ある晴れた日に第132回
ただ過ぎに過ぐるもの、帆かけたる舟。人の齢。春、夏、秋、冬。
私の近所では、どんどん人が土に帰る。
私の家のすぐ斜め向かいの若いご主人が急死したのは、確か「子供の日」だった。
私の家の少し先のご夫婦の長男で、夜眠っている間に亡くなった高校生の息子さん。彼はバスケットが大好きだった。
私の家のちょっと先にあるアパートで練炭自殺した見ず知らずの男女3人。これは最近流行の「ネット死」だということで新聞ダネになった。
そのアパートのすぐ傍に住んでいた芥川賞作家の岡松さん。この人は三代将軍実朝の物語を書いた。
日本画の絵描きとして還暦を過ぎてから素晴らしい作品を生んだ小泉さん。この人は腐りかけのカブや建長寺の天井画の龍を描いた。
まだ50代なのに、ご主人と娘さんとお孫さんを残してガンで亡くなった植木屋の奥さん。
「鳩サブレー」を真似した「いちょうサブレー」の営業所の前のカーヴで、主婦ドライーバーのカローラに圧殺された働き盛りの労働者。まだその顔を覚えている。
金井不動産の金井さん。この人は私たち一家のために家を探してくれたが、美人の奥さんに先立たれ、若くしてガンで死んだ。
前々代の町内会長の大木さん。この人は突然町内から市会議員に立候補して落選した人に、「どうして事前に挨拶に来ないんだ」と呆れていたっけ。
そういえばうちのおばあちゃんも、泉下の人となってからはや1年が経つ。
もういちいち挙げないが、そのほかにも私の家の近所では毎日のように命が散らされ、そのたびに町内の回覧板に死亡告知が張り出される。
死はつねに私の傍にある。いま私が生きている場所が、死の場所。生者よりも懐かしいのは死者たち。
私は微かに震える水面を息をひそめて見詰めている。
ときどき半身を泉に浸したりもする。
さて、ここで問題です。
町内で、次のカロンの渡し船でアケロン河を越えるのは誰でしょう?
我が家で、次に黄泉の国に旅立つ人は誰でしょう?
ひたぶるに過ぎにぞ過ぎて夕暮れの泉のほとりにたたずむ二人 蝶人