チリ鉱山の救出劇は映画になるという。あれだけのドラマだから無理もないだろう。本も出版されるらしい。毎日メモを取っていた人もいるという。まだ地上の人々が知らない地下での69日間があるようだが、それもまた当然だろう。33人もいたのだから、それだけに複雑なそれぞれの人生がある。そんな一人ひとりを追って書き綴れば、ワクワクするような人生劇場になるだろう。誰でも、どんな人でも、人生はドラマだ。小説や映画になったからドラマがあるわけではない。
今年のノーベル平和賞に、中国の一党独裁体制の廃止や人権の保障を求める2008年の「〇八憲章」を起草した民主活動家で、現在は獄中にある劉暁波氏(54)が選ばれた。これに対して中国政府は「犯罪者はノーベル賞に値しない」と反発している。中国の学生らの民主化要求運動が武力制圧された1989年の天安門事件で、劉氏は指導的役割を果たしたと言われている。今年2月に国家政権転覆扇動罪で懲役11年の実刑が確定した。劉氏は1956年生まれというから、紅衛兵運動が始まった年は10歳、一番盛んな時代を生きてきた人だ。
子どもたちにとって、紅衛兵運動は歓喜な時だったと日本に来た留学生が語っていたことを思い出す。そのうちにどんどんエスカレートしていき、怖くなったとも話してくれたけれど、同じ仲間の間ではそんな顔は絶対に見せられなかったそうだ。紅衛兵運動も、「負けられません、勝つまでは」も、人種差別運動も、宗教戦争も、みんな似ている。絶対はあっても、寛容とか友情とか相互理解は存在しない。いかなることがあっても正しいことはひとつしかない。正しいことを実現するためには何よりも団結しなくてはならない。終わりよければ全てよし、目的は手段を選ばずだ。こうして正しいとされたことはますます大きな力を得ていく。
集団の中にいると、その集団の結びつきが強いほど、団結が強調される、あるいはみんなが一致していることが求められる。会社組織でも、地域社会でも、不特定な人々の集まりでしかないはずなのに、「協力」が求められ、いつしか絶対的なもののように扱われていく。これが政治組織や宗教組織あるいは何かの目的のための組織なら、当然のように一枚岩であることが求められる。ナショナリズムはしばしば国家が国民に強いたように思われがちだけれど、こうした組織では、組織の中の人が人に強く求める。
ここでは絶対の近くに居なくてはなければならない。少しでも、異議や疑問を唱えれば異端者として葬られる。大勢の前で罵倒されるくらいならまだいい。人々は自分を守るために、異端者をあぶり出し、血祭りに上げようとする。そうすると人々の関心は犠牲者に集中し、最も強く異端者を非難すればまず自分は安泰となる。他人を葬り、自分は生き延びることだけが目的となった。連合赤軍事件はその典型だ。暗黒の世界は決して遠い時代ばかりにあったのではなかった。
今年のノーベル平和賞に、中国の一党独裁体制の廃止や人権の保障を求める2008年の「〇八憲章」を起草した民主活動家で、現在は獄中にある劉暁波氏(54)が選ばれた。これに対して中国政府は「犯罪者はノーベル賞に値しない」と反発している。中国の学生らの民主化要求運動が武力制圧された1989年の天安門事件で、劉氏は指導的役割を果たしたと言われている。今年2月に国家政権転覆扇動罪で懲役11年の実刑が確定した。劉氏は1956年生まれというから、紅衛兵運動が始まった年は10歳、一番盛んな時代を生きてきた人だ。
子どもたちにとって、紅衛兵運動は歓喜な時だったと日本に来た留学生が語っていたことを思い出す。そのうちにどんどんエスカレートしていき、怖くなったとも話してくれたけれど、同じ仲間の間ではそんな顔は絶対に見せられなかったそうだ。紅衛兵運動も、「負けられません、勝つまでは」も、人種差別運動も、宗教戦争も、みんな似ている。絶対はあっても、寛容とか友情とか相互理解は存在しない。いかなることがあっても正しいことはひとつしかない。正しいことを実現するためには何よりも団結しなくてはならない。終わりよければ全てよし、目的は手段を選ばずだ。こうして正しいとされたことはますます大きな力を得ていく。
集団の中にいると、その集団の結びつきが強いほど、団結が強調される、あるいはみんなが一致していることが求められる。会社組織でも、地域社会でも、不特定な人々の集まりでしかないはずなのに、「協力」が求められ、いつしか絶対的なもののように扱われていく。これが政治組織や宗教組織あるいは何かの目的のための組織なら、当然のように一枚岩であることが求められる。ナショナリズムはしばしば国家が国民に強いたように思われがちだけれど、こうした組織では、組織の中の人が人に強く求める。
ここでは絶対の近くに居なくてはなければならない。少しでも、異議や疑問を唱えれば異端者として葬られる。大勢の前で罵倒されるくらいならまだいい。人々は自分を守るために、異端者をあぶり出し、血祭りに上げようとする。そうすると人々の関心は犠牲者に集中し、最も強く異端者を非難すればまず自分は安泰となる。他人を葬り、自分は生き延びることだけが目的となった。連合赤軍事件はその典型だ。暗黒の世界は決して遠い時代ばかりにあったのではなかった。