グローバル経済の迷宮 海外工場の事件簿⑤ 所有せず契約で支配する
ファーストリテイリング(ファ社)の経営方式は多国籍企業の最新の形態です。
「特徴は生産に関わりながら生産手段を所有しないことです」
多国籍企業を研究する明海大学の宮崎礼二准教授は指摘します。
ファ社は自社の経営方式を「SPA(製造小売)」と呼びます。
SPAの起源は1980年代です。米国の衣料品小売大手ギャップが発表した新たな経営モデルの頭文字を並べた造語だといわれます。小売業者が商品の開発・製造に踏み込み、自社ブランドの商品を自社の店舗で販売する方式を意味します。
排水が床一面を覆うユニクロの下請け工場の作業現場(香港のNGO、SACOM提供)
外部に責任転嫁
柳井正ファ社会長兼社長はこの方式を、香港企業ジョルダーノの創業者から学んだと自著に書いています。
ジョルダーノはアジア最大級の国際ブランド。創業者はジミー・ライ氏です。70年代に普段着の生産から出発し、40力国に2400店舗を展開する巨大企業に成長させました。
そのライ氏が80年代後半、柳井氏に教えたのが欧米企業の経営方式でした。
ライ氏は「アメリカの衣料品専門店チェーン『リミテッド』のセーターの生産も請け負っていた」(柳井氏『一勝九敗』)のです。
当時、自国での製造を捨てた欧米企業が「香港や東南アジア一円」の工場を利用し始めていました。「欧米のバイヤー(買い手)がやってきて、商品を企画・発注する。輸出が増えていく。こんな構造になっていた」(同)
主に先進国の消費者に衣料品を売る先進国の小売業者が、アジアの工場に自社商品の製造を委託して買い取る―。これがSPA方式でした。製造まで管理するといっても、肝心の工場を所有するのは海外の他社なのです。
「以前は所有が支配力の源泉でした。現代の多国籍企業は契約で支配します」と宮崎氏は分析します。大量の商品を買い取る契約を結ぶことで、海外の製造業者を自社に依存させるということです。
工場を所有すると、企業にとっては費用とリスクが生じます。巨額の費用を投じて工場を建設しても、流行がすたれて稼働率が下がるかもしれません。同じ工場で製造を続ければ、賃金が上がっていくかもしれません。
「多国籍企業は海外に生産を外注し、こうしたリスクを回避します。労働者を直接雇わないので雇用関係もなくなります。費用とリスクと責任は外部に転嫁しながら、商標やデザインや販売網を支配して、独占的利益を確保するのです」
ねらいは低賃金
現代の多国籍企業にはもう一つ特徴があります。現地生産・現地販売を原則としないことです。「最適地」を拠点にし、他国に輸出します。「70年代後半から80年代にかけて最適地生産が急増した」と宮崎氏は話します。
「きっかけは東アジアで新興国が発展したことです。4匹の竜と呼ばれた韓国、台湾、香港、シンガポールです。その後、中国が一大製造拠点になりました。欧米資本とともに日本資本も入り、これらの国を拠点にして第三国への輸出展開を始めました。新興国の輸出主導型経済と結び付いた生産です」
最大のねらいは低賃金労働力の利用でした。柳井氏はいいます。
「人件費が高い現在の日本では、繊維産業、とくに縫製のような労働集約的な産業はもうやっていけない」
「労働集約的な産業が一番評価される場所・国に行ってやらないと成功しない」(同)
人件費の最も低い場所を選ぶ―。多国籍企業のこの行動原理は雇用と地域社会に深刻な影響を及ぼします。賃金が上がれば、いまの拠点も「一番評価される場所」ではなくなるかもしれないのです。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年6月20日付掲載
資本家と言えば生産手段を所有していて、自らの労働力しかもたない労働者を雇用して、剰余価値を稼ぐというものだった。
今は、生産手段すら持たないで、契約で支配とは様変わりです。
ファーストリテイリング(ファ社)の経営方式は多国籍企業の最新の形態です。
「特徴は生産に関わりながら生産手段を所有しないことです」
多国籍企業を研究する明海大学の宮崎礼二准教授は指摘します。
ファ社は自社の経営方式を「SPA(製造小売)」と呼びます。
SPAの起源は1980年代です。米国の衣料品小売大手ギャップが発表した新たな経営モデルの頭文字を並べた造語だといわれます。小売業者が商品の開発・製造に踏み込み、自社ブランドの商品を自社の店舗で販売する方式を意味します。
排水が床一面を覆うユニクロの下請け工場の作業現場(香港のNGO、SACOM提供)
外部に責任転嫁
柳井正ファ社会長兼社長はこの方式を、香港企業ジョルダーノの創業者から学んだと自著に書いています。
ジョルダーノはアジア最大級の国際ブランド。創業者はジミー・ライ氏です。70年代に普段着の生産から出発し、40力国に2400店舗を展開する巨大企業に成長させました。
そのライ氏が80年代後半、柳井氏に教えたのが欧米企業の経営方式でした。
ライ氏は「アメリカの衣料品専門店チェーン『リミテッド』のセーターの生産も請け負っていた」(柳井氏『一勝九敗』)のです。
当時、自国での製造を捨てた欧米企業が「香港や東南アジア一円」の工場を利用し始めていました。「欧米のバイヤー(買い手)がやってきて、商品を企画・発注する。輸出が増えていく。こんな構造になっていた」(同)
主に先進国の消費者に衣料品を売る先進国の小売業者が、アジアの工場に自社商品の製造を委託して買い取る―。これがSPA方式でした。製造まで管理するといっても、肝心の工場を所有するのは海外の他社なのです。
「以前は所有が支配力の源泉でした。現代の多国籍企業は契約で支配します」と宮崎氏は分析します。大量の商品を買い取る契約を結ぶことで、海外の製造業者を自社に依存させるということです。
工場を所有すると、企業にとっては費用とリスクが生じます。巨額の費用を投じて工場を建設しても、流行がすたれて稼働率が下がるかもしれません。同じ工場で製造を続ければ、賃金が上がっていくかもしれません。
「多国籍企業は海外に生産を外注し、こうしたリスクを回避します。労働者を直接雇わないので雇用関係もなくなります。費用とリスクと責任は外部に転嫁しながら、商標やデザインや販売網を支配して、独占的利益を確保するのです」
ねらいは低賃金
現代の多国籍企業にはもう一つ特徴があります。現地生産・現地販売を原則としないことです。「最適地」を拠点にし、他国に輸出します。「70年代後半から80年代にかけて最適地生産が急増した」と宮崎氏は話します。
「きっかけは東アジアで新興国が発展したことです。4匹の竜と呼ばれた韓国、台湾、香港、シンガポールです。その後、中国が一大製造拠点になりました。欧米資本とともに日本資本も入り、これらの国を拠点にして第三国への輸出展開を始めました。新興国の輸出主導型経済と結び付いた生産です」
最大のねらいは低賃金労働力の利用でした。柳井氏はいいます。
「人件費が高い現在の日本では、繊維産業、とくに縫製のような労働集約的な産業はもうやっていけない」
「労働集約的な産業が一番評価される場所・国に行ってやらないと成功しない」(同)
人件費の最も低い場所を選ぶ―。多国籍企業のこの行動原理は雇用と地域社会に深刻な影響を及ぼします。賃金が上がれば、いまの拠点も「一番評価される場所」ではなくなるかもしれないのです。
(つづく)
「しんぶん赤旗」日刊紙 2017年6月20日付掲載
資本家と言えば生産手段を所有していて、自らの労働力しかもたない労働者を雇用して、剰余価値を稼ぐというものだった。
今は、生産手段すら持たないで、契約で支配とは様変わりです。