
照る日曇る日第796回
著者は大学1年生の夏休みに、戦争中に山奥に疎開されていた江戸時代の「黄表紙」30冊を釜石市の市立図書館に運ぶアルバイトをしたそうだが、その抱腹絶倒の面白さ、驚天動地の素晴らしさに魅了され、その時の貴重な体験がその後の歩みを決定づけたと自ら語っている。
本巻におさめられた「戯作者銘々伝」は、その経験から生まれ出た興味深い産物で、山東京伝、式亭三馬などの戯作者を題材にした虚実入り混じった戯作風の伝記物は、彼が得意中の得意とする滑稽や笑いの淵源がほかならぬ江戸文学に根ざしていたことを物語っているようだ。
とりわけ「戯作者銘々伝」の中の「山東京伝」と「京伝店の烟草入れ」を併せ読むと、著者の山東京伝に対する傾倒と思慕が思い知られて深く心に残る。
その他「他人の血」「犯罪調書」も、この作家特有の異様なまでに肥大飛翔していく妄想的想像力、そして裏歴史的題材への偏執狂的潜入の悦楽をあますところなくさらけ出していて、ときおり吐き気を催すほどの毒性とインパクトに満ちている。
ガマに逃げし沖縄の民を戦場に追いやりしは皇軍第三十二軍 蝶人