
畑の作業が増えているせいか、夜明けに目が覚めるようになった。朝焼けの美しい景色を目にすることができるのは、こんな日常のもうけものであるようだ。人にはそれぞれの夜明けがある。詩人である伊藤整には、涙の出るようないとおしい朝であった。
良い朝 伊藤 整
今朝ぼくは快い眠りからの目覚めに
雨あがりの野道を歩いて来て
なぜかその透きとほる緑に触れ その匂に胸ふくらまし
目にいっぱい涙をためて
いろな人たちの事を思った。
私の知って来た数かずの姿
記憶の表にふれたすべての心を
ひとつひとつ祝福したい微笑みで思ひ浮べ
人ほど良いものは無いのだと思ひ
やっぱり此の世は良い所だと思って
すももの匂に
風邪気味の鼻をつまらし
この緑ののびる朝の目覚めの善良さを
いつまでも無くすまいと考えていた。
朝の風景を撮って、農作業に行って、今日も雨の降らない一日。籾殻の間から小さな芽を出し始めた野菜たちに水を遣り、帰ってきて伊藤整の詩集を開いた。朝をこんなに涙しながら見つめている詩人の心に思いがいった。朝焼けはこの詩に似合っていると思った。