常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

薔薇

2015年05月25日 | 介護


5月というのに、暑い日が続く。畑の野菜たちは、日照り続きで、水遣りを欠かせないがそれでも成長が心配される。近所を散策すると、薔薇の花も美しく咲く時期が過ぎたよう感じがする。きれいな花を探して写真を撮るのに苦労する。薔薇には多くの種類があり、四季咲きのもの、初夏のもの、秋に咲くものなど多種だが、季語が夏になっているのは、これから咲くものが一番多いということであろうか。

薔薇剪って短き詩をぞ作りける 高浜 虚子



家をすっぽりと薔薇で囲んだお宅がある。この家に住む人はよほど薔薇がすきなのだろう。以前会社に勤めていたころ、得意先の社長婦人へ、薔薇の花束を贈る同僚がいた。女性に薔薇を贈るということに抵抗を感じた。その行為が愛の告白のような気がしたからだ。そんなきざに見える振る舞いがその婦人をいたく喜ばせたらしい。薔薇の花言葉は愛、美。この年になっても、まだ人に薔薇を贈った経験はない。
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夜明け

2015年05月24日 | 日記


畑の作業が増えているせいか、夜明けに目が覚めるようになった。朝焼けの美しい景色を目にすることができるのは、こんな日常のもうけものであるようだ。人にはそれぞれの夜明けがある。詩人である伊藤整には、涙の出るようないとおしい朝であった。

 良い朝   伊藤  整

今朝ぼくは快い眠りからの目覚めに
雨あがりの野道を歩いて来て
なぜかその透きとほる緑に触れ その匂に胸ふくらまし
目にいっぱい涙をためて
いろな人たちの事を思った。
私の知って来た数かずの姿
記憶の表にふれたすべての心を
ひとつひとつ祝福したい微笑みで思ひ浮べ
人ほど良いものは無いのだと思ひ
やっぱり此の世は良い所だと思って
すももの匂に
風邪気味の鼻をつまらし
この緑ののびる朝の目覚めの善良さを
いつまでも無くすまいと考えていた。

朝の風景を撮って、農作業に行って、今日も雨の降らない一日。籾殻の間から小さな芽を出し始めた野菜たちに水を遣り、帰ってきて伊藤整の詩集を開いた。朝をこんなに涙しながら見つめている詩人の心に思いがいった。朝焼けはこの詩に似合っていると思った。
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高柴山から移ヶ岳へ

2015年05月23日 | 登山


福島県小野町の高柴山と言えば、山ツツジの名所だ。明日この山の山開きが予定され、町民が待っていたツツジの開花である。ところが、今年の4月~5月にかけての高温は、このツツジの開花にも大きな影響を及ぼした。この山のピークは884mで、山頂に山ツツジに大きな群落がある。そこを目指したのだが、すでに花は盛りを過ぎ、かろうじて赤い花が残っていたが、間もなく散る時期にきていて、本来の美しさの峠を過ぎていた。

明日の山開きの前日ということもあって、この山への登山者は多い。ほとんどが地元の人たちだ。我々が山形から来たということを知ると、どの人も親切に駐車場の場所や周囲の山の情報を教えてくれる。後から来た人はしきりにツツジの花の咲き具合を尋ねる。sさんが、自分の顔を指差して、こんな具合というと、「わあ、若いね」というおばさんの声があがる。小太りの青年はひとしきり周りの山やこれからいく移ヶ岳について、「いい山ですよ。美しい山でです。ぜひぜひ」と言って姿を消した。

頂上から下山して、駐車場の近づくと、あの青年が再び登ってくる。「また登るの」と聞くと、「ええ、3、4回。こんど月山に登るので」と、この山でトレーニングをしている様子であった。途中にある太鼓石、物見石など征夷大将軍、坂上田村麻呂の伝説も楽しい。



移ヶ岳は標高994m。頂上は岩峰となっていて、かっての石切場の跡もある。この間の頂上から「ヤッホー」との声が聞こえてくる。こちらからも「ヤッホー」と答える。頂上にはすでに数人の先客いるようだ。ロープを張って安全を確保した狭い道を慎重に登ると、岩の頂上に出た。「木霊をありがとうございました。」と声をかけてくれる。10坪ほどの狭い頂上で、お互いのカメラのシャッターを押し合う。福島の山にきて、この地の人たちがフレンドリーであることに気づく。それはあの大震災の衝撃が人々に絆の大切が刻み込んだ故かもしれない。



頂上からは360℃の展望が得られる。鎌倉岳や阿武隈の山々、安達太良や吾妻連峰など青空のなかに望むことができた。今回の山行では、2座の小さい山を登ってが、強い陽射しと心地よい初夏の風に恵まれた。登山口から頂上まで1時間、道もさほど荒れていなくて快適な山歩きであった。



ツツジの時期は外したが、キンポウゲの可憐な花が慰めてくれた。それと、したたるような新緑。この時期の山は、こどものころの懐かしい記憶を呼び起こしてくれる。駐車場に下ると、白ツツジの大きな木が3本、美しい花を咲かせていた。1時、東屋で昼食。

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ワラビ

2015年05月22日 | 介護


ワラビ採りは春の日の楽しみのひとつだ。小満の日、妻と肘折温泉へワラビ採りに行った。肘折は県内はもとより、日本でも有数の豪雪地である。日陰のくぼ地には、まだ雪が解け残っている。陽射しのある斜面を探してワラビを探した。

石激る垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも (万葉巻8・1418)

万葉集に出てくるワラビを詠んだ歌が好きだ。春を待つ人の心が喜びに溢れている。昨日の肘折も、早春のなかにあった。雪解け水は川を増水させ、まんまんと激しく流れる。葉山下しの突風が、強烈にぶつかってくる。



ワラビが萌える草地から目をあげると、渓谷にまだらに雪を残す葉山が眼前にせまっている。月山はその奥にある。かつて念仏小屋から、月山を肘折へと下った。残雪の縁に広がるニッコウキスゲの群落は今もしっかりと記憶に残っている。下山の途中で出会った青年は、肘折温泉に逗留して肘折と月山山頂の往復が日課だと語っていた。体力にまかせて山野を駆けるように行き来したのは、遠い昔日の思い出である。
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山形野草園

2015年05月20日 | 日記


クマガイ草は、源平合戦の源氏の武将熊谷次郎直実にちなんで名づけられた。『平家物語』に戦場での直実の出で立ちの語りがある。「熊谷はかちの直垂に、赤革威の鎧着て、紅の母衣を懸け、ごんだ栗毛と云ふ聞ゆる名馬にぞ乗りたりける。」直垂、鎧、母衣とも原色をふんだんに使った派手な出で立ちである。母衣(ほろ)とは、背後から飛んでくる矢を避けるために、布製の袋をふくませて背負ったものだ。クマガイソウの膨らんだ唇弁を、戦場の母衣に見立てたのである。葉が幅広い珍しいランの種類である。

熊谷草甲冑すでにほろびけり 河野 南畦

山形市の西蔵王にある野草園は、初夏の花が満開である。どの花も珍しくここへ来ると全部見られるのでうれしい限りだ。



クリンソウと言えば、鶴岡の玉泉寺の庭園が有名である。花の付きかたが五重の塔の九輪の形に似ていることから名づけられた。野草園には、濃いピンクの花が玉泉寺にも負けないほどたくさん咲いている。その脇にはサクラソウの群落がみごとであった。

九輪草径きれぎれに沼あふれ 原  柯城



オゼコウホネ。この花を見るたびに、高い山の湖のなかで咲いている風景を想像してしまう。それほど、山中の水のなかで咲いているこの花の姿が可憐なのだ。野草園では、コウホネのまわりを錦鯉が泳いでいる。やはり栽培したものと見えて、浅い水辺に点々と花を開いている。クリンソウもコウホネも夏の花だ。火を点じたろうそくの思わせ、「河骨の花が灯る」などとしゃれた言い方もされてきた。

河骨のいよいよ黄なる雨催い 永井東門居

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