12月3日、八日目
ハノイから南西に110km、ラオス国境に近い山岳地帯にある高床式の伝統家屋に住む少数民族・タイ族の村マイチャウ(MaiChau)
のラック村を訪れるツアーに参加しました。
ハノイから車で約4時間、山岳地帯なので寒いと思いましたが、
サトウキビ畑が広がり、長袖Tシャツ2枚で、暑くもなし寒くもなしでした。
ツアー代金は一人8,600円、しかし車で片道4時間もかかるので、妻はツアーをあきらめ、民族学博物館に行き、
結局、ツアー参加者は私一人という奇妙なものになってしましました。

峠付近から、道幅も狭くなり、ガードレールも不十分になってきました。
村が近づくにつれて、豊かな水田地帯になってきました。
村全体が、観光村という感じです。
高床式の住居は、レストラン・ホテル・住民の住居・お土産屋になっています。
ガイドのハさんは、同じ英語ガイド仲間の宿・レストランに出資しているそうで、その店を散歩の時紹介してくれました。
仲間の妹さんが出迎えてくれ、お茶をごちそうしてくれました。
この小さな集落に隣接して、他の少数民族の集落がありました。
観光地化されすぎているとの不満もあるようですが、テレビ番組の秘境の村を期待してはとんでもない的外れな文句です。
少数民族が独自の文化・アイデンティティを保持する一つの方法と私は思います。
少数民族の生活や・雰囲気にささやかであれ触れることが出来るだけで充分です。
この村では、女性は機織りが出来て初めて一人前の女性と認められるようで、各家に必ず織機があり、
花嫁衣装など全て自分で織って嫁いで行く習わしだと言います。
弓矢や、石を飛ばす道具や水鉄砲などとても魅力的小道具ですが、買ったら飛行場で大変だなと思いました。
昨日、民族学博物館に行ってほんのわずかですが、少数民族の知識を得ていて良かったと思います。
着いて、早速昼食となりましたが、広い部屋で私一人、おそらく二人分の量を前にして、ビールをゆっくり飲みながら頂きました。
いずれも、ちゃんと火が通っていて、生ものはありません。
ビールビンの影になっている緑色の野菜の炒め物は、サツマイモの茎だそうで、美味しかったです。
一番踊りの上手かった女の子でした

確か、このバナナの木の先は、違う少数民族の集落だったと思います。

食事の後は、別室で民族舞踊と音楽を楽しんだのですが、最初は私一人でバツが悪かったのですが、
途中から、音楽を聞きつけた若者がたくさん押しかけました。おそらく仲間と観光に来たベトナム人だと思います。
「主賓」の私より良い席に座り、ガイドのハさんにたしなめられていましたが、私としては大助かりでした。
輪になって踊る場面では私は参加しないわけには行かず参加したのですが、途中から登場した数名の西洋人も参加して助かりました。
最後に、壺に入ったお酒を、木の茎のストローで飲むのはお金を払っている私だけでした。
このお酒、少し甘酸っぱいが軽いと思ったのですが、結構アルコール度数があるようです。
長いストローだと、多くは飲めませんが。
参加者私一人は、私の責任ではないのですが、舞踊団に少し多めのチップをしました。
滞在2時間ちょっと、少し高めのツアーとなりましたが、楽しく良かったです。
ハノイに戻り、妻と合流し、夕食。
【12月3日終わり】
ハノイから南西に110km、ラオス国境に近い山岳地帯にある高床式の伝統家屋に住む少数民族・タイ族の村マイチャウ(MaiChau)
のラック村を訪れるツアーに参加しました。
ハノイから車で約4時間、山岳地帯なので寒いと思いましたが、
サトウキビ畑が広がり、長袖Tシャツ2枚で、暑くもなし寒くもなしでした。
ツアー代金は一人8,600円、しかし車で片道4時間もかかるので、妻はツアーをあきらめ、民族学博物館に行き、
結局、ツアー参加者は私一人という奇妙なものになってしましました。

峠付近から、道幅も狭くなり、ガードレールも不十分になってきました。
村が近づくにつれて、豊かな水田地帯になってきました。
村全体が、観光村という感じです。
高床式の住居は、レストラン・ホテル・住民の住居・お土産屋になっています。
ガイドのハさんは、同じ英語ガイド仲間の宿・レストランに出資しているそうで、その店を散歩の時紹介してくれました。
仲間の妹さんが出迎えてくれ、お茶をごちそうしてくれました。
この小さな集落に隣接して、他の少数民族の集落がありました。
観光地化されすぎているとの不満もあるようですが、テレビ番組の秘境の村を期待してはとんでもない的外れな文句です。
少数民族が独自の文化・アイデンティティを保持する一つの方法と私は思います。
少数民族の生活や・雰囲気にささやかであれ触れることが出来るだけで充分です。
この村では、女性は機織りが出来て初めて一人前の女性と認められるようで、各家に必ず織機があり、
花嫁衣装など全て自分で織って嫁いで行く習わしだと言います。
弓矢や、石を飛ばす道具や水鉄砲などとても魅力的小道具ですが、買ったら飛行場で大変だなと思いました。
昨日、民族学博物館に行ってほんのわずかですが、少数民族の知識を得ていて良かったと思います。
着いて、早速昼食となりましたが、広い部屋で私一人、おそらく二人分の量を前にして、ビールをゆっくり飲みながら頂きました。
いずれも、ちゃんと火が通っていて、生ものはありません。
ビールビンの影になっている緑色の野菜の炒め物は、サツマイモの茎だそうで、美味しかったです。


確か、このバナナの木の先は、違う少数民族の集落だったと思います。

食事の後は、別室で民族舞踊と音楽を楽しんだのですが、最初は私一人でバツが悪かったのですが、
途中から、音楽を聞きつけた若者がたくさん押しかけました。おそらく仲間と観光に来たベトナム人だと思います。
「主賓」の私より良い席に座り、ガイドのハさんにたしなめられていましたが、私としては大助かりでした。
輪になって踊る場面では私は参加しないわけには行かず参加したのですが、途中から登場した数名の西洋人も参加して助かりました。
最後に、壺に入ったお酒を、木の茎のストローで飲むのはお金を払っている私だけでした。
このお酒、少し甘酸っぱいが軽いと思ったのですが、結構アルコール度数があるようです。
長いストローだと、多くは飲めませんが。
参加者私一人は、私の責任ではないのですが、舞踊団に少し多めのチップをしました。
滞在2時間ちょっと、少し高めのツアーとなりましたが、楽しく良かったです。
ハノイに戻り、妻と合流し、夕食。


