ある晴れた日に第251回
西暦2014年6月29日午後1時、
君は、東京都新宿区西新宿1丁目のJR新宿駅南口の歩道橋に姿を現す。
一張羅のスーツに身をつつんだ君は、肩から拡声器をぶら下げ、
両手には2本のペットボトルを持ったまま、地上10メートルの屋根によじ登る。
橋上の人よ
新宿南口の歩道橋に立つ人よ
君は歩道橋の上の鉄筋の上にどっかりと腰を据え、
スピーカーの音量を最大にして、眼下の人々に向かって演説を始める。
「私は、内閣が容認した集団自衛権の行使に反対している。
それは、平和憲法が定めた専守防衛の掟を破る違法行為だ。」
「戦後70年近く、ただひとりの日本人も戦争に行かなかったのは、
外国との戦争を禁じる憲法第9条のおかげだ。」
そして君は与謝野晶子のあの有名な反戦歌を朗読する。
「ああ弟よ戦いに 君死にたもうことなかれ!」
しかし君の声は、街道を走るトラックや自動車の音、駅前の雑踏にかき消され
誰一人耳を傾ける者はいない。
橋上の人よ
新宿南口の歩道橋に立つ人よ
午後2時、ようやく人だかりができたようだが、君はもはや人々におのれの意思を伝えることをやめ、周到に準備した別のやり方で最後のメッセージを残そうとする。
独裁者の狂気の暴走を止めるために、いま何が出来るのか?
一人一殺の直接行動か、それとも同志と手を携えた緩慢な反対運動か?
悩みに悩んだ君は、聖徳太子の故事を、ベトナム戦争の僧侶を思い出す。
そして凶暴な猛虎の前に、おのれの脆弱な肉体を捧げようと決意する。
橋上の人よ
新宿南口の歩道橋に立つ人よ
君はペットボトルの中のガソリンを、基督に洗礼を与えたヨハネのように頭上に注ぎ、
おもむろにライターで火を点ける。
君が与えようとしたもの そしてわたしたちが受け取るべきものは何か?
火はたちまち君の全身を覆い尽くし、薄い灰色の煙が新宿の空高く流れてゆく。
なにゆえに決死の訴えに耳を貸さぬ夜郎自大の権力亡者よ 蝶人