ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

9年目の涙

2014-08-04 21:28:19 | 教育
 教職について9年目のとき、久しぶりに1年生担任になった。
 その学級に自閉症の男の子T君がいた。
私にとって初めてのことだった。

 T君は言葉が少なく、いつもじっと椅子に座っていた。
 教科書もノートも筆箱も準備することはなかった。

 私がT君のそばに行き、ノートを机に広げてやると、
鉛筆を取り出し、勝手に電車の絵を描いた。
 「ダメだよ。今はお絵かきの時間じゃないよ。国語のお勉強だよ。」
と、電車の絵を止めさせようとすると、
突然大粒の涙をこぼし、大声で「お母さん、かえる。お母さん、かえる。」と叫び出すのだった。

 この「お母さん、かえる。」が始まると、私はもうお手上げ状態で、
仕方なくT君の家に電話をし、T君のお母さんに来てもらうのだった。
幸い、学校の近くに住まいがあったので、
いつも5分もかからずお母さんは駆けつけてくださった。
私は、その5分間をただオロオロとしているだけで、
T君の「お母さん、かえる。」を止めることができなかった。

 私は、T君に振り回される毎日を送った。
そして、いつも「お母さん、かえる。」の言葉を恐れた。

 しかし、徐々にではあったが、T君が分かるようになり、
少しずつ彼との距離を縮めることができた。
それでも、時折T君の思いを理解できず「お母さん。かえる。」の大声と大粒の涙に見舞われた。

 1年が過ぎ、2年生になってもT君を受け持った。
 その頃になると、学級の子どもたちともT君はうち解けて、過ごすことが多くなった。
時々、休み時間には学級の子どもたちと一緒に楽しく過ごした。

 ある日の休み時間だった。
T君は学級のみんなと校庭にいた。
そして、私は職員室で仕事に追われていた。
その時、校庭からT君の例の泣き叫ぶ声がした。
 久しぶりのT君の声に私は息を飲んだ。
 しかし、T君の「お母さん、かえる。」の声のはずが、
「先生、かえる。」
と、聞こえた。

 私は、校庭に走り出た。
「お母さん、かえる。」ではなく、はっきりと「先生、かえる。」と言っていた。
 T君のそばに走りより、
いつもお母さんがしていたように、
ポケットに入っている真っ白なハンカチを取り出し、
T君の涙をふきながら、
「もう大丈夫だよ。もう大丈夫。先生がいるからね。」
と、私は言いながら、ボロボロと涙をこぼした。

 あの時、私ははじめて教職に魅せられた気がする。



道ばたの紫陽花が綺麗



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