12月14日は、赤穂浪士が、主君、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)の無念を晴らすため、吉良上野介のもとへ討ち入りをした日。地元の兵庫県赤穂市をはじめ、東京の港区泉岳寺、大阪など、赤穂浪士ゆかりの地では、このころに揃って、義士祭が行われます。ここ京都は、大石内蔵助が、討ち入りのために過ごした山科で、義士行列などが、年末恒例のお祭りとして、多くの人たちの参加で開催されます。
ミモロが住む、東山岡崎エリアにも、赤穂義士ゆかりの通称義士寺と呼ばれる「本妙寺」があり、毎年、「四十七士記念義士祭」が行われています。


「本妙寺」は、天正2年(1574)に、日典が、烏丸丸太町付近に創建したお寺で、宝永の大火の後に、この東山の仁王門と東大路のそばに移転し、現在に。宝永の大火は、宝永5年(1708)の4月28日に、油小路三条で出火、強風により、御所や公家の邸宅をはじめ、寺社仏閣、民家など上京一帯の417町、1035軒を巻き込んだ京都の歴史に残る大火に。この大火で、京都の町は、焼野原となり、新たに鴨川の東などが開発されるきっかけにもなります。
さて、この「本妙寺」が義士寺と呼ばれるのは、境内の墓所に、赤穂義士の吉田忠左衛門・吉田澤右衛門、貝賀弥左衛門夫妻らのお墓があるからです。


また、本堂脇には、義士たちゆかりの品々や、四十七士の木造を安置する宝物館があり、この日だけ、内部が一般公開されます。


ミモロが、到着したとき、すでに宝物館では、義士のための法要が営まれている最中。多くの人が参列する法要で、残念ながらミモロは、中に入りそびれてしまいました。
「また、遅れちゃったー」と、所在なく境内をウロウロするミモロに、「もしかしてミモロちゃん?」と声がかかります。見れば、仁王門の手焼きの鯛焼き屋さんのご主人。



境内には、おそばのお店も…。

「もう少しいると、おそばと鯛焼き食べられるかなぁー」と。ミモロ、義士祭に来たんじゃないの?「そう、でも、もうお墓にお詣りしたし~」と、ミモロの関心は、食べ物に…。
「はい、どうぞー」と、サンプルで焼いた鯛焼を、食べさせてもらうミモロ。

この日、宝物館での法要や義士の木造の公開のほか、午後からは、琵琶の演奏なども行われる「本妙寺」です。
「あ、もう行かなくちゃ…」この日、ミモロは、行きたいところがいっぱい…。「また、お詣りにきまーす」と、本堂に頭を下げると、足早に琵琶湖疏水の方向へ。
「わー大きな鳥がいるー」

ミモロは、そっとそばへ。

*「本妙寺」 京都市左京区仁王門通東大路東入ル北門前町490 075-771-2244 本堂の参拝は、自由です。地下鉄東西線「東山駅」徒歩5分

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