2015年、最初の西国三十三所巡りである。
いや、正確に言えば最初ではない。先日私の後厄の厄除けということで地元・葛井寺に行き、祈願を行った。順番を待つ間に、外陣から般若心経の読経の声が聞こえてくる。先達さんに連れられた巡礼ツアーのようだ。私も昨年の夏に葛井寺から西国巡りを始め、それから般若心経に関する書籍で少しずつその言わんとするところを学ぼうとしているのだが、これがなかなか難しいところである。
さて、前回の興福寺南円堂でのくじ引きとサイコロで決まったのが、25番の播州清水寺と番外の花山院。それぞれJRの相野、三田からバスで訪れるということで、名づけるなら「福知山線シリーズ」である。福知山線なら中山寺も通るのでは?とお気づきの方もいるだろうが、こちらは阪急電車のイメージが強く、箕面の勝尾寺とのグループに入れている。
この2つの組み合わせで訪れる場合、プランニングで最も考慮しなければならないのが清水寺へのアクセス。ものの本には「相野駅からバスで35分」とさらっと書いているが、そのバスというのが曜日問わず1日2本しかないのである。相野駅発10時20分、12時50分の2本だけ。12時50分が最終バスってどないやねんと思うが、ここを軸に組むしかない。三田から花山院へのバスは1時間~1時間半に1本あり、所要時間も15分ほどということでまだ何とかなる。
あれこれ考えたところで、大阪からの道順通りまず三田で下車してバスで花山院へ。三田に戻り昼食後、相野へ移動。12時50分の最終バスで清水寺に向かうことにする。清水寺から戻るバス(もちろん、これも最終バス)まで1時間あまりあるので、参拝には十分だろう。

朝の三田駅に到着。8時23分発の乙原バレー行きのバスの時間まで少しあるので駅前を歩く。大阪のベッドタウンのイメージがあるが古い建物や寺も結構集まっている。ただ歩く中、雪が舞ってきた。このくらいなら傘を差すほどでもないので、降るなら雨より雪のほうがまだましだが、この先天気は大丈夫だろうか。

バスは学生で満員となり発車。途中城山公園のバス停を過ぎる。「がんばれ 兵庫ブルーサンダース」という文字が見える。兵庫ブルーサンダース・・・そういえば野球の関西独立リーグって、まだ活動していたんだな。リーグができた初年度こそ何試合か観戦したが、他の独立リーグのような地域密着性もほとんど見ることがなかったし、運営を巡るゴタゴタや、選手が野球賭博に関与して逮捕されたりしてイメージもよくなかった。チームも加入、脱退が繰り返され、正直今どのチームがどうなっているのかわけがわからない。でも「ブルーサンダース」が「三田」の球団として存在しているのは確かである。自動販売機にも「がんばれ」の文字があり、売り上げの一部を運営資金に充てるというものがあった。ちなみに、明治大学から今年のオリックス・バファローズのドラフト1位で指名された山崎福也投手の父親は、この球団の監督を務める山崎章弘氏である。
中央病院のバス停で学生が全員降り、残ったのは私ともう2人だけ。どう見ても西国巡りとは思えず、花山院のバス停で下車したのは私だけ。ここから徒歩25分である。

この花山院は、西国巡礼を世に広めることとなった花山法皇が晩年を過ごしたところである。本尊が薬師如来ということもあってか西国の札所には入っていないが、昔の人たちは巡礼の成就を願うためにまずこの花山院の菩提寺に参拝したという。現在は正式な番外札所である。

西国巡礼をしている人たちのブログ等を見ることがあるのだが、この花山院については「厳しい」「怒られる」「うるさい」という内容の記述が見られる。それを読んでいくと「納経せずに朱印帳を持っていったら小言を言われる」とか「マナーにうるさい」というものである。最近「朱印集め」がブームとかで、「ご朱印ガール」なる女性も増加しているそうだが、スタンプラリー感覚で朱印帳を出したらクギを刺されるという噂もある。私は各札所で般若心経等を読んでいるが、今回は写経用紙を買い求め、当日起床後にヘタクソな字で人生初の写経を行い、それを持参してきた。

さて花山院への道だが、これが急な坂である。登り口のところに杖が何本か用意されている。まあ大丈夫だろうと登り始めるが、上から道がかぶさってくるような感じがする。この先は花山院の私道で、クルマでの参拝者には参道の維持費として500円徴収するとある。クルマで行くにしてもギアをローにしないと上がれないくらいの勾配がある。大型の観光バスは入れないようだ。


朝から雪が降っていたようで、周りの木の枝葉にもうっすらと積もっている。道標の石碑がある。上までは八丁あるとか。そこまで石段が続くのもつらいが、花山院のように舗装の坂道が続くのも結構脚に来る。

この坂は「琴弾坂」という。かつて花山法皇に仕えていた女性たちが法皇を慕ってこの花山院までやって来た。寺は女人禁制で入れないことから麓に庵を結んで住み、この坂で琴を弾いて法皇を慰めたという言い伝えがある。


息を切らしながら20分ほどで登りきる。上では道路補強の工事関係者はいたが、参拝者は私だけ。山門をくぐり石段をもう少し上がると、寺の方が境内の清掃中で挨拶する。

まずは本堂である花山法皇殿にお参りする。中には花山法皇の像が安置されているが、ガラス戸が閉まっており中の様子はうかがえない。ここで一連の読経を行う。

これに隣り合って本尊の薬師如来のいる薬師堂がある。こちらは「西国薬師第二十一番霊場」の札がかけられており、薬師巡りでは札所の一つとなっている。うーん、最近目にする「薬師霊場巡り」、またいつの日か、そのためにここに来ることがあるかもしれない。

その奥には「幸せの七地蔵」という、最近できたらしい地蔵が7体並ぶ。それぞれが右手をこちらに差し出しており、握手することでさまざまな力を得ることができるという。ただこの寒さ、地蔵の肩にも雪が乗っている。握る手は冷たい・・・・。

それらを背にする形で花山法皇の御廟所がある。方向としては南面を向いているということでいいのかな。

境内で見るべきものはこのくらいで、山の上のためか規模としてはコンパクトである。ただ、ここは大勢で賑やかに訪れるよりは、ひっそりと訪れるのが似合っているようだ。前半生は藤原氏の政争に巻き込まれ、無理やり出家させられた後の半生は仏道修行に打ち込み、後に西国巡りの開祖的な人物として名を残した花山法皇の波乱の人生に思いを馳せるのもよい。


山の上に来たからか、眺めは良い。展望スペースが整備されており、左下には有馬富士、右下に千丈寺湖を見て、その向こうには三田市街、さらに遠くには薄っすらとであるが播磨灘を見ることができる。晴れていれば家島諸島や小豆島も見えるそうだが、寒々しい雲が広がっているかと思うとまた雪がちらついてきた。ここで朱印をいただくことにする。
寺務所の窓が開いて、先ほどの人が出てきた。写経用紙を差し出すと私の名前の読みを確認し、「明日の朝のお勤めで住職にお名前を読んでいただき、お納めさせていただきます」と。住所は市までしか書かなかったが、詳しい番地まで書くと後日証明のはがきが送られて来るそうだ。
朱印帳と納経軸に書いていただく間にも雪が激しくなってきた。話によると花山院でも年に2~3回くらいは雪が積もるそうだが、それも2月頃のこと。ただ今年は正月も雪になり、元日夕方からの雪のため翌2日はここまでクルマが上がれなかったという。「清水寺さんも、上がれるとは思いますが積もっているでしょうねえ」とのこと。最後は軸にもドライヤーを当て、しまうところまでやっていただき、「この寒い中、よくお参りくださいました」と丁寧に返していただく。ネットやブログ記事にある「うるさい」「怒られる」という対応はなかった。
・・・その心は、本堂に「ご自由にお持ちください」とあった「巡礼者への法話」という用紙にある。一部を引用すると・・・
「納経は文字が示すとおりに写経を奉納する事です。(中略)納経を受けたお寺はその写経を供養しますので、そのお布施として納経料をお受けします。故に納経料もその文字の如く納経された写経供養のお布施であって印代や揮毫料ではありません。また納経帳、納経軸も本当の意味はその文字が示すとおり納経した証しの印を頂くもので参拝記念の為という意味ではありません。(中略)お寺も写経を納経して頂くと、それに記載された巡礼者の為に名前と願い事を読み上げてお祈りをするという本来の仕事が出来ます」
「しかし人によっては礼儀作法などお構いなく、後でお詣りをするからと言ってご本尊に一礼もせず朱印を頂きに行ったり、また本堂前に来てまず最初にする事が礼拝ではなく写真やビデオを撮る人達がいます。ただその人が純粋に観光ならそれでいいのですが、もしその人が巡礼者として納経帳等にご本尊の御宝印のお授けを望む場合、寺や本尊に対する礼は不可欠です。本来寺社はお客を迎える観光施設ではなく信仰礼拝施設ですから、その意識をしっかりと持ってもらう為にそのような人達には寺社は毅然として教化をしなければなりません」

・・・なるほど、こう書かれると私も結構グサグサと来るものがある。そこには本来の巡礼とは何かをきちんと守り、かつ最近のスタンプラリー感覚でのご朱印集めに対して「それは違う」と毅然と対応する姿勢がうかがえる。だからうるさくなるのだろうが、一方では納経供養の証明を出すというのも「やるべきことはやっている」と筋が通っている。さすがは花山法皇ゆかりの寺院である。
ここで、これまで訪れた札所の中で「さあ、どの仏さんのご朱印がいりますか?」という感じで対応していたところがあったのを思い出す。これはこれで仏教や寺院に親しみを持つきっかけとしてもらおうと(ちょっと商売っ気も交えながら)対応することでありとは思うが、本来の意味を知らずにスタンプ集めをするのと、意味をわかった上で納経するのとではありがたみが違うのは明らかだろう。西国巡礼も3分の1近くなったところで、これも一つ学んだことである。


帰りは下り道。坂道を滑らないように気をつけながら歩く。これまでにも下りの坂道で左膝の後ろにピリッと来ることがあったが、この日は何とか持った。参拝が早く済んだため、予定していた帰りのバスまで時間はたっぷりある。少し戻ったところに先ほどの花山法皇に仕えた女性たちの墓があるというので行ってみる。尼寺(にんじ)集落の中にひっそりと墓石が並ぶ様子は、本降りとなってきた雪のせいもあってか、寒い中を肩を寄せ合っているようにも見える。

予定していたより1本早いバスに乗ることもできるが、次の播州清水寺に行くバスの時間は決まっており、それまで時間を持て余すことになる。ならばということで三田駅方面に向けて歩く。さすがに雪が強くなってきたので折り畳み傘を広げる。

ここからは有馬富士公園が近い。会社のレクリェーション行事でこの公園を訪れたことがある。その有馬富士も雪化粧である。

時間調整に選んだのは有馬富士公園ではなく、行きのバスの車内で見つけた「天然温泉 有馬富士 花山乃湯」。ゴルフ練習場に温泉が併設された形で日帰り入浴施設がある。花山院の名前がついているのも面白いし、参拝後の温泉というのもオツなものだ(・・・会社の人から見れば、「参拝よりゴルフ練習は?」と突っ込まれそうだが)。
露天風呂もあり、ちらつく雪を見ながらの入浴と思ったが、天気の移り変わりが激しい。服を脱いだり身体を洗ったりしている間に雪は止み、青空も見えてきた。この後も雪が降ったり止んだりと天候が目まぐるしく変わる。

入浴を済ませてしばらく休憩室で休むが、もう少し歩こうかと思う。有馬富士を右に見ながら歩くうち、成合口のバス停まで戻ってきた。ここは他の系統のバスも停まるところで、予定していたバスより10分早い便に乗れた。三田駅に戻って駅横の定食屋で昼食として、次の播州清水寺に向かうべく、相野駅まで丹波路快速に揺られる・・・・。