佐渡行きには結構な任務がありました。以下の通りです。
まず、父の退院手続きをすること。
何しろ入院している病院から、「いつ来られますか?」と言う電話までもらったものね。「おばあちゃんに来てもらってもいいのですけれど、行き違いがあると・・・・」
よーーく分ります、はい!ということで、船を降りてすぐに病院に直行。Drからちろっとお話を聞いて即退院。よかった。
私の場合は、何でも「加齢のせいですから・・」で片付けられ、父の場合は、何でも「高齢だから・・・」でお終いになります。
まあ、そんなものです。
次に、パソコン仲間さんにアドバイスをもらった「肺炎球菌ワクチン」の接種をお願いすること。
案の定、田舎病院にはワクチンの保管がない。父の許可を得て取り寄せになるというDrのお話。いいタイミングで新聞に肺炎球菌の記事が出ていたのよ。父はいちもにもなく打つと言うので、早速手続きをお願いすることに。よかった。ありがとうKさん。
さてそれから、父が入院した病院とは違う佐渡で一番の総合病院に二人の診察の付き添い。タクシーで20分かかるところ。
眼科はここしかないのよ。それで二人の全てを終えると午前中かかってしまう。階段を上ったり下りたり。よたよたした人と耳が遠い及び言葉が出にくい人では、あぶなかしくて。でもまあ、父の言葉も理解してもらえたようで。よかった。
次回は3月7日予約ということで、私の3月の日程はすでに決まったようなもの。
母一人で10日間がんばった。ので、本当に助かった。「やればできるじゃないの、よくやったね。」と私は褒めまくった。
母は、自分でもよくやったと思うとまんざらでもない表情。
心配なくせに行きたくない私が、切羽詰って「たまにでいいですから、お願いします。」と電話したお隣さんは、朝に晩に母の様子を見に来てくれたそうで・・・
家のカレンダーにその人の字で大きく電話番号が書いてあった。もうそれだけでその方のお心遣いが分って。
「おばあちゃんいつでも困ったときに電話して」と言ってくれたそうで・・・嬉しくてありがたい。なかなかできることではありません。ほんとうに!!!!
さて、一番のやらねばならないこと。備えあれば憂いなし。いつでもOKの入院準備です。おばに言われちゃいました。
「あんた、年寄り二人おいているんだから、いつ入院してもいいようにバッグに入院のとき要るものを用意しておかんかや。」
そうだ!その通りだわ。私は佐渡にいつ呼ばれてもいいように準備してあるのに、肝心の人たちのことをすっかり失念していた、というか、考えもしなかった。
この度は、母一人で何が必要かどこにあるか探すのに大変だったらしい。
そういうわけで、父のクラシックパンツを3枚も縫って、すっかり準備をしておきました。もう安心、よかった。
「とうさん、今度から、病院に行くときはこれをもって行ってね。もって行かなかったら、すぐ入院と言われても取りに戻ってよ。」と鬼娘は言い聞かせたので、今度はそちら方面の心配は要らないでしょう。
てなわけで、私はスッキリ帰ってきました。
まず、父の退院手続きをすること。
何しろ入院している病院から、「いつ来られますか?」と言う電話までもらったものね。「おばあちゃんに来てもらってもいいのですけれど、行き違いがあると・・・・」
よーーく分ります、はい!ということで、船を降りてすぐに病院に直行。Drからちろっとお話を聞いて即退院。よかった。
私の場合は、何でも「加齢のせいですから・・」で片付けられ、父の場合は、何でも「高齢だから・・・」でお終いになります。
まあ、そんなものです。
次に、パソコン仲間さんにアドバイスをもらった「肺炎球菌ワクチン」の接種をお願いすること。
案の定、田舎病院にはワクチンの保管がない。父の許可を得て取り寄せになるというDrのお話。いいタイミングで新聞に肺炎球菌の記事が出ていたのよ。父はいちもにもなく打つと言うので、早速手続きをお願いすることに。よかった。ありがとうKさん。
さてそれから、父が入院した病院とは違う佐渡で一番の総合病院に二人の診察の付き添い。タクシーで20分かかるところ。
眼科はここしかないのよ。それで二人の全てを終えると午前中かかってしまう。階段を上ったり下りたり。よたよたした人と耳が遠い及び言葉が出にくい人では、あぶなかしくて。でもまあ、父の言葉も理解してもらえたようで。よかった。
次回は3月7日予約ということで、私の3月の日程はすでに決まったようなもの。
母一人で10日間がんばった。ので、本当に助かった。「やればできるじゃないの、よくやったね。」と私は褒めまくった。
母は、自分でもよくやったと思うとまんざらでもない表情。
心配なくせに行きたくない私が、切羽詰って「たまにでいいですから、お願いします。」と電話したお隣さんは、朝に晩に母の様子を見に来てくれたそうで・・・
家のカレンダーにその人の字で大きく電話番号が書いてあった。もうそれだけでその方のお心遣いが分って。
「おばあちゃんいつでも困ったときに電話して」と言ってくれたそうで・・・嬉しくてありがたい。なかなかできることではありません。ほんとうに!!!!
さて、一番のやらねばならないこと。備えあれば憂いなし。いつでもOKの入院準備です。おばに言われちゃいました。
「あんた、年寄り二人おいているんだから、いつ入院してもいいようにバッグに入院のとき要るものを用意しておかんかや。」
そうだ!その通りだわ。私は佐渡にいつ呼ばれてもいいように準備してあるのに、肝心の人たちのことをすっかり失念していた、というか、考えもしなかった。
この度は、母一人で何が必要かどこにあるか探すのに大変だったらしい。
そういうわけで、父のクラシックパンツを3枚も縫って、すっかり準備をしておきました。もう安心、よかった。
「とうさん、今度から、病院に行くときはこれをもって行ってね。もって行かなかったら、すぐ入院と言われても取りに戻ってよ。」と鬼娘は言い聞かせたので、今度はそちら方面の心配は要らないでしょう。
てなわけで、私はスッキリ帰ってきました。
年をとると子供に帰る。
その通りだと思います。
母が大病にかかった時に待合室で
誰彼かまわず話しかけては
めげていたので
待合室で話して良いのは
産婦人科と歯医者位だといったのに
先日行った病院でもまた話しかけていた・・・・
親が近くにいるに越した事はない。
デモね、5;30の夕食にはね・・・・・・
私はなんて娘だったんだろう・・・と反省しきりです。
鬼娘なんてとんでもない!!
お疲れ様でした(*^_^*)
ローズヒップ様、ありがとうございます。
若いときは、私なんかなーーんも考えませんでした。
そんなものね、とまたもや開き直って。
遅ればせながらお兄ちゃん、及びキムラタクヤ様、お誕生日おめでとうございます。dvd、買ったのかなあ。
ゆうさま、「よい娘」なーんてありがとうございます。
母はしきりに、アンタがもっと近ければと愚痴ります。娘は時にうっとおしいかもしれませんが(あっ、あくまでも私の場合)お母様にとってはこんな心強いことはないでしょうね。
ちなみに、実家の夕食は5時です。作る方は泣いちゃうよね。(タメ口でよいのでしょうか?)