真昼の郡上八幡駅に降り立つ。ホームの柱にあった温度計は34度を指していた。山の中の暑さはこたえる。町の中心部はここから15分ほど歩いたところにある。タオルを片手にとぼとぼと向かう。
たどり着いたのは、「やなか水のこみち」。昔ながらの建物に囲まれた憩いの場である。ここには清らかな水も湧き出ており、観光客も湯呑みで味わうことができる。暑い中を歩いてきた身には、身体の隅々まで浸透していくのを感じる。こういうスポットのある「小京都」というのは、私の好きな観光地の要素である。
郡上八幡は「水の町」と称される。長良川につながる吉田川にかかる橋を渡り、商店の間の小道を下りて行くところにあるのが「宗祇水」。「宗祇」といえば室町時代の連歌師・飯尾宗祇のことで、彼が一時この郡上八幡に構えた庵のそばに湧いていた水ということで、600年の歴史を持つ由緒ある水。また「日本の名水百選」の第1号にも選ばれたところ。
現在も地元の人たちの生活用水としても利用されているようで、いくつかに分かれているそれぞれの層は飲料用、炊事用、洗い物用という区別がある。もっとも、観光客が大勢訪ねているこの時間では生活用水の姿はなかったが。
ここで、先ほど道の駅で買い求めた天然水のペットボトルが空いていたので、由緒ある「宗祇水」を汲む。そして口にする。成分的には市販のボトルと変わらないのかもしれないが、やはり「歴史」を飲んでいると思うと身体に元気を与えてくれるように思われる。
「宗祇水」の脇は、吉田川に注ぐ小駄良川。ちょうど段差で水量が増しているところがあるが、地元の子どもたちが水遊びを楽しんでいる。見るからに透明な水で、21世紀の現在でもこういう清流で遊べる子どもたちが羨ましい。
昼食がパンと天然水というのでは、いかに糖尿病患者とはいえ少ないところ。ちょうど、橋のたもとで鮎の塩焼きを売っており、清流を味わうならということで、「宗祇水」とともに味わう。串に刺さった大ぶりの鮎をワシワシとやるのも夏らしい。
さて、夏の郡上八幡といえば夏祭りとして有名な「郡上踊り」である。お盆の「徹夜おどり」の時期は過ぎていたが、今夜も踊りの行事が組まれている。観光客の中にはこの踊り目当ての人も多いのだが、始まりは夜の20時。この日は岐阜に宿泊する予定にしているので、最初から踊りは眼中になし。
再び、郡上八幡城の天守閣も望める吉田川に出る。旧庁舎のたもとにある新橋に差し掛かる。ここは「飛び込みの名所」として知られる。子どもや若者がこの橋から、およそ12m下の川面をめがけて飛び込む光景が見られるのだ。
ちょうど行ったときには高校生くらいの5~6人のグループが上半身裸になって橋の下を覗き込んでいたところ。それを見てか、観光客が橋の上や川岸に集まってきた。12m下、飛び込んでも大丈夫ということは頭ではわかっていても、スリルあるものだ。高いところが苦手な私など、橋の上から覗き込むだけでビビってしまう。
彼らもいろんなタイプがいるようで、欄干の外に出たかと思うとあっさりと飛び込むのもいれば、躊躇するのもいる。身を投げ出しかけてやめて、観客も大きな息を吐く場面も。
そんな中、ちびっ子たちから「がんばれ~」という声援も飛ぶ。ただ、ある男の子の目線はちびっ子ではなく、観光で来ているのか、浴衣姿の女の子のグループのほうを向いていた(先に飛び込んだ仲間に向かってさりげなく指さしていた)。それを見ていたおばちゃんが「やっぱりカッコイイところ見せたいんだよね」と冷静な解説。
女の子たちはその子を意識するというよりは「あ~、飛び込むんだ~」ってな感じでようやく橋の上に目をやる。それを見てか、男の子も意を決してエイヤッとダイビング。見事に決めて大きな拍手を受ける。それを見た女の子たちは「さっ、次行こ」みたいな感じでまた町中の雑踏に消えていった。
ひと夏の光景ですな。
灼熱の郡上八幡であるが、こうして川面や水に接している間は涼しげな風も受け、ひと時、暑さを忘れさせるものだった。暑い暑いといいながらエアコンに接することが多い中、久しぶりに、こういう自然の涼しさというのを味わえたことである。水を楽しむうちに、予定の途中下車の時間も残り少なくなった。結局お城も博物館も入る時間はなかったが、十分満足した。再び駅に戻り、長良川鉄道の旅を再開する。
午後の日差しはきつい。列車の全ての窓にカーテンが下ろされていた。ここで南に揺られることしばしで、「みなみ子宝温泉」駅に到着。駅のホームと町の温泉施設が併設されているところ。通常は大人の入浴が500円だが、長良川鉄道で来た客は入湯税50円だけで利用できる。下車時に「温泉行くの?」と運転手に声をかけられ、引き換え券を渡される。
子宝温泉。子宝どころか子を為す相手も見つかっていない私が入るのはどうかと思わせる名前の温泉であるが、別に独身男性が禁忌性というわけではない。列車の利用客もそうだが、ドライブの途中や、長良川でラフティングを楽しんだ様子のグループなど、列車以外の利用客も多い。
今日は歩くことで大汗もかいたので、この休憩はありがたい。さっぱりしたところで入浴後のビール・・・・と行きたいところだがやはりここは自重。入浴後のアルコールは低血糖にもつながりかねない、結構デンジャラスな行為であるからして。
そろそろ夕刻も近くなり、後はこのまま次の列車で美濃太田に戻る。座席がほぼ埋まるくらいの乗車率で、またカーテンが閉められていたので後は淡々と走るだけ。早起きだったし、歩いたし、風呂にも入ったしということで今度は眠気。なんだか充実感を覚えた長良川鉄道の旅であった・・・・(まだ続く)。