友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

懐かしい『されどわれらが日々ー』

2010年10月10日 21時12分22秒 | Weblog
 久しぶりの誕生日会だったせいか、あるいは小学校の時から私たちの宴席に参加していた大学院生が特別に参加してくれたせいなのか、ちょっと飲みすぎた。11時には終わろうと話していたのに、結局いつものように午前零時を回っていた。5時間余りもいったい何を話していたのだろう。酒の席で政治の話は盛り上がるけれど、深まりはしない。尖閣諸島の問題では、私の意見などは全く誰からも支持されない。若い大学院生も真に愛国者である。酒を酌み交わし馬鹿なことを心置きなく話が出来ても、考え方や価値観は一致出来るところもあれば出来ないところもある。その当然なことが寂しくもあり悲しくもあるが、お互いを大事に思う友だちであることは少しも変わりはない。

 学生の頃なら、一致しなければとことん議論したりすることもあった。中学からの友だちが「自分に影響を与えた小説をもう一度ゆっくり読み返してみたい」と言い、柴田翔の『されどわれらが日々―』を取り上げていた。私たちが20歳の頃、芥川賞を受賞した作品である。あの頃、中学時代から仲のよかった4人でよく飲んでいたから、この小説も当然話題になっていたことだろう。私は新聞部に席を置き、自治会活動にもかかわっていたので、この小説には強い関心があった。確か、弁論大会でこの小説の中の女性、節子を取り上げて話したけれど、どのような内容だったのか今は何も覚えていない。

 書棚にあった『されどわれらが日々―』を取り出しパラパラと見ると、所々に鉛筆で波線が引いてある。自分が引いたものなのか、ひょっとすると古本屋で買い求めたものではないだろうか、そう思いながら読んでみた。学生運動にかかわった節子と、常に客観的な立場に居て空虚さだけを持ち続けている主人公の文夫の、「生き方」を取り上げている。文夫が虚しさ故に(?)、次々と女の子と寝ていく男だったと読み返して初めて知った。学生の頃は、これは小説の世界であって現実は違うと勝手に切り捨てていたのか、こういう男に全く関心がなかった。覚えているのはやたらと客観的であろうとするアウトサイダーぶった男というイメージだったのに、虚しさだけはなぜか共有できてしまっていた。

 私が学生だった時は、学生運動の高揚はなく、選挙で勝って民青の人たちから自治会を奪った時も、だからといって取り上げる課題も運動の指針もなかった。学生たちを動員できる力もなく、何をしても何も変わらない。そうだった。小・中・高と児童会や生徒会の役員に選ばれたけれど、だからといって決して私は多数派ではなかった。誠実だとか、いい人だとか、そう思われて当選したけれど、それで私も出来るだけ応援してくれたみんなに応えようとしたけれど、だからと言って学校が変わったりはしなかった。大学も同じで、私を支配したのは何も変わらないという挫折感だった。

 中学からの友だちは「覚悟がなければ、男と女が一緒に暮らす価値がない」と言うけれど、私はこの小説の文夫が言うように「男と女が一緒にいるってことは、それだけで、かなりいいことなんだ」と思っている。その先は、まだ、分からない。
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