照る日曇る日 第1209回
戦後日本と雑誌ジャーナリズムの一角にあった著者が「中央公論」「東京人」などの編集長時代の体験を赤裸々に語っておもしろい。
たとえば塩野七生は、学生時代に東レの「シャーベット・トーン」キャンペーンに応募して、そのネーミング当選のご褒美でイタリアに留学。そこで偶然会った著者が「ルネサンスの女たち」を書かせたことが、彼女の作家デビューにつながった。そうだ。
大岡昇平の「花影」は好きな小説だが、この自殺した魅力的な主人公は、なんと小林秀雄、青山二郎、直木三十五とも関係があり、大岡はこの女性と同棲していた、というのも初耳でした。
深沢七郎の「風流夢譚」右翼テロ事件の詳報なども興味深い。そういえば私も昔、たまたま光文社の知人を訪ねたところ、森村誠一の著書に抗議、威嚇、罵倒する右翼と出くわし、ひたすら平身低頭する総務課長氏にいたく同情したことがある。
そのチンピラ右翼の投げた灰皿は、あやうく私に当たるところだった。くわばら、くわばら。 知識人がいちばん弱いのは暴力である。 私なんか偉そうなことをまき散らしていてもドスを孕んだヤクザに襲われたらひとたまりもないだろうな。
しかしこの本は、いま流行の「語りおろし」であって、著者が自ら書いたものではないから、文体が無個性で、その内容までも嘘っぽく感じられる。
タイトルは中央公論社の嶋中鵬二氏の名言だと著者はいうが、どこが名言なの、私にはわからん。
文学者がひとり死んだくらいで時代が変わってたまるか。
南北で2つに分かれし万世のいずれが正当いずれが異端 蝶人