照る日曇る日第962回
「鮫人」「AとBの話」という2冊の単行本に加えて「アマチュア倶楽部」という映画のシナリオ原稿が本邦初公開されている。
これは大正9年に大正活映活動写真株式会社の脚本部顧問に就任した谷崎が、はじめて手がけた正喜劇映画の原作&脚色原稿で、監督はトーマス栗原、主演、葉山三千子で同年11月に有楽座で封切られたというが、いったいどこか「正喜劇」なのか、どこが面白可笑しい映画なのかさっぱり分からない。
本人は書斎で呻吟している小説よりもこっちのほうが健康的だし、とりわけ湘南の海岸でのロケがことのほか気に入ったようであるが、こんな道楽に身を窶すくらいなら、どうしてスリルとサスペンス満載の小説「鮫人」を完成してくれなかったのか、と恨みごとのひとつも言いたくなる。
それはさておき、本巻の白眉は「AとBの話」の中に収められた短編「検察官」であろう。恐らくは戯曲「永遠の偶像」の上演を巡る警視庁検閲部との命懸けの戦いがこの短編に反映されているのだろうが、ここであまりにもリアルに叙述されている検察官と谷崎本人(分身)との戯曲上演許可を巡るやり取りは、藝術表現の自由に対する権力の検閲と弾圧の舞台裏をあますところなく描きつくして比類がない。
もしも国会で審議されている凶暴罪が確定したら、これと何ひとつ変わらない表現者に対する国家権力の介入が数十年ぶりに再開されるのだろうが、果たして誰が谷崎のように勇猛果敢に戦いうるだろう、と思わざるを得ない新治安維持法時代の必読の書である。
この世をば我が世とぞ思う安倍蚤糞にひれ伏し媚びるこの国の人 蝶人