ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

誰も殺したらあかん!

2010年01月26日 | 家族とわたし
今朝早く、まだ真っ暗な5時半、家の電話が鳴った。
ここしばらく、生理と低気圧と寝不足とピアノの弾き過ぎが重なって、どうしたって身体が怠くて仕方が無い。それで昨日も早めに寝た。
その電話の呼び出し音で飛び起きた。起きた瞬間から、考えたくもない事柄の絵が、わたしの瞼の裏のスクリーンに何枚も映し出された。
Kになにかあった!?
交通事故?人身事故?それとも喧嘩に巻き込まれた?
心臓がバクバクと踊りだし、息が苦しくなり、けれども全身を耳にして、わたしに聞かせまいとひそひそと話す旦那の声を聞いていた。

Kの元ガールフレンドが、耐えきれない思いに苛まれ、薬をたくさん飲んでしまった。
ここ数日、彼女からのSOSが何回かあり、そのたびにKは駆けつけていたので、昨日もなにかイヤな予感がして行ったところ、かなり危険な状態に陥っていた彼女を発見。そこからわたし達に電話をかけてきたのだった。
即刻、最寄りの救急病院に連れていくように旦那から言われたKは、彼女を車に乗せ、病院に着いてからは彼女を担いで長い距離を走った。

わたし達はベッドに戻り、旦那は「起きて考えていても仕方が無いのだから、とにかく我々は寝よう。明日があるのやから」と言うが無理。寝られない。

とにかく、Kの身に何も起こっていなかったことに手を合わせて感謝した。
そして彼女も、やってしまったことはともかく、命が救われたことを感謝した。
そしたら急に身体が震え出した。ものすごく恐くなった。
なんでKの周りには、死にたい病にかかった子が寄り集まってくるのん!
なんでそんな子ばっかりKに頼ってくるのん!
Kは神さんちゃうのに、あの子だって強くないのに、あんたらの心配ばっかして寝られへんかったりして、駆けつけたりして、吐きそうになるまで弱ったりするのに、もうつきまとわんといてよ!解放したってよ!
そこまで考えて、もっと今度は自分の心が恐くなった。
なによそれ?あんた、いったい鬼か?なんちゅう冷たい心やねん!あの子達の苦しみをわかってやれるはずの経験をもってるあんたがなに言うてんの!

すっかり混乱してしまったわたしを、闇の中からニヤニヤしながら見ているモノの気配がした。
息をゆっくり、4つ数えながら吸った。その息を4つ数える間止めて、次に8つ数えながらゆっくり、けれども空っぽになるまで吐く。
ずいぶん経って、やっと少し落ち着いてきた。そしたら涙が滲んできた。「ごめん、D」と、彼女の名前を呼びながら謝った。

わたしはいらんことをクヨクヨ心配する癖がある。直したいと思っているけれど、こういうショックなことがあるとすぐに後戻りしてしまう。
命を粗末にする子に頼られたら、その方法によっては巻き込まれて殺されてしまう可能性だってあるやないか。
そんなんで我が子を失う母親になんかなりとうない!そんなことで殺されてたまるか!
黒々した邪悪な思いがふつふつと沸き上がってきて、それが怒りになって、どうしてその子がそういう行為に至るのか、それを思い遣れなくなってしまう。
なんとも情けない、我が身中心の思考……久しぶりに対面した気がした。

朝早く、徹夜で付き添っていたKから連絡が入った。
彼女はもう大丈夫。大量の解毒剤と炭を投入し、危険な状態からは脱出できた。彼女がふたりに「ごめんなさい」と言ってた。
わたしは彼女に「ごめんなさい」と心の中で謝った。
同時に、彼女がこれから支払うであろう治療費を思って目眩がした。
救急で治療を受けた場合、無職の彼女は保険など持ってないだろうから実費になる。
1日入院しただけで何十万という費用になるのだから、その金額はものすごいものになるに違いない。現実はどこまでも厳しく彼女にのしかかっていく。

彼女は生まれた瞬間から、とても辛い運命を背負ってきた。
両親ともに、子供を育てるどころか生活もろくにできない人達だったため、幼児の頃に里親に預けられ、その里親も冷たい人達で、6軒の家庭をはしごした。
愛情を注がれないまま大人になり、それでも一所懸命生きて、働きながら学校に通っていたけれど、疲れ果てて挫折。歯車が狂い始めた。
Kは彼女を守りたかった。なんとか幸せにしてあげたかった。けれども彼女の傷は深過ぎた。その傷は彼女の心をカサカサにして、過激な行動を取らせた。
Kは彼女の言葉や動きに驚き、戸惑い、傷つき、とうとう自分の至らなさに疲れ果て、彼女とは距離を置くようになったのだけど、それでもやっぱり心配で、彼女とはずっと連絡を取り合っていた。
Kは昔、彼が高校生だった頃、ネットで知り合った女の子の相談に親身になって乗ってあげていたことがあった。
Kにとっては単なる相談してくる女の子だったのだけど、彼女にとってのKはもっと意味合いの違う、とても大きな存在だった。
それを知らなかったKが、これからガールフレンドとデートしてくる、と軽くメールで言った後、その女の子はいきなり自殺してしまった。
その時のKの驚きと後悔と悲しみは、今思い出しても寒気がしてくるほど、彼にとっても死が近いくらい、暗く深いものだった。
わたしは彼を失いたくないと本気で思い、彼をぎゅっと、腕が痺れるほど抱きしめて、獣のように呻きながら泣くKと一緒に泣いた。
もうひとり、同じ頃、Kよりはもっと年上の子だったけれど、やっぱり深刻な悩みを抱えていて、Kに自殺の相談を持ちかけていた子がいた。
Kはいったいどうしたらその子の力になれるのか、どうしたらその子が命を大切にしようと思い直してくれるのか、そのことで頭がいっぱいだった。

今回、彼女の命を救うことができたK。わたしはそのことを心から喜ぼう。そして誇りに思おう。そのことをKに伝えよう。

Kは今、わたしのすぐ横のソファで、すうすう寝息をたてて眠っている。
旦那が「こんなとこで寝てたら風邪ひくから、上に行ってベッドの中で寝なさい」と言っても、「ここがいい」と言って、また眠ってしまった。

「かあさん、Dが治って元気になったら、鍋作って食わしたってくれる?」
「ええよ」
「Dな、かあさんの鍋、最高やって、いっつも言うててん」
家にフラフラになって戻ってきたKが、最初にそう言った。
よっしゃ、作ったる。腕によりかけてって……鍋なんか誰が作っても美味しいねんけど、頑張って作る!

「あんな、わたし、明日お見舞いに行ってくるわ」
「ほんま?行ったってくれるん?めちゃ喜ぶわ。Dはもう、誰とも会いたない。けど、Bとかあさんだけは別って、ずっとかあさんらのこと言うてるねん」

Dちゃん、わたしはあなたのこと、わかってあげられない。あなたの辛さ、あなたの悲しみは、あなただけしかわからない。
でもわたしには、ひとにわかってもらえないそれらのことを抱えて生きることが、どんなにしんどいことか、どんなに孤独なことか、それだけは少しはわかる。ほんとやで。
(もう生きてたって仕方がない。もうええわ、さいなら)
死んだらあかん、そんなことしたらあかんって重々わかってるのに、それでももうええわって思ってしまう一瞬も、アホやから2回も経験した。
だからそれも少しはわかる。
けど、結局はね、助けてくれるのは他の誰でもないねん。自分しか自分を助けられへんのよ。
自分が助かりたいって思わな、自分が自分を助けたらなって思わな助からへんねん。
それを、ひとりぼっちでせなあかん人もいる。誰かがいてくれて、見ててくれたり、手を差し伸べてくれたりしてもらえる人もいる。
けど、結局最後のところは自分やねん。よっしゃ、とりあえず生きたろって思う自分が居なあかんねん。

お鍋食べにおいで。
もしどうしても今のアパートに帰られへんのやったらうちに少しの間居てもいいよ。
気持ちを休めて、ちゃんとお腹を満たして、ゆったりと寝て、もういっぺん生き直す元気つけよね。
Bも、いつまでも助けることはできないし、限りなく頼られても応えられないけど、うちには部屋があるし、役に立てるのは嬉しいって言うてるよ。
ぼちぼち、ゆっくりちょっとずつ。生きてたらええことあるから。それだけはわたし、自信もって保証する。
コメント (21)
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