕は新幹線の時間が気になっていた。母や今日家に帰らなければならないのだ。ネットで豆腐を検索すると、出てくるのは不思議とポン酢の製造業ばかりだった。

 こうなったら直接パークスに行こう!

「メールできる?」
 万一迷子になった時のために母に聞いた。母は忘れたと答えた。仕方なく手をつないで歩くことにした。直接つながっていれば、どれだけ人が多くても安心だ。

「痛い!」
 手のつなぎ方がよくないとジョナサンが訴えた。いつの間にか母がジョナサンと入れ替わっていたのだ。僕はジョナサンと手を切った。「ジョナサンも来る?」ジョナサンは少し笑みを浮かべながら首を振った。僕はその微笑の意味を理解できなかった。

 噴水の辺りで迷子になっていた母を救出した。まずは屋上に行く。屋上は大道芸広場になっていて、世界中のアーティストたちが集結していた。全部を見て回りたいけれど、今はそれどころではない。母は鉢植えの品揃えに高い関心を寄せた。突然、スーツの男が仰向けになって倒れた。気絶したとみせながら吹いた泡が高く上がって、蝶やクジラやカワウソの形に変わった。正気の国際スパイだ!
 エレベーターの中には10人ほどの人がいた。きっと誰かが危険を顧みず訴えるべきなのだ。

「乗務員さん!」
 僕は先ほど見た屋上のことを告げようとした。彼はまずは落ち着くように僕を制した。

「スパイの男ですね」
 エレベーターを下りたところで言った。みんなわかっているというように冷静な口調だった。だったらもう安心だ。本題の豆腐をたずねて僕らは玩具売り場を歩き回った。

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月夜の横断歩道(つながっていたい)

2022-09-07 02:54:00 | ナノノベル
 青にならない信号の前で立ち止まっている。しかし、この信号を待つのだろうか。待たなくても渡れるように思える。だけど、僕は既に待ち始めている。待った以上は待ち続け待つという任務を果たすことが義理ではないのか。けれども、それはいったい誰のためなのだ。さあ、それは誰のためだ。
 例えば、隣で誰かが見ているのか。例えば、空から神さまが見ているのか。あるいは、後ろから母さまが見ているのか。例えば、車はまるで走っていない。例えば、周りに人の気配もしない。例えば、空にはお月さまが見える。それでは、明日は雨の心配はなさそうだ。

 されど、こうして青にならない信号を待ち続けるのは、いつからか体に染み着いて取れなくなった仕草なのであろうか。さりとて、人間は染まったものをあとから作り替えることもできる。そして、それは常に自分次第だろう。が、そこに待ったをかけようとするのもまた自分に他ならないのである。とすると、この状況は信号というシステムと自己意識の対立と言えるのかもしれない。でね、ためらう理由があるとするなら。それをずっと考えてた。

 ほんでな、僕はどこかであの世のことを考えてもいるのだと思った。あの人は、最後まで守り抜いていきましたよって、ほめられたい。そんな未練がどこかに眠ってるんじゃないかって思う。実は、とっくに終わっているのは世界の方で、もう目の前の信号なんかに1つの意味もない。真夜中の信号の前に立つと、いつでもそんな幻想にとらわれそうになる。

 その時、背後から現れた羊の群が一斉に僕を追い越して道を渡って行った。あとに柴犬が続く。約束された時があるのか、帰らなければならない家があるのか、何だろう。更にそのあとに少年が羊たちを追いかけて行った。みんな何もためらいを持たないように勢いがあった。少年のあとに続くものは、もう何も現れなかった。彼らが通過するのは、花火が1つ打ち上がって消えていくまでの間だったように思う。でね、僕は独り取り残されたように思った。
 赤い月夜だった。本当は、信号なんてどこにもなかったのかもね。

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折句例文ありがとうございます

2022-09-06 15:53:00 | 短歌/折句/あいうえお作文
あたたたた
理路整然と
肩を突く
父ちゃんこれぞ
敬いのツボ
(折句「ありがとう」短歌)






雨の強がり

竜の壁画

学者のコント

当落線上の角砂糖

うそつきの標語

ゴマフアザラシの前座

ザーザー降りの語らい

鰯のメロドラマ

魔術師のクリスマス

雀の時間

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僕は壁(猫の道)

2022-09-06 11:45:00 | ナノノベル
 僕がセンターを歩くのは通りを横切る時だけだ。
「ちょっとこっち向いて」
 不気味な道具を突き出しながら興味本位な人間が近づく。
「嫌だね。ただでモデルはやらないんだ」
 すぐに壁沿いまで避難する。壁にピタリと身を寄せて歩く。

(壁沿いを行け)
 遠い昔、母からしつこく言われた教えだった。
 壁は泣かない。何も馬鹿にしない。どこからも引き抜かれない。世間に関わらない。壁は簡単に飛ばされたりしない。壁は母だ。僕は壁だ。
(壁に身を寄せて。どんな時もそれを忘れないように)
 何者も入り込まないように、ピタリと体をくっつけて。広い世界を捨てることが生きていくコツだ。壁ある限り僕だけの道が続く。

「おいでよ」
 優しげな声に決してなびくことがないように。
 あいつが一歩一歩近づいてくる。
 ゆっくりならば騙せるとでも思っている。
 右も左にも逃げ道はなくなった。

(上をみろ)
 それなら僕は僕を越えて行くよ。

「残念だったね」
 あんたら人間には、とても越えられない壁さ。

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空回りチェーン

2022-09-04 03:20:00 | ナノノベル
「最大で半額!」

(ただで美味しい思いはできないものだ)

 まずは規約に目を通して申し込み用紙に記入。会員カードを作成する。それから厨房に入ると皿洗いを手伝った。社訓を暗記してマネージャーに納得してもらう。厨房の清掃が終わるとバックヤードに入って投資ビジネスについて学んだ。猫店長に挨拶を済ませてようやく本題の寿司と向き合うことができた。客になるのも楽ではない。少しつまんだくらいでは話にならない。

「一定の条件を満たしていただく必要はございます」

 100貫を食べて注文したビールこそが、半額になる。
 なってくれるのだ!
 私は腹を叩いて戦い抜いた。

「因みに半額になるのは今日ではございません」

「そんな……」

 ここまでさせておいてそんな仕打ち……。

「今日って書いてないもん」

 確かにそうだ。
 そんなことにはどこにも書いていなかった。
 私の解釈がただ空回りしてスシをつまませただけだろう。

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さよなら夏休み

2022-09-04 01:43:00 | 折句ののしりとり
さすらいの月夜

四次元の小松菜

泣き虫のコアラ

ラムネの刹那

内緒のココナッツ

積み木の駄菓子屋

山なりのパス

西瓜の極み

未明の古本

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レター・バード

2022-09-02 05:11:00 | ナノノベル
「おかえり。早かったね」
 鳩はまたすぐに戻ってきてしまった。
「どうした? 風が気に入らないか?」
 ネットは遮断され、頼りになる伝達手段は鳩の翼だけとなっていた。

 眠っていたら牛扱いされました。 
 チャンバラしてたら侍になっちゃいました。
 キャベツが一玉500円です。
 助けてください。
 この国はやばいです。

 次の日も、手紙を託して鳩を放す。

「おかえり。そんなに家が好きかね? 我が家が一番かね? 仕方がない子だね。今日はゆっくりおやすみ。でも明日はお願いね。あんたしかいないんだから」

 横断歩道を渡るのもままなりません。
 首相が同時に2人並んで座っています。
 すっかり子供たちを見かけなくなりました。
 ほうれん草が一束500円だそうです。
 この国はやばいです。
 どうか助けてください。
 私たちを星の向こうに引き上げてください。

 頼んだぞ。行っておいで!

「おかえり。人助けが嫌いかね?
空を忘れてしまったかい?」

 きっと困った時だけ頼りにしても駄目なのだろう。
 復旧が宣言されて3日後に通信は回復した。利用者には一律に300円がかえってくるという話だ。

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