常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

白雲

2021年08月06日 | 日記
猛暑日が続く。さすがに、身体が暑さに馴れてきたのか、それほどのけだるさはない。毎朝、体温と体重測定が日課となった。体温36.2°、体重は59.5あたりをキープしている。食欲の減退もない。少し足を延ばして散歩を悠創の丘。丘の始まりにに悠創館があるが、その裏の吊り橋を渡り、階段をひと登り。イベント広場に出る。標識に「雲見の丘」とある。眼下に山形の市街が広がり、ポプラの上の空に白雲が見える。真っ青な空に浮かぶ雲は、猛暑のなかに現れる積雲。なるほど、「雲見の丘」という名は頷ける。

荘子に「白雲に乗じ、帝郷に至る」という言葉あるが、白雲のその先には天の帝が住む聖地があると信じられていた。青空と白雲は、人の想像をかきたててやまない。漱石の漢詩に、

大空 雲動かず
終日 杳かに相い同じ

という句がある。明治43年8月、修善寺に滞在していた漱石は、大吐血して人事不祥に陥った。8月12日に始まった吐血は、何日も繰り返し宿の蒲団から起き上がれずにいた。医師や知人に見守られてようやく、安静を得た漱石が見たのは宿の庇の上の青空であった。吐血の間は、篠突く雨が降り続いていた。

「何事もない、又何物ない此大空は、その静かな影を傾けて悉く余の心に映じた。さうして余の心にも何事もなかった。又何物もなかった。透明な二つのものがぴたりと合った。」このとき漱石は、空の様子と自分の心が合致することにえも言われるぬよろこびを感じていた。
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飛島

2021年08月05日 | 登山
熱中症アラートが発せられる中飛島に行った。島にある柏木山が山形百名山に選ばれている。標高はわずか58m、海岸から切り立った奇岩の奥にある雑木林に三角点がある。酒田から海路を39㌔、1日2便の定期船が通う、山形県唯一の離島である。海底火山から隆起した陸地が、波で削られ台形の島である。そのため突起した山はなく、崖の上から海を展望すると、エメラルドグリーンの海の色が迫ってくる。この島には、三つの縄文遺跡がある。発掘された土器は北陸や秋田などと共通のもので、海の道はその時代から人や文化をこの地にも運んできたらしい。

島の人口は現在200名を切っている。高齢化が進む中で、島に新しい息吹を吹き込む移住者もいる。少し歴史をふり返れば、漁業で生計を立てるのがこの島の生き方であった。昭和40年ころの戸数は185戸で、内163戸が水産業に従事する純漁村だ。海岸から雑木林の奥に田畑があった。42町歩ほどの畑と1町ほどの田、これらの耕作は島の女手に委ねられた。男は漁船に乗って漁に出る。人口は最も多くて1300人。江戸の頃から島には1000人ほどの人が、この島で生きた。5月船と秋船を仕立てて海産物と米をはじめとする農産物を交換して島の食料にあてた。
島の南に入江のような遠浅の海岸がある。ここは夏、海水浴が行われた。子どもたちが夏休みのとき、この島に連れてきて、海岸での遊びを楽しませた。もう40年以上も前のことだが、ここに来て当時のことが懐かしく思い出せた。岩のところで、無数に吸いついている貝を採って持ち帰り、宿でみそ汁にしてもらった味は今もわすれらない。ムール貝などは、無尽蔵にある貝のような気がした。宿の朝飯は、取れたてのイカ刺しと魚の煮つけ。島への定期便に乗って海風に吹かれたことも懐かしい思い出だ。釣り客や海水浴の家族連れ、飛島の夏の海は多くの人で賑わった。毎年行く宿も決まっていた。たしか「なぎさ館」という民宿だったが、今はもうない。この宿の主人も本業は漁師であった。ある年、「イカ釣りに行かないか」と誘われた。日が落ちて海に漁火がつく時間、宿を出て船に乗った。空に満天の星、夜露がおりて海風は肌寒い。漁場に着いて、イカ釣りの電動竿をだして、釣り糸を巻き上げると、黒光りしたイカが面白いように上がってきた。針から外れたイカが、船の上を跳び跳ねた。数時間で生け簀にいっぱいになったイカとともに帰還。朝飯は、このイカの刺身だ。
柏木山から南燈台の見える海岸の散策路へ出る。折からの熱暑が猛烈、岩の日陰を選んで、持参の水を飲む。汀で海水に手をいれたが、生暖かい水温である。しかしその色はあくまでも澄みきって、ここまで来ないと、決して見ることのできない美しさだ。暑いなかでも、女性たちの笑い声が絶えない。海の絶景は人をとにかく幸せにする。修学旅行がそのまま加齢したようなにぎやかさだ。総勢9名、内男性3名。山形発5時40分、酒田港9時30分、勝浦10時45分。柏木山11時30分。島かへ12時30分~1時30分。楯岩散策30分。勝浦発15時45分。酒田17時。

梟や闇のはじめは白に似て 斎藤慎爾
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蝉と遊ぶ

2021年08月01日 | 日記
家のまわりで蝉が羽化しているのを見かけるのが急に多くなった。世間は熱中症アラートが出ているほどの高温が、蝉の羽化と関係があるらしい。羽化したばかりの蝉は、ほとんで動かないまま木陰でじっとしている。太陽の光を待っているようだ。午後になって光がいきわたるようになると、あちこちで蝉の鳴き声が聞こえ始める。じっとしていた蝉に動きが見え、鳴き声に促されるように大気へと飛び立つ。朝、動かない蝉を指に止まらせて連れてきた。脚の力は意外に強く、指の先端にむかって脚を動かす。前足がつかむところがなくなっても脚の動きを止めない。こうして後ろ脚まで身を空中に乗り出すと初めて飛ぶのかも知れない。蝉をベランダの鉢植えに置くと、鳥よけの網まで伝わって歩く。網の端までいったところで、いきなり羽を広げて飛んだ。生命の神秘を見たような気がする。

朝風のしづかな密度蝉音あふる 野沢節子

朝の散歩が楽しくなった。蝉の声を聞きながら歩くのは、遠い少年に頃の夏が思い出される。汗が朝の風になかで乾いていく。すがすがしい気持ちだ。岸田衿子の詩のフレーズが頭をよぎる。

一生おなじ歌を 歌い続けるのは
だいじなことです むずかしいことです
あの季節がやってくるたびに
おなじ歌しか歌わない 鳥のように
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