昨夜は仕事で遅くなり、妻との夕食を食べ終えたところで大きな揺れがきた。3.11の時を思い出すような長い揺れだった。体は今でもあの時のことを覚えていて、それなりに緊張して、より大きな揺れに備えているのがわかった。鎌倉は幸い震度3程度で済んだが、東北では震度6強とのこと、幸い津波の被害は出なかったみたいだが、何人かの方が亡くなり、東北新幹線が脱線して復旧までは時間がかかるようだ。原発の安全も心配だ。
この間イギリス留学から帰国した娘が、自室からマルチーズのコロを抱いて私たちのいた階下のリビングにやってきてしばらくテレビで状況を確認していた。あちらにいるときに、
こっち(イギリス)は地震が全くないので、夜、安心して眠れる
と話していたほどだから、寝入り端の揺れにはびっくりした以上に恐怖を感じたかもしれない。ただ、彼女も3.11の時は春休みで家にいたので、この揺れを感じるのは2度目なので、体は覚えていたに違いない。
揺れを感じている間、
やっぱり、地震は来るのか。
という思いながら身構えていたが、こうしてよそから見たら極端に揺れ動く国土の上に暮らしているということを自覚しながら暮らさなくてはならない。
ウクライナのゼレンスキー大統領がアメリカ議会向けの演説の中で、今回のロシアによる侵略戦争を、日本による真珠湾攻撃になぞらえたそうだ。実際、先の大戦では日本は多くの過ちを犯した。中国への侵略、満州国建設、国際社会からの孤立と国際連盟脱退、そして真珠湾への奇襲攻撃。最悪だったのは、制空権を失ったのち、米国による空襲が常態化した状況でも降伏することをせず、最終的には広島長崎の悲劇まで一般市民に犠牲を強いたということだろう。これらのうちにはわれわれ日本にも言い分のあることはいくらでもあるが、真珠湾攻撃という先制攻撃を行ったことだけはこの先の人類史に残り、それを消すことはできない。ロシア、というかプーチンとその取り巻きが遂行するこの侵略戦争がこの先、どのような結末を迎えるかは誰にもわからない。だが、かつて日本が”特攻攻撃”という断末魔の叫びにも似た戦いをしてまで、自ら始めた戦争を終わらせることができなかったことを考えると、先の大戦の時と同じような経過である今回の侵略戦争、ロシアも同じような行動をとるかもしれない。
それにしても、こんなところで、世界史の中で忘れてもらいたかった真珠湾攻撃が引用されるとは、多くの日本人が油断していたことだったのではないか。ゼレンスキー大統領に他意はなかっただろうが、そもそも日本という国の過去を欧米はそのように見ているのだぞ、ということのように感じた。まるで、弱いものいじめをして逆襲にあってコテンパンにされたいじめっ子が、大人になってクラス会で旧友と思い出話をしたら、いじめの事実ばかりが話題にされているかのようだ。日本という国は、もはや歴史の一つとなった真珠湾攻撃という”罪”を人類史が続く限り負い続けていくことになるのだと思い知らされ、悲しい気持ちがした。
辛いものだね