
ある晴れた日に第130回
長男のしょうがい者施設入所に備え、現金30万円を持って鎌倉から大和市へ向かった。
家具やテレビ、寝具など一式を、大和市のヤマダ電機やニトリへ行って買い込むのだ。
施設に入るのは大変だ。「もうこれがラスト・チャンスです」と言われて思い切ったのだ。
しかし、いくら私たちが思い切って、新居の備品を買いそろえても、好き嫌いの激しくデリケートなカナー氏症候群者が、急に「ノー!」と言い出せば、すべてがオジャンになってしまう。
何事もなく入所してくれればいいのだが、と祈る思いで、雨の246を走っている。
妻が運転する自動車に乗って。
正確には、乗せていただいて……。
車は、去年の暮れになけなしの金をはたいて買ったAQUAである。
色はどう見てもただの白なのに「ライムホワイトパールクリスタルシャインです」とセールスマンは言い張ったっけ。
妻は、「私たちが買う最後の車ね」と、のたまわった。
ちなみに車のナンバーは2012。
こうしておけばいくら耄碌したって買った年を忘れないだろう。
さっきから妻は黙って運転している。
何を考えているんだろう。
彼女は、老人がいつまで自動車を運転できるかという偉大な実験に取り組んでいるのだ。
私は自分ではなにも出来ないので、妻に先立たれたら私は終わりだ。
「いわゆるひとつの江藤淳」だ。
無能の極致。夢見ることしかできない、愚図で低能のわたし。
雨はだんだん激しくなる。
桜ケ丘辺りを走っているうちに、私は、いま自分が心の奥底でいちばん欲しているものが何であるかに気がついた。
本当に私と息子に必要なもの。それは家具やテレビや寝具ではなく、一挺の銃と二発の銃弾。
これさえあれば、いざというときに一番役に立つだろう。
でもそれは、残念ながらヤマダ電機でも、ニトリでも、無印良品でも売ってはいない。
どこかで売っていないか、一挺の銃と二発の銃弾?
誰か私に、一挺の銃と二発の銃弾を売ってくれる者はいないか?
こういう時にはジャパンは不便だ。アメリカならすぐにも買えるのだが……。
突然私は、出張でアメリカに行くたびに、靴底に短銃の部品を数回に分けて密輸入していた西部劇マニアの元上司を思い出した。
雨はどんどん強くなり、とうとう土砂降り。
街も、道路も、車も、隣で運転していたはずの妻も灰色の雨に覆われ、
そして、何も見えなくなった。
ついにゆくその日のために一挺の拳銃と二発の銃弾を我に与えよ 蝶人