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気ままに

大船での気ままな生活日誌

都心の晩秋風景

2018-11-25 09:20:05 | Weblog

おはようございます。

昨日は早くから都心に遊びに出ていた。有楽町で降り、まず午前10時開館の出光美術館へ。特別展、江戸絵画の文雅 /魅惑の18世紀池大雅や与謝蕪村の山水画などを鑑賞。そして、休憩室からは皇居や日比谷公園の晩秋風景を鑑賞。

日比谷公園の紅葉

皇居桜田門方面の紅葉

下へ降り、道路沿いのいちょう並木を鑑賞。

来年1月にリニュアルオープンする東京会館を鑑賞。

三菱一号館美術館に到着。ここのフィリップス・コレクション展を鑑賞。ワイントンDCの同美術館に行ったことがあるので、いくもの絵と再会。

庭園で和装のご婦人を鑑賞。

ツワブキを鑑賞。

てっぺん近くにツワブキが植えられている。

丸の内仲通りの黄葉

東京駅から皇居へつづく行幸通りのイチョウ並木が見頃になっていた。



東京駅前広場にこんなにたくさんツワブキがあるとは気づかなかった。

すばらしい東京駅周辺の晩秋風景でした。都内ではまず、イチョウですね。あそこにも行かねば。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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高安、くるりと回り、貴景勝と並ぶ

2018-11-24 22:13:05 | Weblog

こんばんわ。

今日は一日、東京駅周辺をうろついていて、帰宅したのが、ちょうど大一番がはじまるちょっと前。間に合ってよかった!

12勝1敗の貴景勝を一差で追う大関、高安。たかたか(貴高)の直接対決となったが、貴が勝てば、千秋楽を待たずに、初優勝が決まる。一方、高が勝てば、相星で並ぶ。若武者に勝たせたい気持ちもあるが、優勝経験のない大関がまず先に、という思いの方が強い。稀勢の弟弟子だしね。

さて、どうだったか。

ぶつかってゆく高安に対し、貴景勝は両手を出して応戦。

勢いのある貴が突っ込み、高安の態勢を崩す。一瞬、決まったかと思われたが・・・

高安がくるりと回り・・・

土がついたのは貴景勝。

高安、からくも、勝ちを拾う。

勝っていたのに・・・

千秋楽は、高安が御嶽海、貴景勝は錦木と対戦。どちらも勝って、相星決戦になる可能性が強い。さて、すもうのかみさまはどちらに軍配をあげるか。

丸ビルのクリスマスツリー

丸の内のなんとかビルのツリー。

丸ビル前の足長おじさんとおばさん(失礼)のダンスショー。

十六夜の月

それでは、おやすみなさい。

いい夢を。

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葉山しおさい公園の晩秋

2018-11-24 12:05:46 | Weblog

こんにちは。

平成もおわりに近づき、昭和も遠くになりにけりになったが、ここは、大正天皇が崩御し、昭和天皇皇位継承が行われた場所。葉山御用邸付属邸跡地に開設されたしおさい公園。

毎年、つわぶきが咲き始めると、隣りの神奈川県立近代美術館とセットで出かける。最近、少し衰えたとはいえ、ここの黒松林のつわぶきの群生は見逃せない。

連休がはじまったということもあり、逗子から30分は乗るバスが超満員で座れなかった。また、昼食を美術館レストランでとろうと思っていたが、ここも長蛇の列。この周囲にはレストランが少なく、いずれも満席。仕方なく、おなかをすかしたまま、まず、しおさい公園へ入った。ここの休憩所で抹茶とお菓子でひとごこち。まずは海岸側の黒松林に足を踏み入れた。先日、みた稲村ケ崎のような輝きを期待していたのだが、ツワブキはもう見頃を過ぎていて終盤に入っていた。ちょっとがっかり。

一方、あまり期待していなかったもみじが、鎌倉より進んでいて、池の周りで五分程度になっていたので、きげんを直す。

噴井(ふけい)の滝の周りのもみじ。

海岸側の広場のイソギクは今年も、見事に咲いていた。

トベラが赤い実をむき出していた。

葉山一色海岸も、もう、♪誰もいない海になっていた。

そのあと、お隣りの美術館へ。

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白い満月、月の入りショー

2018-11-24 08:27:18 | Weblog

おはようございます。

11月24日の朝。月の入り時刻は午前7時で、昨日より一時間ほど遅い。昨日は夜明け前の満月の月の入りだったが、今日は明るくなった東の空の月の入りショー。お月さまもまだ満月といっていい豊満なからだ(笑)。見事なショーでしたよ。

富士山は左端。雲につつまれやっと見える程度。

だんだん落ちてくる。

大気にとけこむように消えてゆく白い満月。

東の空は日の出が始まろうとしていた。

月は東に日は西に、の逆。月は西に日は東に。リズムがわるいですね(笑)。

空は青空、心ははずむ、やほやほ。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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晩秋の名月、輝く たかたか(貴・高)も輝く

2018-11-23 21:28:16 | Weblog

こんばんわ。

今朝、満月の華麗なる月の入りショーをみせてもらったので、今夕の月の出ショーにも期待していた。でも、月の出時刻の午後5時頃の東の空は雲がいっぱい。半分、あきらめていたが、月の出から10分ほどして、満月が雲間から、ちらりと顔を見せてくれた。

そして、しばらく雲隠れしておられたが、午後8時頃、雲を抜け出され、こうこうと輝いていた。これぞ、晩秋の名月

明朝、富士山の真上にくる”晩秋の名月”を期待している。お頼み申しまするお月さま。

さて、すもう界では、貴景勝と高安の”たかたかコンビ”が期待を裏切らず、今日も白星。明日、優勝をかけて、直接対決の大一番を迎えることになる。できれば、高安が勝ち、千秋楽で2敗同士の決定戦で賜杯を争ってもらいたい。それぞれ、兄弟子稀勢の里と元貴乃花親方の思いを背負っての対戦となる。

貴景勝

高安

今日は葉山へ。美術館としおざい公園へ。

神奈川近代美術館

アルヴァ・アアルト展



しおさい公園

それでは、おやすみなさい。

いい夢を。


月の輪熊と白熊(上野動物園にて)

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夜明け前の満月 華麗な月の入りショー

2018-11-23 10:02:13 | Weblog

おはようございます。

今朝は幸運にも夜明け前の満月の、華麗な月の入りをみることができました。最高の気分。午前5時20分から20分間ほどのショーです。

まだ、夜は明けていない。東の空に大きな満月が下りてきている。マンションの灯りと月の間に山がある。

11月23日は満月。

少しづつ赤みを帯びてくる。

あっ!雲に飲み込まれる!

あれ、上弦の月みたい。

おっ!また抜け出したぞ。黒帯だ!

そして、今度は下弦の月だ。

どんどん下りて。

また、満月に復活!

そして、また、雲に。

黒帯姿でお山入り(木々がみえる)。待ってました!いよいよ月の入りでござんす。

さいごのお姿。変幻自在の華麗な月の入りショーでやんした。

東の空を振り向くと、夜がしらじらと開けてきた。

夜が明けると、富士山が輝いていた。

月の入りの場所。富士山(左端)から少し離れた右端のマンション横の山に満月が沈んだ。

今夕も満月の月の出ショー、お願いしますよ。待ってます!

それは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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満月前夜 貴景勝11勝 柏尾川夕景 

2018-11-22 20:50:56 | Weblog

こんばんわ。

満月前夜

貴景勝11勝

高安10勝

たかたか(高貴)決戦か。

今日は辻堂で映画鑑賞。ビブリア古書堂の事件手帖。鎌倉が舞台。黒木華がいい。

帰りに大船駅近を流れる柏尾川の夕景を鑑賞。川瀬巴水の世界。

カワウも夕景見物。

ちょうど20羽。

大船観音さまも。

とてもいい一日でした。

それでは、おやすみなさい。

いい夢を。
 

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生誕110年/東山魁夷展

2018-11-22 09:52:59 | Weblog

おはようございます。

ハローウインの日、国立新美術館でボナール展と、そして今日、紹介する東山魁夷展を見てきた。こちらも、ボナールに負けず劣らず、賑わっていた。なにせ、国民的日本画家ですからね。ぼくは、現役時代は美術展にはたまに行く程度だったが、東山魁夷展があれば、いそいそ出かけていくほど好きだった。だから、たいていの絵はすでに見ている。10年前に、生誕100年記念の東山魁夷展が東京国立近代美術館で大々的に開催された。唐招提寺の障壁画もそのときはじめて展示された。ということで、今回は、簡単に、各章ごとに代表作を載せるにとどめよう。ただ、最終章だけは少し詳しく。

章立ては、以下のようになっている。

1章 国民的風景画家
2章 北欧を描く
3章 古都を描く・京都
4章 古都を描く・ドイツ、オーストリア
5章 唐招提寺御影堂障壁画
6章 心を写す風景画

1章 国民的風景画家

道(1950)

残照(1947)

秋翳(1958)

2章 北欧を描く

映象(1962)

ウブサラ風景(1963)

白暮(1963)

3章 古都を描く・京都

花明かり(1968)


4章 古都を描く・ドイツ、オーストリア

晩鐘(1971)


5章 唐招提寺御影堂障壁画 間奏 白い馬の見える風景

緑響く(1982)


6章 心を写す風景画
唐招提寺障壁画を完成させたとき、東山は”描くことは「祈り」であり、それであるならば、そこにどれだけ心を籠められたかが問題で、上手い下手はどうでもいいことなのだ”と思うようになった。これまでずっと自分には才能がない、と、思い続けていたが、やっと、自分が描き続けることの意味を悟った、という。70歳を超えてからは、あえて現地取材はせず、これまでに見てきた無数のスケッチをもとに制作を続けた。これらの作品は、もはや、特定の地ではなく、自らの心の中に形作られた風景を描いたものとなった。これらの晩年の展示作品のほとんどが長野県信濃美術館・東山魁夷館所蔵のものである。

行く秋(1990)

霧氷の譜(1985)

冬の旅(1989)

夕星(1999) 平成11年(1999)に90歳の生涯を終えた。これが遺作。生前買い求めた墓所の風景に似ているという。4本の木々は両親と兄弟に重なる。夕星ひとつ。

とても素晴らしい展覧会でした。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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月は東に富士西に 稲村ケ崎にて

2018-11-21 23:04:37 | Weblog

こんばんわ。

今日はきっと、素晴らしい夕日と夕富士が見えるに違いないと、久しぶりに稲村ケ崎を訪ねた。それに、お月さまも”十三夜”を迎えており、稲村ケ崎の切通しを抜け、由比ガ浜に出れば、海上にぽっかりとうつくしい姿を見せてくれるだろう、という期待もあった。

江ノ電の稲村ケ崎駅を降り、海岸沿いの国道134号を5分も歩くと稲村ケ崎。

日がそろそろ、沈もうとしている。浜辺では新婚カップルが記念撮影。

江の島を背景に。

稲村ケ崎で夕焼けを待ったが、夕日は雲の中に入り、雲もなかなか、染まってこない。

その間、真っ盛りのツワブキの群落を楽しむ。これも目的のひとつだった。

江の島と富士山を望む。雲もぜんぜん染まらず、富士山もぼんやりで、期待外れの風景(笑)。

あきらめて、それではと、稲村ケ崎の切通し(昭和3年に稲村ケ崎の丘陵が分断されて、現在、国道の一部になっている)を抜けて由比ガ浜でお月見を。国道沿いにもツワブキが。

由比ガ浜側から見る稲村ケ崎。切り取られたことがよくわかる。右手が国道。

しばらく、お月さまは雲隠れしていたが、辛抱強く待っていたら、ようやく顔を出してくれた。

何とかお月見ができた。これでよしとしようと、切通しの国道に戻った。そのとき奇跡が起こった!

前方に富士山がばっちり!


振り向くと、お月さまがぽっかり!

同じ場所で、東に夕月、西に夕富士。こんなことはめったにないこと。初めての体験に興奮!

稲村ケ崎の展望場所に戻って、富士山と江の島を撮ろとしたら、カメラの電池が切れた。予備の電池もカバンにない。これもめったにないこと(笑)。スマホでなんとか撮った写真。

江ノ電の稲村ヶ崎駅でもお月さまが。

帰宅したら、雲を抜け出たお月さまが迎えてくれた。

”月は東に富士西に”の、奇跡の一日となった(笑)。

それでは、おやすみなさい。

いい夢を。


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ボナール展

2018-11-21 09:09:48 | Weblog

おはようございます。

パリのオルセー美術館から多数のピエール・ボナール作品が、国立新美術館に集合しているというので出かけてきた。そう、あの日はハローウインの日だった。帰り道、渋谷に寄って、ハローウイン仮装の人々を眺めてきた。そのときの様子は翌日、ブログ記事にしたのに、これは、こんなに遅くなってしまった(汗)。

オルセー美術館にも、もちろんボナールコーナーがあり、ぼくも何度か見ているはずだが、どんな作品が展示されていたのか覚えていない。今度は忘れないように、本展の代表作品を記録しておこう。約30点が初来日という豪華な展覧会だった。

”日本かぶれのナビ”のあだ名をもつピエール・ボナール(1867-1947)は、19世紀末、ナビ派としてスタートしたが、20世紀に入ると、目にした光景の印象をいかに絵画化するかという視点で描いた。本展のキャッチコピーにもあるように、”いざ、視神経の冒険へ”と突き進んだ。

小春日和のような、温かい絵ばかり。絵を載せておくだけで、説明もなにもいらないと思うが、一応、特設サイトの解説をつけておけば、のちほど便利なこともあると思い、コピペしておいた。

章立ては以下の通り。

1.日本かぶれのナビ
2.ナビ派時代のグラフィック・アート
3.スナップショット
4.近代の水の精(ナーイアス)たち
5.室内と静物 「芸術作品―時間の静止」
6.ノルマンディーやその他の風景
7.終わりなき夏


1.日本かぶれのナビ

ゴーギャンの影響のもと結成されたナビ派のメンバーとして、繊細かつ奔放なアラベスクと装飾モティーフが特徴的な絵画を多く描きました。ナビ派の画家たちは、1890年にパリのエコール・デ・ボザールで開かれた「日本の版画展」にも衝撃を受けます。ボナールは浮世絵の美学を自らの絵画に積極的に取り込み、批評家フェリックス・フェネオンに「日本かぶれのナビ」と名付けられるほどでした。また、同時代の象徴主義演劇とも呼応する、親密な室内情景を描いた作品もこの時期に集中して制作されました(特設サイトより、以下同様)。

アンドレ・ボナール嬢の肖像、画家の妹(1890年)

庭の女性たち(1990-91)

黄昏(クロッケーの試合)(1892)

白い猫(1894)

大きな庭(1895)

2.ナビ派時代のグラフィック・アート

芸術家としてのキャリアをスタートさせるきっかけとなった《フランス=シャンパーニュ》をはじめ、初期のボナールはリトグラフによるポスターや本の挿絵、版画集の制作にも精力的に取り組みました。とりわけ、ナタンソン兄弟が創刊した雑誌『ラ・ルヴュ・ブランシュ』は、ボナールが独創的なリトグラフを試みる舞台となりました。雑誌の挿絵だけでなくポスター制作も手掛けており、大胆なデフォルメと意表を突く構図が際立っています。また、即興的なデッサンに象徴されるボナールのリトグラフの特徴は、油彩作品にも見ることができます。

フランス=シャンパーニュ(1891)

ラ・ルヴュ・ブランシュ(1894)

3.スナップショット

コダックのポケットカメラを購入したボナールは、1890 年代の初めから写真撮影を行うようになりました。ボナール家の別荘があったル・グラン=ランでは、水遊びに興じる甥っ子たちをはじめ、家族がめいめいに余暇を過ごす様子が撮影されています。また、ボナールが恋人マルトと住んだパリ郊外のモンヴァルの家では、庭の草木のなかに佇むマルトのヌードを写した美しい写真の数々が生まれました。これらの写真には、中心を外した構図やピントのボケなどにより、生き生きとした効果がもたらされています。

4.近代の水の精たち

ボナールの画業全体において最も重要な位置を占めるのが裸婦を描いた作品の数々です。壁紙やタイル、カーテン、絨毯、小物、鏡などが織りなす重層的な室内空間のなかで、ボナールの描く女性たちは無防備な姿を露わにしています。生涯の伴侶であったマルトをはじめ、ボナール家の医師の妻であったリュシエンヌや、マルトの友人でボナールの愛人となるルネ・モンシャティら複数の女性がモデルをつとめました。ボナールの描く彼女たちの顔は曖昧で、モデルが特定できない作品や、複数の女性の特徴がみられる作品もあります。

バラ色の化粧室(1914-21)

5.室内と静物 「芸術作品―時間の静止」

「親密さ」というテーマは、ナビ派の一員であった1890年代から晩年までボナールを魅了し続けました。一見するとありふれた室内には、人工的な照明や独特のフレーミングによって、親密さと同時にどこか謎めいた雰囲気がただよっています。そこでは、燃えあがる色彩によって、慣れ親しんだモティーフが未知のものへと変貌を遂げているようです。日常世界の微細な変化にも目を向け続けたボナールは、それをカンヴァス上に定着させることを「時間の静止」と捉えていました。

ル・カネの食堂(1932)

猫と女性(1912)

6.ノルマンディーやその他の風景

ボナールはやわらかな光の中に壮大な風景が広がるノルマンディー地方の自然に魅了されていました。1912年には、モネが住むジヴェルニーに近いヴェルノンという街に、セーヌ河岸の斜面に建つ小さな家を購入します。テラスから空と水のパノラマを一望できたこの家での暮らしは制作意欲をおおいに刺激しました。庭には野生の植物が生い茂り、その重なりは精妙なグラデーションとして描き出されています。そしてボナールが頻繁に訪れたアルカションやトルーヴィルでは、表情豊かな空が大きな空間を占める海景画が生み出されました。

並木道(1918)

7.終わりなき夏

自らを画家 =装飾家とみなしていたボナールは巨大な装飾壁画も手がけました。そこでは生の喜びを謳い上げ、「アルカディア」を出現させようとした画家の創意が見てとれます。また 1909年、画家アンリ・マンギャンの誘いで南仏のサン=トロペに初めて長期滞在し、母に宛てて「色彩に満ちた光と影」が織りなす「千夜一夜」の体験を書き送ります。その後、彼はコート・ダジュールを毎年のように訪れ、1926年にはル・カネの丘の上に建つ、地中海を一望する家を購入します。第二次世界大戦中もこの地に留まり、1947年に亡くなるまで、輝く色彩に満ちた終わることのない「夏」を描き続けました。

アンティブ(ヴァリアント)(1939年頃)

画像がないが、最晩年の作、花咲くアーモンドの木(1946-47)も良かった。

とても、素晴らしい展覧会でした。年末の展覧会ベスト10入りを伺う勢い(笑)。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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