重松清の赤ヘル1975、読んだ。広島旅行中、広島の本屋に並んでいるのを見つけた。お~、こげな本があるんかいな!という訳で、図書館で即借り。
タイトルから分かるように1975年の広島が舞台。マルチ商法など怪しげな商売で全国を転々とする親父を持つ中学一年生のマナブが東京から広島に転校。クラスメートになるヤス、ユキオの三人が主人公。ヤスは母子家庭で母親が営む酒屋を手伝う中一(後に野球部に入り大活躍)。ユキオは将来、スポーツ新聞記者を目指し、校内でカープ新聞を発行。
東京から転校してきたマナブが原爆を経験した広島という土地で、徐々に馴染んでいく。当時の広島は原爆後遺症に悩む人々が多く、弱いくカープを熱心に応援していた。広島は原爆の傷跡とともに発展してきた街やね。涙が出そうになるくらい悲しい歴史。
当時の広島ファンは熱い、でもちょっとガラ悪い。相手チームの選手が乗ったバスを取り囲んでというのは、今となっては笑える事件だが、今やったら大問題。
1975年、広島カープのユニフォームが変わりヘルメットが赤に変わった年。前年まで3年連続最下位だったが、シーズン早々、4月に退団したジョー・ルーツ監督の後を引き継いだ、古葉監督率いる、新生カープが混戦を抜け出し、初優勝。この本によると、優勝を決めた日、優勝パレードがあった日は学校、会社を休んで見に行く人が続出したらしい。なんと中学校の先生まで、ずる休みする人がいたとは。
ちなみにこの3人、1975年に中一だったということは僕と同い年。重松清は僕と同学年で広島の隣県の岡山出身。おそらくカープファンでモデルとなった中学生か、半自叙伝的な作品かも。読んでて気持ちが熱くなった。そして時々笑える。野球ファンならカープファンじゃなくても必読や。
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多分、真ん中がヤスやな。右がマナブ。左がユキオやな。大人になってから再会できた?
広島がセリーグ初優勝を決めた1975年10月15日。後楽園球場でのデーゲームだったけど、はっきり覚えている。平日で学校から帰宅して塾に行く前にラジオで実況を聴いていた。確かNHKラジオで小西得朗の解説だった。広島ではRCC中国放送の金山次郎(懐かし過ぎ、この本読んで思い出した。思いっきり広島びいきの名調子)が解説だったらしい。
当時は大洋ファンだったけど、9月頃からにわかファンになって応援してた。最後は名古屋(←準地元)が本拠地の中日とのマッチレースだった。中日は前の年、優勝したから、エエやろ。広島ファンにもたまにもええ思いさせたれ、みたいな感覚だったな。
昨日は仕事を終えてから1時間10分ラン。今年の走行距離は167キロ。本当は新宿3丁目にタンゴに行くつもりだったけど・・・。