金曜日の午前中は京都今出川大宮の富久田治彦先生のレッスンに行きました。
お味噌汁、温かいほうじ茶。
紅葉はもう終わりかけだけれど、いちょうは綺麗でした。
お天気良いとやっぱりいいなぁ。
の館で上演されたものです。
久しぶりの快晴。でも寒かった。
ライヒャルトのスケール練習の2番とドップラーの「ハンガリー田園幻想曲」を観ていただきました。
スケールは不安な所に入るとスピードが速くなる癖を見つけられてしまいました。
ゆっくり丁寧に!
さて、レッスン後、久しぶりに出町商店街をウロウロ。
ふたばと鯖寿司は行列で近寄れません。
お腹すいたなぁ。
と、出町ろろろに行ってみました。
予約が無いと入れないお店ですが、3回位断られました。
恐る恐る「空いてますか?」と声かけてみたら、「お席作りますのでお待ち下さい。」
やった〜!
初めてです。
お昼はこのお重弁当のみのメニュー。
土鍋で炊くごはん。
お野菜が小鉢に入ってお浸し、生姜、かつお出汁、胡麻和えなどいろいろな味でついています。
お味噌汁、温かいほうじ茶。
かき揚げ、だし巻き片栗粉あんかけはやさしい味。
胡麻豆腐の揚げたのが1番気に入りました。
これで税込1400円。
また来ようっと。
この本屋さんもお気に入り
いつもの骨董屋さん
映画館「出町座」
紅葉はもう終わりかけだけれど、いちょうは綺麗でした。
お天気良いとやっぱりいいなぁ。
アレッサンドロ・スカルラッティ
(1660 – 1725年)シチリア島パレルモ生まれ、ナポリ王国ナポリ没
は、当時スペイン帝国の統治下にあった現在のイタリアで生まれた作曲家、チェンバロ奏者でした。
貧しい家庭に生まれたアレッサンドロは、まだ子供でしたが、1672 年にローマの親類の元に送られました。
当時、ローマの数多くの教会の聖歌隊の子ども歌手に対する大きな需要がありました。
バロック時代。彼はナポリ楽派の最も重要な代表者の一人で、主にオペラ言語の発展において音楽史において基本的な役割を果たし、ダ・カーポのアリアとイタリアの三楽章形式の完成に貢献しました。
伴奏レチタティーヴォ(人間の声をもとに考案された音楽形式で、会話するときに、声の抑揚があるのが特徴です)と呼ばれるオーケストラとのレチタティーヴォや、幕の終わりに協奏曲 を使用した最初の作曲家の一人です。
彼の作品リストは膨大で、一般にはほとんど知られていませんが、その中には 100 曲以上のイタリア オペラ、800 曲のイタリアカンタータ、声と楽器のためのセレナーデ、マドリガーレ、38 曲のオラトリオ(そのうち 20 曲だけが保存されています) が含まれます。
100の神聖なモテットとカンタータ、受難曲、12のミサ曲。器楽のジャンルでは、交響曲、グロッシ協奏曲、さまざまな楽器のためのソナタ、オルガンとチェンバロのための作品も作曲しました。
スカルラッティはローマでわずか 18 歳で作曲家として名を上げ始め、1679 年に彼の最初の有名なオペラ『Gli Equivoci nel Sembiante』を制作し、大成功を収めました。
「今や太陽はガンジス川に」は
歌劇「愛の誠/L’honesta negli amori」DF ベルニーニまたはドメニコ フィリッポコンティーニのイタリア語の本を使用した3幕からなる音楽劇。
この劇中に歌われるアリアとなっています。
ドメニコ・アントニオ・ヴァッカロ (Domenico Antonio Vaccaro) によるスカルラッティの肖像画
この歌劇は、1680年20歳で作曲。
当時ローマに住んでいた、スウェーデン女王のクリスティーナ(1626-1689年)
の館で上演されたものです。
今や太陽はガンジス川から
さらに明るく輝いて
朝もやの涙を
一滴残さずかわかしてゆく
こがね色の日差しで
あらゆる緑を飾り立て
天なる星たちで
牧場(まきば)を彩る
中山美穂さんのニュースには驚きました。
冬場のお風呂は危ないですよ、と言われていますね。
こちらは政府広報です。
↓
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/202111/1.html
中山美穂さん、ショックでした。
ヒートショックみたいですね。
情報ありがとうございます。
次は一緒に入ろうとして入れなかった友だちと行きたいです。