照る日曇る日第733回
しみじみと三月の空ははれあがりもしもし山崎方代ですが
ことことと雨戸を叩く春の音鍵をはずして入れてやりたり
朝めしをかるくすませて面映ゆく世間をよそに横になりたり
幸はねて待つものと六十を過ぎし今でも信じています
山崎方代は大正3年に山梨県八代郡右左口村に生まれ、昭和18年にB29の爆撃を受け右目の視力を失い、昭和47年からは鎌倉の手広の山際のプレハブに棲み、酒と歌の日々を送りながら、昭和60年に71歳で死んだ自由と放浪と風雅の野人である。
いりうみのはずれに小さな村がありいつでもぬくくみまもられてる
朝比奈の隠し砦のあとどころほたるぶくろは花吊しおる
かりそめにこの世を渡りおる吾のまなこにしみるかたくりの花
小屋のなかにこもっているとたえまなくさくらの花が舞い込んで来る
残念ながら私が鎌倉に住んだときには、すでに肺がんで没していたために、その面影と痕跡を訪ねるためには、彼が愛した瑞泉寺とか八幡様の前の中華料理屋に足を運ぶことでしか叶わなかったが、幸いなことにその赤子のごとく天真爛漫な性格を吐露した天衣無縫の幾多の短歌が残されている。
としつきの差はさりながらさはあれどおしたい申しており候よ
湘南のくまがい草も咲き移り短く寒く夏はゆくなり
夕方の酒屋の前にて焼酎に生の卵を落としている
わたくしの六十年の年月にさはってみたが何もなかった
まだまだ秀作はたくさんあるが、作品の上下よりも、どんな歌もきばらず、粋がらず、まるで野生動物が呼吸するように自然に詠まれていく、素朴で伸びやかで融通無碍な人歌一体のありように限りなく惹かれる。
私はどんな高名な歌人先生よりも、こういう野良のアンリ・ルソーのような歌人が好きだ。
右翼紙への投歌を廃す神無月 蝶人