もうしばらくは天候の移り変わりに我慢しなくてはなさそうで、今夜からまた荒れるなるらしい。今日の天声人語に、コロナ禍襲来以来、人との会話が減ったことが書かれていた。数日前、私が思ったことと同じようなことを誰もが感じている(人付き合いの仕方がわからなくなってきた - 2021年4月13日)。
昨晩、駅前の飲み屋の固まったところを抜けたら、談笑する人の声が聞こえてきた。それだけで新型コロナウイルスが飛んできそうな気がして嫌な思いがしたが、ああいう人たちはすでにコロナに対して無防備でいることを選択したのだろう。それでいて、感染して症状がでたらやっぱり入院加療となって、医療資源を使うことになる。自分は平気でも家庭内感染を引き起こすかもしれない。いずれにしても無駄な話だ。まあ、さすがにそんな風に大声で話す人というのはとても減ったし、くしゃみを聞くことも同様だ。相変わらず電車内でくしゃみをする人もいるにはいるが、花粉症の季節が終わればこれももっと少なくなるだろう。
去年の5月、1度目の緊急事態宣言が解除された頃はノーマスクの人がけっこういた(布マスク配布を一刻も早く全世帯に! - 2020年5月27日)。今から振り返ると、アベノマスクの効果もあったようで、街中でノーマスクの人を見ることはほとんどなくなった。咳、くしゃみエチケットにマスク着用、そういったコロナ禍における新マナーが浸透してきている。国民の大部分がこの基準を満たしているというのは大したものだと思われるが、それに従わない人も一部には残っている。それは、まあ仕方のないことなのだろう。ワクチン接種が進んだら、今度はワクチン打ったから大丈夫、みたいなバカなことを考える人がわんさか出てくるに違いない。ワクチン耐性株はもうだいぶ出てきていると思われ、いま打っているワクチンの効果はとても限定的だろう。
地球上の誰もが経験のしたことのないウイルスとの闘いは、誰も知らない未来へと歩んでいるということだ。前歴踏襲ができないという点では、全てが新しいことであり、誰にも先を見通すことはできない。まさか、大阪の知事も感染者が1日1000人を超えるなんてこと予想だにしていなかっただろう。大阪の医療崩壊は目前で、東京神奈川千葉埼玉もそれに備えなくてならない。現実は想定を軽々と超える。昨日、小池都知事が「(医療従事者などの)エッセンシャルワーカー以外の方は東京に来ないで」、「テレワークで出勤者を最大3割に削減」、「買い物は3日に1回」というようなメッセージを出したが、今朝も通勤電車は混んでいる。全ての人が直行直帰なら問題とならないが、夜の街がその人たちの足を引き留める。
ロックダウンを可能とする法案の討議がされないまま1年が過ぎ、実効性のない(いつまでも)緊急事態宣言とか蔓延防止など(等)重点措置なんていう小手先の対応しかなされていない。そういったことの法制化が難しいというのなら、コロナが生み出した新しいマナーである”新しい生活様式”を守らないことに対する罰則規定を設けてもいいかもしれない(新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」の実践例を公表しました)。