音楽の喜び フルートとともに

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カナブンとバラ

2015-09-30 21:26:05 | 音楽

アプリコットフレグランス4年目。
この花を最後に、葉がなくなってしまいました。

諦めずに水をやっていたら、土の中から3センチほどのカナブンの幼虫が1匹。
水が多いと、苦しいのか土の中から出てきます。
かわいそうだけれど、割り箸で掴んで、裏の川に流しました。

こんなのが、根を食べてたから葉がなくなっちゃったんだ。

と思ってたら、その翌日に1匹。次の日に2匹、また次に日に1匹。
小さな鉢に5匹もいました。
そういえば、今年はカナブンやハナムグリをたくさん見ました。

それから、数日。
葉が出てきました。農薬を入れたらこんなことはないのでしょうが、小さな庭とはいえ、薬は出来るだけ入れたくないので、毎日、よく見て虫を取ることになります。

小さなシャーレの中にも微生物が何万匹もいて、土の中や、水の中にもたくさんの生物や植物がいて、その中から私たちが好むというだけで、この花だけを咲かせることのわがままさ。

それでも、美しい花を見ると癒されます。
無垢な美しさに、愚かで、罪深い自分に涙が出ます。
奇跡の積み重ねの上に咲いた美しさに感謝の気持ちが湧いてきます。

自虐と言われるかもしれない。でも、そのことを忘れ切ってしまったら、人間はもうダメだと思うのです。
自分たちがたくさんの生命の犠牲の中で生れ、生命に支えられて生きていることを忘れたら、人は絶滅するしかない。

古代の人は、自分が生きるために、生命を犠牲にしていることをよく知っていました。
一日の始まりと終わり、食事の時、一年のうち何日かは、そのことを思い、祈り、祭司を行い、音楽を捧げ、祈り、踊り、芸術をささげ、感謝し、いつかは自分もその順番がきて、おなじところへ帰ることを意識していました。

いつから、滅菌し、隔絶し、優れた道具を使い、徹底的にやるようになったのか。
そこに、生命に対する祈りや、感謝はない。

私は、人類浄化のような思想と、優秀な殺菌剤が生まれた時期が一致するのは、偶然では無いと感じています。