照る日曇る日第815回
巻第十三、十四、十五、十六を収めた本書は、正直申していささか退屈であった前巻はとはうって変り、編集も作品の切れ味も鋭くなってまことに読み応えがあります。
とりわけ遣新羅大使らの旅立ち、その苦難に満ちた道行き、行くものと待つものとの情愛を絵巻物仕立てのように繰り広げた巻十五、竹取の翁などの謂われ歌や滑稽歌や言葉遊び歌などを楽しくちりばめた巻十六は、頁を繰るのももどかしい。
されどグリコよりも何層倍も美味しかったのは、グリコのおまけであるはずの橋本四郎氏の解説「萬葉集の歌の場」でした。
氏は、大伴旅人の元で防人司佑という職にあったしがない下級官吏の、萬葉集に収録されたたった五首の和歌をテキストとしながら、萬葉集時代の歌詠みという営為が、宴会、祝祭、送別会などの集いの場における重要な文化と教養の交流の坩堝、一世一代の歌垣、かけがえのない友垣の場であったことを、目から鱗が飛び出すような鮮やかさで語りつくしています。
萬葉集のいくつかの作品では、さながら連歌のように、前の歌を受けて後の歌が慎重に詠まれていることも、遅まきながら初めて学んだ次第です。
萬葉集の生い立ちを諄々と解き明かしてくれる伊藤博氏の解説も極めて充実しており、この二つの論文を読むためだけにでもこの一冊を購う価値がありましょう。
格別に優れた歌とも思えぬが常連贔屓の新聞短歌 蝶人